第2話 晴れときどき嵐
明るくなって目に映るのは、ベッドからすぐ手が届くようにパソコンやゲーム機が配置された見慣れた6畳間。
期待していた異世界生活はもう終わってしまったのかと深いため息をついた悠悟だったが、やけにリアルな夢だったし起こった出来事も鮮明に覚えている。
寝る前に落としたと思っていたパソコンが起動していた為ついでに調べてみることにした。ハイウェ王国やソウネス帝国など、夢の中で聞いた言葉を検索にかけるが、それらしきは案の定ヒットしない。
「そりゃそうか……」
そう呟きながら手を組み伸びをした時、ドアがノックされる。
「悠悟ー? いるー?」
「いねぇよ」
怪訝な顔でそう答える。
「いるんじゃん!」
という声と共にドアが開き、制服姿の女子高生が部屋に入ってくる。
「勝手に入ってくるなっていつも言ってんだろうが」
「でもおばさんには許可とったし」
「母ちゃんが許可しても俺は許してねぇよ」
悠悟はその女子高生と目を合わせようとしない。
「もうそんなことばっかり言わないでよ。せっかく来てあげてるんだから……」
「頼んでねぇ……」
一瞬の沈黙が生まれると、女子高生は空気を変えようと口調を明るくし、その場にしゃがみ込みビニール袋からお菓子を取りだす。
「ほら、お菓子買ってきたの! このグミ好きだったでしょ?」
悠悟は恥ずかしそうに手を伸ばして受け取る。
「さんきゅ……」
「ふふ……これは受け取るんだ」
ニヤッと笑う女子高生。
彼女の名は『
悠悟がエースで4番を務めていた中学野球部のマネージャーでもあり、以来彼の事を気にかけている。
「そろそろ学校来ないと、卒業できなくなっちゃうよ?」
「もういいんだよ学校なんて」
「みんなも寂しがってるよ? わたしだって……」
「家から出ると、思い出しちまう」
「大丈夫だよ。わたしが、悠悟を支えるから……」
そう言って悠悟の後ろから腕を回し抱き寄る嵐。
「ごめん、やっぱり帰ってくれ」
「分かった……またくるね……」
嵐は悲しそうな顔を浮かべながら悠悟の部屋を後にする。
帰ろうとする嵐に玄関で悠悟の母が声をかける。
「嵐ちゃん、いつもありがとね」
「いえ、悠悟くんの力になりたいので」
「あのバカは幸せもんだねぇ。嵐ちゃんに見捨てられない内に、早く立ち直ってほしいもんだよ」
「わたしは、いつまででも待ちますから……」
「高校生のガキには確かに辛い出来事だったけど、アイツが初めてぶち当たった乗り越えるべき壁だと思うから、親であるあたし達もアイツが自分で起き上がってくるのを待っててやりたいんだよね」
「おばさんはやっぱりかっこいいです! 憧れます」
「お母さんと呼んでくれてもいいんだよ?」
「ハハハ、そうなれるよう努力します!」
「またきてね!」
「お邪魔しました!」
嵐が帰った後、悠悟の母はリビングでアルバムを捲る。彼女が見つめる視線の先には小学生くらいの幼い悠悟と、おさげ髪の少女が恥ずかしそうに写る1枚の写真。
その写真の下には『悠悟が初めて女を連れ込んだ記念』と書かれていた。
「この時から、なーんにも変わってないわアイツ……」
誇らしいのか情けないのか、その中間のような感情を含んだ笑みを溢しながら小さくそう呟いた。
時を同じくして2階の悠悟は――。
「いつ見ても『イセコイ』は変わらない名作だよなぁ……」
涙を流しアニメの感傷に浸っていたのだった。
そのままその夜は2クール分のアニメをぶっ通しで見続け朝を迎えたのだった。
これは決して珍しいことではなく、悠悟の生活習慣は基本的には朝に就寝、引きこもり生活で超ロングスリーパーに転身したこの男は1日に約12時間の睡眠をとる。
いつも朝方に眠り夕方から夜に起床、起きている間もアニメやゲームに没頭するという堕落しきった生活を送っているのであった。
外が明るくなった頃、いつものように眠りについた。
***
「おい、嘘だろ」
昨日と同じ夢を見ていることに驚く。あのだだっ広い部屋の大きなベッドで横になっていた。
「2日連続でこんなにリアルな夢をみることあるのか」
1度経験した事もあり驚いたのも束の間、すぐに夢だと判断して大きくてフカフカなベッドを噛み締めるようにゴロゴロとしていると扉がノックされ、セバスの声がした。
「坊ちゃま、朝食の準備が出来ました」
「もう少し寝かせてくれ〜」
「ですが今朝はラージュと剣の稽古もあるのでは?」
「そうだっけ? 気分じゃないから適当に言っといてよ〜」
「あら、あんたいい度胸してるわね。何か言い残す事はあるかしら……?」
ラージュが隣で不穏な笑みを浮かべ握り拳を構えていた。
「お、おはよう?」
「セバスおじさん、部屋に虫が出たから扉を閉めてくれる? 大きな音がでるかも」
「かしこまりました……」
「セバス? そこはかしこまるなよ!」
悠悟は頭に大きなコブを作って食堂に着席した。
「本当に信じられない! あなたから修行をつけてくれと言い出しておいて、いざとなると気分じゃないだなんて」
「まぁまぁラージュ、ユーゴも色々と記憶の混乱するところがあるのだろう」
「陛下がそう仰るなら……」
王様のフォローのおかげもあり、朝食を済ませた頃にはラージュの怒りは収まっていた。
「よろしくお願いします」
見よう見まねで剣を構えてみる。
