第2話

遅刻ギリギリでインすると先に入っていた野上が心配そうにする。


「どーした?

なんかお前、ボーッとしてるぞ?」


「五月病」



一言だけ答えてポジションにつく。



「伊達ー、これもよろしくー」



よりによって洗い場だし……。ダリーなぁ……。



だけど別に何がしたいって訳じゃねーし、ここなら別に人と話す必要もないしな。



「伊達くん、おはよう」



最近入ってきた女に挨拶をされたが聞こえないふりをした。



自分で言うのもなんだが、割と俺は女から好かれる顔立ちらしい。



しかも人見知りが功を奏し、専らバイト先では〝無口でクール〟と噂だって野上が教えてくれた。


……何で俺に直接言ってこねーのかな。



それに期待を裏切ってしまい大変、申し訳ないが俺は無口でもクールでもない。



忘れ物が多くて、寝坊が多くて、ゲームや漫画大好きなガキで、女とは意識しすぎて話せない。


中学の頃はそのギャップが原因でフラれてしまったこともある。



……あの時は傷付いたな。


そう、俺は傷つきやすい。しかも度胸もない。


おかげで告白とかは一苦労な訳だ。



……だけどこんな俺でも、その苦労を乗り越えて交際している彼女がいる。



ノロケって言われるのが嫌だから人の前では絶対言わないが、めちゃくちゃイイ女。



スタイル抜群だし、俺のこと傷付けないし、優しいし、可愛いし……。



あんなイイ女、多分いないな。



だけどそんな俺の彼女に対する唯一の悩みは。



「なぁ、伊達。


俺、昨日さぁ、女とキスした」



女たらしで有名な先輩が俺に言ってくる。



一瞬、ドキッとしたが平然を装う。



「そうっすか」


「超、可愛くてさぁ。


あ、でも伊達には彼女いるんだもんな。キスくらい毎日かぁ」



俺の唯一の悩み。それは。



キスなんてしていない、ということ。




……ヤバいよな、これ。


もう付き合ってから9ヶ月くらい経つんだぞ?



したくない?そんな訳ねーだろ!



だって、彼女の山本は超セクシーな唇の持ち主なんだぞ!


テレビのグラドルも足元に及ばないくらいセクシーなんだぞ?!



「おい、伊達。手、止まってるぞ」


「あ、すみません」



上司に言われ慌てて手を動かす。



「つーか、めちゃめちゃいい女が来店したぞ!」



女たらしの先輩が仕事をサボり言う。

……基本的にこの店、すげー暇だからな。



いつもなら見に行くが今日は全然そうゆう気になれない。



言ってしまえば仕事も全然はかどらない。



「何だ、ノリ気じゃねーなぁ……」



五月病、だな。

いつもはウザいこの先輩も何かどーでも良い。



「何であんないい女が、こんな時間に一人で来るんだよ?誘ってってことか?」


「さぁー……」



洗い物が一通り終わり俺は手を拭く。

そこに野上が俺に小声で言ってきた。



「ヤバいぞ、伊達」



今の俺にとっては何もヤバくない。



「俺、今日あと30分であがり。ヤバいも何も関係ねーし……」




「あのウザ男、山本にナンパしてっぞ!」



俺は慌てて客席を覗いた。


確かに先輩が山本に声をかけている。



「いい女って……、山本のことかよ……!」



しかし、俺はまだ客席に出れる身分じゃない。



「野上、止めてこいよ!」


「いや、無理だよ!

俺いまキッチンだぞ?!


ここに来てお前に言うのも大変なことだったんだぞ!」



確かに……。



「とりあえずあと30分。それまで、耐えろ」



野上は俺の肩に手を置き去っていった。




ヤバい、ヤバい……。これはヤバいぞ……。




しかも不運なことに、あの先輩もあと30分であがりじゃねーか!



「伊達、それ終わったら今度、ここ足しとけー」



大急ぎで指示を守り、時計をジックリ見て、21時になった瞬間。



「お疲れさまです」



早足で歩きながらエプロンを取る。

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