第7話 お昼、一緒に食べない?

 ──あちこちから聞こえてくる生徒たちの喧噪をBGMに、俺は廊下を抜けて1-Aの札が刺さった教室へと入る。


 三十六人分の机が並べられた教室内には、すでに多くのクラスメイトが登校していた。彼らは思い思いに、仲の良い友達と談笑しながらホームルームの開始まで時間を潰している。


「おはよう、大堂」


「ああ、おはよう」


 良く知らないクラスメイトと友達みたいに挨拶を交わし、俺は教室後方にある窓際の席へと向かう。


 そして、自分の机にカバンを置いて椅子へと腰かける。と、教室中央の席へと視線を移した。


 そこに、ワンサイドアップがピョコピョコと動いているのを確認。


 どうやら、すでに尾美苗は教室へと来ていた様で、特に誰とも話すこと無く、ひとり熱心にスマホにかじりついている。


 そんな彼女の姿を見ていると、似島の言いたいことが分かる様な気がしてきた。


 このままじゃお前、ずっと一人だぞって……


 学校どころか、社会人になっても、その先もずっと一人だぞって。それを似島は心配して、いきなり特訓とか言い出したんじゃないだろうか。


 幼い頃から一緒に過ごしてきた、幼馴染として。


 ……とは言え、俺もどちらかと言えば尾美苗側の人間ではある。友達が少なくて、一人でずっとラノベ読んでるしな。


 とにかく、突然姿を消した事に心配したが、無事に教室に着いたなら良かった。


「さてと。ホームルームが始まるまで、続きを読むとするかな」


 俺はカバンから『孤独な陰キャ少女を拾いました!』と言うタイトルのラノベを取り出すと、栞を挟んだページを開いた。


                  ◇◆◇◆


 ──午前の授業が終わり、昼休みのチャイムが鳴る。


 それを合図に、クラスの皆は仲のいい友達とグループを作り、パンや弁当を持ち寄って昼食を楽しもうとしていた。


 そんな彼らと同じ様に、俺も楽しく昼食を食べようと、自分の席に着いたままカバンから弁当箱を取り出す。


 そうして蓋を開けた瞬間、目の前の光景に固まってしまった。


「あぁ、今日は毬衣の番だっけ……」


 弁当の八割を占める白米の上に、桜でんぶで描かれた大きなハートマークと『にぃに』と模られた海苔。そして仕切られた残り二割のスペースには、唐揚げや卵焼き、後はホウレン草のお浸しが添えられている。


