声が似てるだけなのに有名Vtuberだと嘘ついたら、ギャルにガチ恋されました

さやまる

第1話 あ、それ嘘です

 人生は選択の連続だ。大半の人が、それを間違い、後悔する。

 そして、現在――俺もその例に漏れず、激しい後悔の渦に飲み込まれていた。


「あああああああああああああああああ!!!」


 自宅のベッドの上で毛布をかぶりながら、俺は悶え苦しんでいた。



 ***



 それは放課後のことだった。昇降口で下駄箱を開けると、


「シュウ! お前、今日は休まなかったんだな」


 この学校での数少ない友人……いや、知り合いのホンダが俺に声をかけてくれた。


「あぁ、明日テストあるし、一応な」


「前日に来ても何も変わらんだろ」


「そんなことは……ない」


 と思いたい。切実に。もし明日のテストを全教科赤点で終えたら、留年が確定してしまう。それだけは避けたい。


 ――その時だった。


「え?! その声……カイ?」


 不意に背後から聞こえた活力に満ちた声。振り返ると、そこには学校一の美少女、“吉乃茜”が立っていた。


 その容姿は、一言でいえば『完璧なギャル』だった。


 後ろでひとつに束ねられた金色に輝く髪の毛、校則を軽く無視した短めのスカート、そして派手な装飾品。あ、パンツ見えそう……じゃなくて、明らかに「陽の世界」に住まう人間の雰囲気を纏っていた。そのくせ、西洋人形のように整った顔立ちと、吸い込まれそうな青い瞳はどこか洗練された印象を受ける。噂によるとハーフらしい。


 正直、見惚れてしまった。なんか悔しい!


「は、はい?」


 無意識に声が裏返る俺。我ながらキモすぎる。


「その声、やっぱり!! 君、もしかしてVチューバ―のカイさん?」


 一瞬、時が止まった気がした。


 もちろん違う。だが、俺の声が確かにあの人気配信者のカイに似ていることは、少しだけ自覚していた。俺だってカイの動画を何本か見たことがあるからだ。


 だけど……なんだろう、この快感は。


 こんな俺に、誰かが興味を持つなんて。しかも、こんな美少女が……。

 たとえそれが勘違いでも。

 たとえ一瞬の気まぐれでも。

 

 魔が差すとはこーいうことを言うのだろうか?


 気づけば、喉の奥から「ある言葉」が勝手に出てきていた。


 「ソ、ソウデス!」


 ……あ、しまった。


 見事なカタコトだった。口に出して早々、俺は慌てて我に返る。吉乃には申し訳ないが、とにかく訂正しようと口を開いた。


「あ、いや、ごめ――――」


 ――しかし、彼女の反応は想像をはるかに超えていた。


「やばっ!! やばやばやばっ!! 本物なの!? 本物なの!?」


 感情が爆発するように声が弾けた。俺のか細い声は跡形もなくかき消されていた。目を輝かせ、体を小刻みに震わせる吉乃。その姿は、推しに会えて、純粋に喜ぶファンのテンションそのものだった。


「私、カイさんの動画、全部見てます! 歌も配信も超ヤバいです! あ、サインとかもらえます!?  いや待って!  まず写真、写真!」



 あ、これ無理だ……。


 幸せそうに興奮する吉乃の手前、俺は言葉を失っていた。


 言えない! 「やっぱり、嘘です」なんて口が裂けても言えない!!


 次の瞬間、俺はもう行動していた。



「え? ちょ!!」

 

 吉乃の驚いた声を背に、俺は全力で昇降口を飛び出した。


 あぁ、ヤバい。これはヤバい。なんて取り返しのつかないことを……。俺、完全に終わったかもしれない。


 身長百九十センチの男(俺)が、校舎を突っ切るように走り抜ける。すれ違う人みなが驚愕の表情を浮かべ振り返っていたが、そんなこと気にする余裕もない。後ろからは、まだ吉乃の声が聞こえてくる。


「ちょっと待ってってばぁ!  写真だけでも!!」


 これはもう絶対にバレる。逃げ切れたとしても、嘘を突き通せるはずがない。だが、今はとにかくこの場から消え去りたい、その一心だった。


 こうして、虚構に溢れたラブコメが俺の人生最大の嘘によって幕を開けたのだった。

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