不感症②


 全身の血が、足の先から流れ出たのかと思うくらい、一気に引いていく。



 脳裏には、あの時の事がフラッシュバックで甦ってくる。



 それが物凄く鮮明なのは、ずっと夢に見ていて色褪せる間もないから。



 口を塞がれ体を押さえ付けられる恐怖。



 体を這い回った手や舌の感覚。



 無理矢理開かされ、押さえ付けられた両足に残る指の感触。



 厭らしい笑い。



 耳元で聞かされた荒い息遣い。



 電流が走ったかのような突き上げられる痛み。



 もう二度と会いたくなかった男達を目の前にして、あの時に感じた苦痛と恐怖と絶望が、一気に押し寄せてくる。



 震える足でズルズルと後ろに下がった。



 逃げ出したかった。



 なのに、コータさんが逃げる私の肩を掴むから、



「やだ! コータさん帰りたい! 怖い!」


 叫びながら、しがみ付いて懇願した。



「マキ」


「お願い! 帰りたい!」


「マキ、聞け!」


 取り乱す私を一喝したコータさんの大きな声が静かなクラブに響き渡る。



 縋る思いで見上げたコータさんの表情は怖いくらいに真剣だった。



「いいか、マキ。お前が言う通り、俺は男だからお前の気持ちの全部は分かってやれねえ」


「……コータさん……?」


「俺がお前にしてやれる事はこれくらいしかねえ」


「何……言ってんの……?」


「お前が見る変な夢も、お前が抱え込んでるもんも、どうにかしてやりてえんだよ」


「じゃ、じゃあ……早く連れて帰って――」


「ダメだ。まだ終ってねえ」


 コータさんはそう言うと、私を倒れてる男達の所に引っ張っていく。



「やだ! コータさん離して!」


 喚きながら足を踏ん張って必死で抵抗しても、力づくで倒れてる男達の所に連れて行った。



 そして、男達を見ただけで吐き気がする私の手を握り、



「押さえろ」


 一言発した。



 それを合図にそこにいたコータさんの知り合い人の何人かが、倒れてる男の中のひとりをうつ伏せにして体を押さえ込む。



 腕を真っ直ぐに伸ばした状態で男が抑え込まれると、コータさんは私の手を握ったまましゃがみ込み、男の手を私の足先に近付けた。



「マキ、ここ踏め」


 男の指の付け根を指差して言われた言葉に、



「……やだ!」


 大きく首を振って一歩後退した瞬間、背後から肩を掴まれたから「ひっ」と小さな悲鳴が漏れて、体が大きく震えた。



「俺の女に触んじゃねえ!」


 直後に怒鳴ったコータさんの声で、肩を掴んでた手がパッと離れる。



 振り返るとそこに立ってたのは、コータさんの知り合いの中でも、見かけた事のある人だった。



「マキ、来い」


 言葉と同時に右の足首を掴まれた。



 そして無理矢理引っ張られて、男の手の甲に足を乗せられた。



 足が震えてどうにもならない私に、



「力入れろ」


 コータさんは無茶な事を言う。



 状態を確認するようにガクガクと震える私を見上げたコータさんは、私の靴の上に左手を置いてそこをグッと押さえた。



 痛いくらいに足を押されて顔を顰める私の視線の先で、コータさんが右手で私が足で踏んでる男の手の中指を掴んだ。



「一本目だけは見てろよ」


 そう言うや否やコータさんは掴んでた中指を思い切り上へ持ち上げた。



 直後に何かが折れたような音と、男の悲鳴がクラブに響く。



 見れば男の中指は変な方向を向いていて、嫌でも骨が折れてるって分かった。



 怖くなって足を引っ込めようとしたけど、コータさんの左手がしっかり靴を押さえてたから出来なかった。



 コータさんが今度は薬指を掴んだ。



 それを見てすぐに目を閉じると、また骨の折れる音と男の悲鳴が耳に届いた。



 ずっと目を閉じたままでいた。



 何度も骨が折れる音と悲鳴を聞き続けた。



 足はガクガクと震えたままだった。



「次」


 コータさんがそう言ったのが聞こえた直後、足が持ち上げられたのが分かった。



 足の下から手がなくなったのを感じた。



 だから、やっと終わったんだと思って目を開けたら、まだコータさんの手がしっかりと私の足首を掴んでた。



 コータさんが右手を伸ばして、別の男の手をさっきと同じ場所に置く。



 私の足がその手の上に乗せられる。



 まだ終わりじゃないと悟って体を震わせる私を見上げたコータさんが、



「全員の指折るからな」


 そう言って、新しく足の下に置かれた手の中指を掴む。



 だから私はまた目を閉じた。



 それから長い時間、骨の折れる音と悲鳴を目を閉じたまま聞き続けた。



 ずっとずっと聞き続け、僅かながらも足の裏で指が折られているのを感じ続けている内に、いつの間にか体の震えは止まってた。



「もう目ぇ開けていいぞ」


 その言葉と共に掴まれてた足首から手が離れいくのを感じた。



 ようやく解放された事にホッとしながら目を開けると、足の下に色んな方向に指が曲がった不気味な手が見えたから慌てて足を引っ込めった。



 コータさんは立ち上がるとすぐに私の肩を抱き、そのまま引き寄せた。



 その胸に顔を埋め、背中に腕を回してギュッと力を入れる私の足許で倒れてる四人は既に虫の息だった。



「ちょっと下がってろ玉潰してやる」


 低い声でそう言ったコータさんは、私を少し後ろに下がらせると、足を思い切り振りかぶって、倒れてる男の股間を蹴り上げた。



 耳を劈くような悲痛な叫びが響き渡り、思わず耳を塞いでしまった。



 コータさんは何度も何度も股間を蹴り上げた。