 愛する妹からの、愛情溢れるハートマーク弁当。


 兄を慕ってくれる気持ちはとても嬉しい。だが、新婚さんじゃあるまいし、流石にコレは恥ずかし過ぎる。


 ……家に帰ったら、止めて貰う様に毬衣にお願いしないとな。


 そう考えながら、俺は手を合わせる。


「毬衣、ありがと。いただきます」


 そして、誰かに見られる前にと、桜でんぶと海苔を口の中に一気に掻き込んだ。


「すみませ~ん、大堂くんはいますか~?」


「ゴ、ゴホっ! ゴホ! うぅ、ぐ、ぐふぐふ、うう」


 突然に名前を呼ばれ、俺は頬張っていたご飯を吹き出しかける。


 慌ててペットボトルのキャップを外し、口の中へとお茶を流し込んだ。


「お、C組の春夏秋冬ひととせじゃん。何しに来たんだ?」


「てか、いま大堂を呼んでなかったか?」


「え? 大堂を? 学校でもトップクラスの美少女と名高い彼女がなんで?」


 教室の出入り口に立ったナズナを見て、クラスメイト達が口々に騒ぎ立てる。


 楽し気な雰囲気だった教室が、少々奇妙な空気へと変わっていった。


「ナズナちゃ~ん。大堂くんなら、窓際の一番後ろだよぉ。隣の席は私だから、好きに使っていいよ~」


 と、友達とご飯を食べていた女子、実川みのりかわがナズナに告げる。


「ありがと、みのりん。お言葉に甘えるねぇ」


 ナズナは実川に笑顔で手を振り、小走りで俺の席まで駆け寄ってきた。


「カ~イちゃん。お昼、一緒に食べない?」


 彼女は手にしたビニール袋を指差す。


「……べ、別にいいけど」


 俺の返事に笑顔で返したナズナは、実川の席に腰かけるとビニール袋をガサガサとし始めた。


「ふふふふ~ん♬」


 と、鼻歌交じりに中から売店のタマゴサンドとペットボトルのミルクティー取り出して机に並べる。


「あ、そうだ」


 何かを思い出したかの様に、ナズナは胸の前で手を軽くパンと打ち鳴らした。


「ねぇねぇ、カイちゃん。席くっつけよ、互いに向き合う感じで」


「え? いや、俺はこのままの方が……」


 途端、ナズナは幼い子を叱る感じで、ムッとした表情をして見せる。


「良くない。そう言うの良くないよ、カイちゃん」


「で、でも、なんか恥ずかしいし」


「カイちゃん? 机の向き、変えて?」


「……はい」


 半ば強引に、机を対面でくっつけさせられる。


 お互いに顔を見合った瞬間、ナズナは再び「えへへ」と微笑んだ。


 それが何だか気恥ずかしくて、俺は彼女から視線を逸らす。


「ん?」


 外した視線の先。クラスの男子たちが、凄い形相で俺の事を睨みつけていた。


 ……な、なんで睨まれてんの、俺?


「なんか、カイちゃんと机ひっつけてご飯食べるの久しぶりだね。いつ以来かな?」


 ナズナに話しかけられ、俺は視線を彼女へと戻す。


「え? あぁ、えっと……最後にナズナとクラスが一緒だったのって小五までだから、その時の給食以来だぞ」


 桜でんぶの無くなった白米を箸で掴み、口に運ぶ。


「あ、そかそか。もう、そんなに経つんだね」


 言って、ナズナはタマゴサンドの角に「はむっ」と噛り付いた。


「……で?」


「はむ?」


 タマゴサンドに噛り付いたまま、ナズナは首を傾げる。


「俺と一緒に昼めし食べようと思った理由」


 タマゴサンドを租借しながら、何か言いたげに彼女は目を細める。


 そして、ゆっくりと口の中の物を飲み込んだ。


「カイちゃんさぁ、朝から何をそんなに怪しんでいるの? 私はただ、カイちゃんとお昼一緒しようって思っただけなんだから」


 ──しつこい。


 ……まぁ、そう思われても仕方ないとは思うが、俺だって気になるものは気になるのだからしょうがない。


 あの日。俺が呉町にフラれて以来、何故か疎遠になっていったナズナ。


 あれから俺達は特に仲が悪いってワケではなかったが、必要がある時だけ声をかけていた、みたいな関係になった。それが今頃になって、幼い時みたいに距離を縮めて来ようとするから少々懐疑的になってしまっている。


 何だか裏と言うか打算があるのかなって……


「裏とか打算的なモノとかないからね」


 エスパーだった。


「とは言ったけどさ。カイちゃんとご飯を食べようと思った理由……実は、あるんだよね」


「なんだ。やっぱ、あるんじゃないか」


「まぁ、そんな大したことじゃないんだよ? カイちゃんも知っての通り、私、彼氏と別れたでしょ?」


「ああ」


「それでずっと、複数の友達からの電話やメールが煩くてさ。『普段はアンタの方から馬鹿みたいに連絡を寄こしてくるクセに、こういう時はダンマリなの?』って。朝なんかも、私の机の周りにわらわらぁって群がってきて、もうウンザリ。お昼休みにまでこられたら、堪んないよぉ」


