第19話 【マリアンの部屋】へようこそ

 夕食の給仕が終わると、俺は急いで階段を駆け上った。

後ろからセバスワルドが、必死の形相で追ってくる。


「モブさんお待ちください。勝手に一人で、マリアンお嬢様の部屋へ行っては困ります」


「俺の勝手じゃないっつーの。お嬢様の方から、俺に配信するから来いって伝言があったんだ」


「お嬢様から?」


「メイドのアルケナさんがメモ書きを渡しに来た」





 部屋の前で一呼吸おく。

セバスワルドもやっと俺に追いつき、はぁはぁと肩でしている息を懸命に整えながら部屋をノックした。


「お嬢様、セバスワルドとモブでございます」


「どうぞ」


部屋に入るなり、マリアンは俺の顔を見て驚いた。


「どうなさったの。顔の傷! あなた、顔に切り傷が付いたままで給仕なさってたの?」


傷? ああ、そういえばそうだっけ。

今日の初心者講習で、ワッパガーの剣で切られた傷のことなんかすっかり忘れていた。


「セバスワルド、あなたが付いていながら、傷の手当てもせずに仕事させていたのですか?」


「申し訳ございません」


「アルケナ、すぐに手当てを!」


「大丈夫だよ。傷は浅いから」


「いけません! 浅くともきちんと消毒して塗り薬で手当てしておかないと、跡が残ったらどうするんですか!」


アルケナは早速薬箱を持ってきて、俺の傷を消毒しはじめた。


「痛っ!」


「どこで切られたのですか? ギルドですか? セバスワルド、あなたにしっかり付いていてくださいとお願いした意味が、わかっていますの?」


「申し訳ございません。モブさんはギルドで初心者講習を受け、その時に受けた傷でございます。わたくしから剣術の講習を止めることが出来ずに、このような…、」


「もう、結構です。そのあと、ここに戻ってからでも手当ぐらいできたでしょうに」


「申し訳ございません。旦那様がお戻りになっておりましたので、目先の業務のことしか考えておりませんでした」


セバスワルドに罪はない。

それなのに、マリアンお嬢様からの叱責を黙って受けていた。


「セバスワルドを叱るな。俺のために一生懸命やってくれたんだ。そんなことより、配信だろ。この時間に配信スタートするなら、同じ時間で定着させたほうがいいぞ」


配信とういう言葉を聞いて、マリアンの関心は俺の傷から配信へと移った。


「定着……ですか?」


「ああ、夕食後の定時配信は、リスナーにもっとも見られやすい人気の時間だ。ライバルも多い。みんなこの時間帯を狙ってくるからな」


「まあ、そんなに大勢の人が配信するんですの?」


「昨日の日中の初配信での入室数と、ゆうべの俺の切り忘れ配信。どっちが入室数が多かったか覚えているか? 言いたくはないが、切り忘れの方が多かっただろ」


「ええ、そうですわ」


アルケナが俺の顔に絆創膏を貼ってくれて、傷の手当は完了した。


「さっさと始めようか。少しでもこの時間帯を逃したくない」





 俺はマリアンのチャンネルタイトルを、【ツンデレ令嬢の気まぐれ】から【マリアンの部屋】に変更した。

馬車の中で適当に作ったタイトルでもいいかなと思ったが、チャンネルタイトルを本人に言わせた場合、自分でツンデレと言うのは変だからな。


「配信スタートしたら、必ずこのチャンネル名を言うんだぞ。早く覚えてもらうために」


「わかったわ。こっちは準備OKよ」


「じゃ、いきまーす」




始まりは俺のアカウントから、あいさつ文を入力しておくことにした。



“異世界からこんにちは。【マリアンの部屋】が始まりました。異世界のお嬢様が今日もおしゃべりします”