 相手が悲鳴を上げてる間ずっと蹴り続けて、何も言わなくなるとようやく動きを止めた。



「こっち来い」


 肩で息をしながら私を引き寄せたコータさんの隣で、見下ろしたそこにはピクリとも動かない男がいる。



「……死んだの?」


「いや、気絶しただけ」


「そっか……」


「殺すか?」


「ううん。もう帰りたい」


「分かった」


 コータさんはそう言うと、私をクラブの端に連れて行き、テーブルに乗せてある椅子をひとつ下ろして、そこに座らせた。



「着替えて来るからここで待ってろ」


 そう言い残してコータさんがクラブの奥にあるドアの向こうに消えたから、私はホールの中央で倒れている男達を、笑いながら見下ろして喋ってるコータさんの知り合いの人達に視線を向けた。



 その視線に気付いたのか、こっちを見たひとりの男の人が近付いてくる。



 近付いてきたその人は、今いるコータさんの知り合いの中でも一番よく見かける人だった。



「今回は大変だったねえ」


 目の前まで来たその人は、そう声をかけて、



「俺、シン。コータのオトモダチ。よろしく」


 笑って自己紹介をしてくれた。



 でもやっぱりこのシンさんも、笑ってるのは口許だけで目は笑ってなかった。



「マキ……です」


「マキちゃん、大丈夫かあ? 怖かったよなあ? コータ酷いよなあ?」


「あの……何であの倒れてる人達はここにいるんですか……?」


「コータが探して連れて来いって言ったから」


「……え?」


「本当困った男だよなあ? いっつも急だもんなあ。今日も二時間くらい前にすげえキレて電話かかって来て『五分で探し出せ!』だぜ? 探す方の身になれってんだよなあ?」


 内容的には愚痴っぽいのにケタケタ笑いながら話すシンさんは、



「マジで大変だったぜ? 女捕まえてどの男か聞き出すまではよかったけど、そこから男全員捕まえるまで結構時間かかったよ。コータは五分置きに『まだか!』ってキレて電話してくるしよ」


 どこまでも楽しそう。



 だからシンさんがこの状況を楽しんでたっていうのはよく分かった。



「ようやく捕まえてクラブ連れて行ったら、相手の姿見るなりコータがいきなり殴りかかるし! 久々にあそこまでキレたコータ見たよ。アイツ人間じゃねえだろ! 怪獣だよな!」


 そこまでを本当に楽しそうに話したシンさんの饒舌を止めたのは、



「シン、俺の悪口はヨソで言え」


 背後から聞こえてきたコータさんの声。



 振り返ると服を着替えたコータさんが煙草を咥えて立っていた。



「悪口じゃねえよ。褒めてんだよ」


「お前は口が軽すぎなんだよ」


 コータさんはそう言いながら腕を掴んで私を椅子から降ろすと、



「んじゃ、俺行くから」


 シンさんにそう告げて、煙草を消して私の手を握る。



 それを笑って見てたシンさんは、倒れてる男達を徐に指差した。



「アレどうする?」


「小指だけ折ってねえからオトしとけ」


「おう、分かった」


「シン、悪かったな。感謝してる」


 そう言ったコータさんの声は優しく、



「毎日感謝しろよ」


 そう答えたシンさんの声は楽しそう。



 そのシンさんに、「色々ご迷惑おかけしました」と頭を下げると、



「気にしなくていいよ。面白いもん見れたし」


 シンさんはそう笑ってフロアの中央へに歩いていった。



 それからすぐにコータさんは私を連れてクラブを出て、



「泊まり行くぞ」


 開口一番そう言った。



 唐突な提案に「え?」と聞き返すと、



「ヤらねえよ。寝るだけだ。お前寝てねえだろ」


 コータさんは優しく笑って、ラブホテルへと歩き始めた。





 ラブホテルに着くと、すぐに順番にシャワーを浴びて、着いて三十分もしない内にふたりでベッドに入った。



 コータさんに抱き締められ、その胸に顔を埋めながら、クラブで起こった事を思い返してた。



 思い返すと怖いから本当は忘れたいけど、頭に焼き付いて離れない。



 だから半ば強制的に思い返しながら、ふと気が付いた事があったから、聞かずにはいられなくなった。



「……コータさん?」


「何だ?」


「……私を犯したの……三人だったんだけど……さっき四人いた……」


「ああ、運転してた奴だ」


「そっか……」


「もういいから寝ろ」


 コータさんはそう言って私を強く抱き締めると、



「俺が中学の時――」


 昔の話を始める。



 その声を聞いてると、半ば強制的に思い返してたものが消えてくれたから、安心して目を閉じた。



 暫く目を閉じてると、コータさんの声が徐々に遠くなっていってる事に気付いた。



 体がベッドに沈んでいく感じがした。



 全身がズンッと重くなって、指の先も動かせない。



 コータさんの声が聞こえない。



 目の前が暗い。



 妙な不安が広がっていくのを感じた時、体を押さえ付けられた。



 どこからともなく伸びてきた手が口を塞ぐ。



 別の手が服を捲り上げてブラジャーを掴む。



 その間にスカートの中にはまた別の手が入り込み、下着を荒々しく引っ張る。



 露になった胸を汚い舌が這う。



 厭らしい笑いをしてこっちを見てる男の顔が見える。



 下着を取られたスカートの中に手が入ってくる。



 口を塞いだ手の隙間から私の苦痛の叫びが洩れる。



 助けて、助けて、助けて――。

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