 なるほど、と俺は小さく頷く。


 先日、別れたばかりのナズナと彼氏。彼女の友達の間では、今一番ホットな話題だろうから、話さない訳がない。


 しかも、別れたともなると、これまた刺激的な物となる。


 ……他人の不幸は蜜の味。


 恋バナに群がる、飢えた友達の餌食にはなりたくない。と俺の所に来たって訳か。


「そう言う事か」


「そう言う事なの。出来ることなら、しばらくはアイツの話とかしたくないしさぁ。それで、カイちゃんのところに逃げて来たってワケ」


 言って、ナズナは視線を外す。


「……でもまぁ、カイちゃんとお昼一緒に食べようって思ったのは、それだけでもないんだよ?」


「まだ他にも理由、あんのかよ」


 ナズナはタマゴサンドに噛り付き、租借しながら何か考えている風だった。


「なんて言うかさ……。心境の変化? とでも言うのかな」


「心境の?」


「うん。カイちゃんとあんまり話さなくなってから三年? だっけ。それだけの年月を経て、私も色々と考え方とか変わったかなぁってところ」


 ナズナはとは明言せず、色々と考えたと曖昧に答えた。それは、あまり触れられたくないからワザと濁した、と思われる。


 なら、深くツッコまずに流してやるのが、幼馴染というものだろう。


 俺は毬衣が焼いた甘い卵焼きを頬張り、咀嚼する。


「そっか。理由があるんなら別にそれはそれでいいんだよ。ただ、今まで俺とナズナって少し距離があっただろ? それが急にぐいぐい来るから、なんかあったのかなぁって……思ってさ」


「まぁ、確かに。私が逆の立場で、急にカイちゃんが距離を縮めて来たら、もしかして体が目的なのかなって? 勘ぐっちゃうかも」


「それ、何気に酷いからな?」


 ナズナの中の俺、ちょっとエロいヤツになってる。


「ふふっ。あ、でも、カイちゃんなら……私のハジメテ、許しちゃうよ?」


 ナズナの発言に、俺は思わず彼女の胸へと視線を移した。


 ……おっきい。


「ゆ、許すのかよ」


「アハハ。照れてる、照れてる。カイちゃん、可愛い♪」


「ほっとけよ」


 赤くなっているだろう俺を見て、ナズナは笑って再びタマゴサンドに噛りついた。


 ちょっと変なヤツだけど、ナズナも色々と思う所があるのだろう。


 高校に入学したのをキッカケに、俺と疎遠だった三年間を彼女なりに取り戻そうとしているのかもしれない。


 仲の良かった昔みたいに戻りたい。そう思ってくれているのかも……。


 と、考えていた次の瞬間。突然のことに、俺は間抜けな声を発した。


「は?」


 何故かナズナは、自分が噛り付いていたタマゴサンドを口から離すと、それを俺の口元へと持って来たのだ。


「カイちゃん、はい、あ~ん」


「い、いや、なんでだよ! 急になんなんだよ!?」


「え? 今、食べたそうに見てたよね? タマゴサンド」


「ち、違うよ! タマゴサンド見てた訳じゃなくて! 俺はただ、考え事していて……!」


「見てたじゃん、タマゴサンド」


「だから! そうじゃなくてだな!」


 ナズナはタマゴサンドを突き出しながら、俺の方へ身を乗り出してきた。


「ほら、カイちゃん? はい、あ~ん♡」


 ──ピンポンパンポーン♬


 と、設置された室内スピーカーから、連絡音が鳴り響く。


『生徒の呼び出しを致します。一年A組、大堂海璃くん。一年A組、大堂海璃くん。担任の副島そえじま先生がお呼びです。昼食終了後、速やかに職員室までお越しください。繰り返し連絡致します。一年A組、大堂海璃くん……』


 タマゴサンドを俺の口に押し付けてくるナズナと顔を見合わせる。


「カイちゃん、なんかした?」


 ……タマゴサンドでナズナと間接キスをした俺は、全く身の覚えのない担任からの呼び出しにふるふると首を振った。

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