マリアン、GOだ。


「みなさまー、ごきげんよう。【マリアンの部屋】へようこそ!」


配信と同時に、入室者数がどんどん伸びていく様子を確認しながら、俺は頷いた。

俺の仕草を目で確認しながら、マリアンはリスナーさんたちとの会話をスタートする。


「今日のおしゃれポイントは、今、こちらの世界で人気の水色リボンですの。わたくしの縦ロールの髪にこのリボン、似合うかしら?」



“おおおー、可愛いー”

“マリアン、回って見せて”



「あら、よろしくってよ。こうかしら。」


マリアンは、カメラの前でブロンドの髪がふわりと動くように、ドレスの裾を持って一回転してみせた。

スマホは【追尾】機能で綺麗にマリアンを捕えている。

問題なし。

ハートマークの数がどんどん増えていく。



“マリアンの私室って、相変わらず素敵なロココ調だね! 

異世界っぽさがたまらないなぁ”



「あら、わたくしにとっては皆さまのいらっしゃる世界が異世界ですわ。スマホという不思議な物で、こうしてリスナーの皆さまとお話できることが、最初は本当に驚きでしたもの。いつも来てくださりありがとうございます」


マリアンがリスナーさんとそんな話を交わしていると、



“お邪魔します。初見です! 

この配信、ランキング急上昇中マークがついていたので、気になって見にきました”



「まぁ、初見さんですの? いらっしゃいませ! 【マリアンの部屋】へ、ようこそ!」



“チャンネルタイトル変えた?”



「あら、さすがですわ。よくお気づきになって。配信マネージャーが、私の部屋を見て他の配信にはない特徴だから、配信タイトルにしたらどうだと提案してくれましたの」


そんな事いってないぞ、俺。

でも、まあ、その理由もアリだな。



“異世界での配信って聞いたけど、どうして、異世界に住むあなたがスマホを持っているんですか?”


「わたくしがスマホを手にしたのは、皆さまの世界からこちらの世界に、転移してきた彼が持っていたからなの。あ、彼って別に付き合っているんじゃなくて、配信マネージャーのことですから」


マリアンは、転移してきた俺との出会いを思い出して、その説明を始めた。

話の内容は、劇的と言えば劇的。

聞いている方は、じゅうぶん楽しい内容だろう。

俺にとってはハードだが。


傭兵に追いかけられ、拘束された俺を見つけて救った話。

婚約破棄されたその日、雨の中馬車に揺られた帰り道で、スマホを初めて見た話。


「……ということがありまして、わたくしが彼の窮地を救いましたの」


誇るのか。



“初見さん。マリアンの言う彼ってのはな?顔出しNGで声出しもしたくない、っていう男なんだがな。マリアン以外は、そいつについて何も知らない謎に包まれた人物w ということにしたいらしい”


“だけど、だんだん身バレされつつあるよね”

“このチャンネルのマネージャーをしている人だよ。わたしは実はマネージャーのファン”

“うっそー、わたしもマネージャーが推しなんですけど。だって、イケボだもん”

“マネージャーって、モブだよなw”



俺の話はいいから、もう。

毎回初見さんが来るたびに、この話をされたら、常連さんはシラケるよな。

しょうがないなぁ。


俺はコメント欄に入力した。



“今日の配信はアーカイブに残します。スマホとの出会いの説明として、お時間がある時にいつでもご覧いただけるようにいたします”



“マネージャーがコメントしたぞ、仕事早いな”

“マリアン読んだ? マネージャーのコメント”



「なるほど、初見さんが来るたびに毎回聞かれる話ですから、それがいいですわね。

さすが、わたしのマネージャー! 出来る男は違いますわ! でも、スマホとの出会いじゃなくてマネージャーとの出会いですわよー!」



マリアンは急に俺に向かって駆け寄り、抱き着いてきた。


な、何? よせ! 俺がカメラに映るだろ。

このスマホは【追尾】機能があるんだから。


一瞬だけ、俺が映り込んだようだ。

ヤバい! 俺はカメラから逃げた。


「マリアン、落ち着け。君が動くと俺が映り込むから……」


今日はやたらと抱き着かれる日だ。


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