「体に変に力が入っているわ。もっと楽に構えてみて」
「こんな感じか?」
「ちょっとそのままでストップ」
ラージュが悠悟の体に触れながら構えの姿勢を教えている際に、思わず互いの顔が近づき咄嗟に2人とも顔を赤らめると、同時に背けた。
「真面目にやりなさいよバカっ!」
「いたって真面目だよっ! んで次は?」
「そうね、じゃあ一度自分の思う型で構えてみて」
俺は無意識に剣道の攻撃的な構えである、剣を両手で握り上段の位置に構えた。剣道は未経験で知識もないが何故かそれがしっくりときた。
「防御がガラ空きにも見えるけど、いい構えね」
「軽く打ち合ってみようぜ」
「怪我しても知らないわよ? もちろん模擬剣だけれど当たれば怪我ですまないかも」
「怖い事言うなよ。初心者なんだから手加減頼むわ」
「分かってるわよ。じゃあこのコインを投げて地面に落ちたら開始よ」
ラージュがコインを投げると2人が同時に構える。
この瞬間、ラージュは驚きを隠せなかった。恐らく人生で初めて剣を握ったであろう素人相手に、原因不明の圧力を感じて気圧されそうになっていたからだ。
生涯の大半を剣術に費やしてきた彼女にとって、それは屈辱以外の何ものでもなかった。
コインが地面に落ち、距離を詰め悠悟が剣を振り下ろす。ラージュは気圧された分、前に出るのが1歩遅れたがすぐに持ち直し模擬剣の両端を持ち防御の構えをとる。 振り下ろされた悠悟の剣を受け止めた衝撃は、まるで体中に電撃が走ったようだった。
(本当にあのユーゴなの? こんな力があったなんて……)
素人に負けてなるものかと痺れた手に鞭を打ち、攻撃をいなし反撃に出る。剣を振り出してから本気で打ちだしている事に気付くが、その勢いをもう止める事など出来ない。
だがラージュの剣の向かう先、その剣が切り裂いたのは悠悟の残していった残像であり、彼女はその虚しい手応えを感じる暇すら与えられず勝負は決したのだった。
背後から悠悟の剣が彼女の肩にトンっと優しく置かれる。
「手加減してくれとは言ったけど、ちょっと手ぇ抜きすぎじゃねぇのか?」
確かに彼女には多少の油断はあったが、持ち直してからは極限まで精神を集中させていたにも関わらず、完膚なきまでに負けた。
彼女は悔しさの余り堪え切れず泣き出してしまった。
「なんで、こんな文化系野郎に……」
「ちょ、ちょっと待てよ! なんで泣くんだ? もしかして今の本気だったのか? だったらすまん!」
「あんたはどこまで無神経なのよバカぁ……」
しばらくしても泣き止まないラージュに、とまどいながらも悠悟は落ち着かせようと試みる。
「ほら、あれだよ。今回はビギナーズラックみたいなもんだよきっと……」
「戦場には……油断も、もう一回もないのよ。1度でも負けるという事は死を意味するの……」
「でもお前今生きてんじゃん」
「たった今あなたに殺された様なものよ」
「……」
「ごめんなさい。言いすぎたわ……」
悠悟は自分なりの言葉で、ラージュに語りかけた。
「確かに戦争とかって一度の負けで終わりになる、もう一回のないトーナメントみたいなもんなのかもな。でも今のは練習試合だろ?」
涙目のラージュの顔を真っ直ぐに見つめ、悠悟は続ける。
「練習試合ってのは、もっと速い球を投げたいとか、ホームランを打てるようになりたいとか、自分の長所とか弱点を見つける為のもんなんだよ」
「……?」
後半は何を言っているのか分からないラージュは、ポカンと口を開けて首を傾げる。
「だから! まだ次がある内は、その1回の負けすら利用して、自分に期待したっていいんだよ!」
その言葉を聞いて先程までの緩んだ表情から屈強な戦士の顔つきに戻ったラージュは、悠悟に宣戦布告する。
「次は必ず勝つわ――だから、あなたも2週間後に行われる国王様主催の闘技会『ペンドラゴ闘技会』に出場しなさい!」
「天下一武道会みたいなもんか?」
「それは知らないけど、正式な場所であなたに決闘を申し込むわ。必ず決勝戦まで上がってきなさい」
「いいぜ、それまでお前も負けんなよな」
夕食時その話を王様にすると、王様は飲んでいたワインを盛大に吹き出してしまった。
「一体どうしてしまったんだユーゴ……運が悪ければ死者も出ることのある試合なのだぞ?」
「日々努力しているラージュを倒してしまった責任はとりたいと思ってるんです」
「お前が……ラージュを倒しただって?」
「えぇ陛下、私は手加減などしていませんし悔しい事にユーゴ王子の才能は本物です」
「ラージュがそこまで言うなら本当なのだろうが……やるからには精一杯頑張りなさい」
と、最終的に王様はしぶしぶ了承してくれ、王妃様は斜め上を見つめ気を失っているようにも見えた。
「ありがとうございます」
自室に戻りベッドに横になると、夢の続きがまた見られるのだろうかとセンチメンタルになる。この夢の世界には自分が見たくないものを無理にみる必要も、偶然目に入ってくる事もない。
この世界では佐野悠悟としてではなく、まったく別の人間として生きられている事に気付きかけていたのだった。
「目、覚めたくねぇな……」
だが現実はそれを許してはくれない。
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