蛮世見聞録

沖 洋人

竜退治の見世物


 それは我輩が東の湖にほど近い城下町に滞在していた時のことだった。働き詰めだった自分を労わり、長い休暇としてのんびりしての長逗留だったが、そろそろまた仕事を始めようかと思い始めていた。さてどのようにして仕事の勘を取り戻すか、街の人を相手にするべきか田舎に足を伸ばしてみるか、などと考えながらぶらぶらしていると異国風の大道芸人が呼び込みをしていた。なんでも街の外の広場で竜の見世物があるらしい。我輩もそこそこ長く生きては来たものの、竜を間近で見たことなどはなかったので、話の種に一つ見てみようかと、街外れまで足を向けてみた。


 街の外には大きな天幕が張られていて、中に入ると街の男衆がひしめき合い、空気がムッと温められていた。よくもまあこんなにも集まったものだ、と閉口しながら座って待っていると、先ほどの大道芸人が天幕の中に入ってきた。「さあさあお立ち会い、今日ここに引き連れたりまするは遠く東の地に住まう地竜の一種でございます・・・」などと一通りの長広舌がふるわれ始めた。焦らされた観客たちから野次が飛び始めると、大道芸人の合図で天幕の中にボロ布のかけられた檻が入ってきた。その檻が思ったよりも小さいので、観客も我輩も「なあんだ、こんなものか」と落胆したものだったが、大道芸人がサッとボロ布を取り払い檻の中の竜を見ると「おお」と目の色が変わった。なるほど、その竜は体は小さく見た目もなんだか苔むしたように汚らしいが、確かに竜である、という凄みを持っていた。その眼は赤く鋭くギラリギラリとしており、目隠しの布がなくなった竜は口の端から涎を垂らしながら檻の中で暴れていた。


 観客の男衆たちは野次を止め、固唾を呑んで竜を眺めていたが、大道芸人が出しぬけに檻を開けたので幾人かは「わあ!」と悲鳴をあげた。竜が周りの人間達を睨め付けながらのそりと檻から出てくると、潮が引くように男衆が後ずさった。しかし大道芸人は竜が進み出てくるのを見ながらそこに立ったままであった。と、思うと大道芸人が腰元から何かをサッと取り出した。それは小さい丸盾と、これまた小さな小剣であった。その丸盾にはゴロリとした何かの宝石が幾つか散りばめられており、大道芸人がそれを突き出すように盾を構えると、竜は明らかにその盾の宝石に気を取られたようであった。「さあ皆々様方!お聞きおよびのことでしょう!竜は不思議と金銀財宝に逆らえぬ!」と大道芸人は盾を竜の鼻先でゆらゆらさせながら口上を叫んだ。「しかしそこが古今東西、勇者の付け目!それさえ知っておれば・・・」と大道芸人が盾をフイと中空に放り投げた。すると竜はそれを追って首をぐいと上に伸ばし、と思えば大道芸人が右手の小剣でスパリと竜の喉笛を掻き切っていた。「このようにいとも容易く、殺せるのでございます!」横倒しに倒れたあと、バタバタと手足だけを動かしている竜の死体を背に大道芸人が一礼をすると、男衆から称賛と投げ銭とが山のように放られた。


 ひとしきりの歓声が止むと、大道芸人は何度も繰り返していたお辞儀をやめ、また話し始めた。「本日みなさま方にお集まりいただいたのは、竜退治を見ていただきたかったから・・・というわけではございません。先ほど屠りましたこの地竜、今まさに東の地で大量に湧いて出ておるのです!困り果てた東の地の領主は竜退治の勇者を求めております!いっとき勇気を奮い、竜の首を一つでも持って帰れば、多大な恩賞が与えられるものであります!さあ我こそは!と思わん勇者の方々は東の地までご案内いたしますゆえ、この天幕に残りませ!」


 我輩はこの段になって、大道芸人が御同輩であることにようやく気づいたのだった。この大道芸人を装っているのはケチな悪魔で、こんなものについて行ったところで待っているのは悪事の片棒を担がされるか、悪ければ地獄での苦役に放り込まれるのがオチであろうと分かったので、我輩はすぐに天幕を後にした。派手な見世物で投網漁のように人をかき集めるとは、なんとも美学のない仕事のやり口である、と我輩は閉口していた。しかし大勢の男衆を攫った悪魔どもの一味は数日後に姿を変えて、主人や息子や兄弟を失った家人たちに「貴方の善き人は騙されて連れて行かれたのです、その悪事の下手人を知っていますゆえ、きっと捕まえてやりましょう」と吹き込み、善良な被害者たちの資産を根こそぎ奪いとっていった。ここまで徹底されれば、見事という他なかった。


 おかげで我輩の復職は振り出しに戻り、また数日はぶらぶらとしていた。街からは人が消えてしまい、我輩と契約を結ぶようなカモはいなくなってしまったからだ。その後、けっきょく我輩は竜を見ることは無かったのだし(あの地竜とやらは、変わり身か幻覚の得意な悪魔の手によるものに違いなかった。)、どうせなら何もしないで日々を空費するより見聞でも広げた方がいくらかマシだろう、と思い旅に出ることにした。そのきっかけとなった竜退治の見世物について記すと共に、見聞を広げる旅の記録の始めとしたい。

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