影と闇の術師3

@miharuka

第3話 再会

凪がいなくなってから恭は変わらない様子を装い学園に通った。あの日から変わったことは会話を注意深く聞くようになった。しかし、時間が過ぎるとともに玖條の名を聞くことが減ってきてはとうとうその名を聞くこともなくなった。それに対して苛立つことが増えた。

 気付けば十八歳になり、学園を卒業。その後議院に入り、総帥の補佐をする職に就いた。

二十歳で彰から総帥の座を継承し、総帥になった。彰は表向きで前総帥として恭の補佐をすることになったが、裏で凪の捜索に全力を尽くしている。


 この日は恭の二十歳と総帥昇格を祝うパーティーであったが、当の本人は気が乗らない様子でいた。あの日から凪のことを頑なに忘れなかった。そんなことも知らずに多くの一家の女性たちが恭の周りに集まっていた。

なぜかというと、恭は独身であるため注目を集めていた。

二十歳になった者は必ず婚姻をしなければならないのだ。術師同士の婚姻を決める通称舞踏会と呼ばれる一大行事を盛大に行われている。実はこれにも厳しい規則があり、階級ごとに行われることや婚姻相手を決めるのは使いである梟が決めるのだ。

雄の梟が好みの雌に求愛をする。そのときに雌がそれに答えれば主人も婚姻が確定するという不思議なやり方を取る。求愛に応えなければ成立しないため、この年に婚姻できなかった者は来年も出席しなければならない。

血筋を絶やさないためにこの方法を取っている。遠い昔からの決まりになっているため、それに従っているのだ。

二十歳になっても恭は興味がなかった。カゲも同じように雌が近寄ってきても興味を持たず、恭のそばを離れなかった。周りを絶えず見回しても、凪がいることはなかった。

しかし、チャンスを狙っていた。凪が二十歳になる年まで恭は待つことにしていたのだ。

『一家の全滅とは同等の血縁を持つ者が死亡することを表す。』

 そう掟によって定められている。つまり、玖條家が全滅したことは凪が死亡しなくては全滅したとは言えないのだ。掟をどの一家よりも従順であった玖條家がこれを知らないことは考えられない。

                  

                    *

 議員とは別の機関は継続して凪の捜査と裏情報を探っていた。そのとき捜査員がある一家に疑惑を覚えた。

「なんだ?これはあり得ない。」

 資料室の資料に目を通していた捜査員は何度も目を通しても不信に思った。それを代表である硬に持って行った。

「代表。これを見てください。ここなのですが。おかしいです。どうして下級の一家が上級の一家に上り詰められているのでしょうか?」

 それを見ると確かにあり得ないほどの短期間で上級と記述されていた。

「この時期って。玖條家が影の使役する力を失った時期と重なるぞ。」

「え? ではこれは。」

「すぐに調査を開始しろ。何かあるに違いない。それと追加でもう一件頼みたい。」

 硬は部下に命じた。硬はずっと疑問に思っていたこと。保が玖條家の人間ではないのになぜ隠していたのか。そして保は一体どこの誰なのかを誰も知らない。玖條家の報告でも詳しいことはなかった。だとしたら保のことを隠していたこと、なぜすぐに始末しなかったのか、なぜ使役する力を失ってしまった原因を報告しなかったのか。真実を知る人間は分かっているとしてもう一人しかいない。

 調査を開始し始めてから数日。

「代表。先ほど執行機関からの伝達で取り調べを受けている者から玖條にやられたと言っておりました。」

「! すぐに追跡しろ。手掛かりを探せ。小さいものも見落とすな。」

「はい。」

 この日も動いた。行方不明になってから玖條の名を聞くのはせいぜい掟破りの者しか聞かなくなった。団体は現地からどのように情報を知っているかを調べては、行方を探った。しかし、この日も何も掴めなかった。証言もあやふやで突如現れたが、すぐに消えたという。また振り出しに戻った。

「悔しい。」

それしか言えない。硬はため息を吐き、写真を取り出した。それはまだ生まれたばかりの凪を抱え微笑んでいる薫と葵の写真。こんな優秀で自慢したくなるような方々に仕えられたことが硬にとって誇りであった。その恩をどうしても返したかった。凪ならもういいというと思うが、それでも硬は返したかった。自分の命が尽きるまで奉公し続けることを葵の死から心に決めていた。

                      


                     *

いつかと同じように森に日の光が差し込んでいた。誰も恐れてこない森を平然と歩く女がいた。まるでこの森の主のように迷うこともなく森の奥へ奥へと進んでいく。

たどり着いたのは堂々とそびえたつ洋館。洋館に入り、ある一室に入るとフードが付いた上着を脱ぎ棄てた。上着には所々破れているところや血でにじんでいるところがあった。

腰につけていたベルトを投げ棄てると長椅子に転がり込んだ。

主人が帰ってきたことに気付いた梟が椅子の背もたれに止まった。

「ん?ただいま。キリ。何にもなかったわよ。第一力的に負けているから。楽勝だった。」

 そういいながら女、凪はキリを撫でた。

あれから九年が経った。

あの日の夜に術師社会を抜け出し行方を暗ませた。噂の件をどう鎮めればいいのかを考えていたとき、葵と撮った写真から思いついた答え。


九年前。

屋敷の一室で写真を見ながら凪は泣いていた。

(私なんてもういらないんだ。もう消えたい。何にもなかったことにはできないのかな?

議会でも収まる様子はないし、いったいどうすればいいの?もう消えたい。いなくなりたい。! ………。)

 涙を流しながらはっと顔をあげた。

「いなくなる? そうか。誰も知らないはず。あそこなら迷いの森にある洋館なら誰も知らない。あの一家も議院もみんな。いなくなればいい。私が……ここから消えればいい。著名階級の玖條家の当主じゃなくて。もうただの術師として生きればいい。そう。

ただの術師として。そうすれば奴らも諦めるだろうから。こうすればいい。こうすれば。」

 まるで自分に言い聞かせるように何度も叫んでは涙をぬぐった。

机に向かってはカバンから便箋とペンを取り出し、術師社会に向けて手紙を書いた。誰かが見つけたときにこれを議院に出してくれればいい。名前まで書き終えると涙がまた零れた。

「ごめんね。」

 そうつぶやいた。誰にあてて言ったのかわからないが、口からこぼれた。

使っていない封筒を取り出し、中に手紙を入れると文字が消えないようにするため木箱に入れては蓋を閉じた。

 夜に叙述録などの多くの書物を持って屋敷を去った。屋敷のドアを閉めると割れている窓から鍵を投げた。

手紙が見つかったら、屋敷を燃やすということは始めから考えていた。これと言った証拠はないが、自分が帰ってくる場所はないことを分からせるためだ。

しかし、予想以上に早く手紙は見つかった。想定外は起こりうるものであるため慌てることはなかった。調査が一段落した隙を見て木に火を灯すと屋敷になんも躊躇なく投げた。

瞬く間に火は屋敷を包み込み、灰になった。

 別に悲しみはなかった。だが、心が虚ろのように感じた。

洋館の場所は書物に挟まれていたメモに行き方が細かく書かれていた。


そして、今に至る。もう戻る気はなかった。しかし、自分が死ぬまで一家の全滅として取り扱われない。掟には従っていくが、来年で凪は二十歳になる。しかし、もう血族者がいないなかで自分の血筋を残すことを考えなかった。

「参加しないといけないのか。もう死んだこととして扱ってくれるわけないか。

彰様達は絶対に。特に恭も懲りずに探しているし、彰様は極秘に何かを組織している。ふー。諦めが悪いことは聞いていたけどここまでとは、呆れた。」

 凪は座りなおしながら言った。

ここに来てからの生活は自給自足だった。注意深く情報を集めては掟破りの者を追い詰め始末することを繰り返していた。生活自体も何とかこなしていた。洋館には未だに電気や水も通っていたため問題はなかった。

術師たちがたまり場にしている店は多くあり、そこで素性を隠して働き必要な資金を集めながら情報を掴んでいた。

 ここから得た情報を探りながら、掟破りの者を調べ追跡して始末をするのだ。

誰にも頼ることもなく行うことが当たり前になった。

「もうこのままでいいや。」

 それがいつもの口癖になっている。

                    *

「何処行った?凪。 見つけるから。そして兄さんの所に連れていく。いや、まずアイツらに報復だな。」

 シュウは凪が行方不明になったことを恭たちが知る前に気付いていた。しかし、いくら探しても見つからない。情報も集まらないなかで苦戦していた。

苛立ちが増していくなか手掛かりを議院よりも手探りで探していた。そのときある衝動が起こり、謎の声が聞こえた。


奪いたい。凪は……彼女はお前の物だろ? それなら。アイツから彼女から奪おう。

そうだ。奪おう。奪え。奪えば全てがその通りになる。奪え。奪え。奪え。奪え。奪え。


「………そうだよな。はは。そうだよな。彼女さえ俺の物にすればなんてことはない。」

 声に従うように大笑いした。それが自分の意思のように思えて。いつからだったかシュウはこの声を自分の意思だと思い込んだ。

「決まった。恭なんかに渡してたまるものか。凪は昔から俺の大事な人。俺が最初に見つけた娘なんだから。俺が大事にしないと意味がない。アイツは総帥の座で満足していればいい。

俺がやってやるから。」

 誰に言っているかわからず、狂ったかのように笑い狂った。そのままあてもなく凪を探しに行った。


                     *

一年後。

この日も恭は議会を無事に終えて議場を出て真っすぐ執務室に向かった。行く先の廊下には関係ない女性たちが恭に挨拶をしたが、本人は歩きながら目も合わせず執務室に向かった。書類にサインをしていく決まった作業をしているとき、秘書を担当している者が入ってきた。

「失礼します。総帥。」

「ああ。あと少しで終るんだ。待ってくれるか?」

「それは構いませんが、今日はお茶会が予定されています。行かれないのですか?」

「……ふー。そんな気分ではないのだが。」

「しかし、あと一か月後に執り行われる舞踏会がありますので参加された方がいいのではないでしょうか。お早く婚姻された方がよいと斎藤議員長が仰っていましたよ。」 

 そういうと、動かしていた手を止め写真を見た。

(もう今年で凪は二十歳になったはず。掟にも定められているから来るだろう。)

 写真にまた目を向けた。

「わかった。これが終わったら行こう。でないとうるさいからな。」

「そうですね。ではそのように手配しておきます。」

「ああ。」

 秘書が出て行くと、写真を手に取った。それは昔凪と撮ったものだった。公務に慣れなかった頃によく目を通していた。今でも欠かさず見ている。


「ただいま。」

「あら。今日は遅かったわね。」

 お茶会から帰ると茜が出迎えた。

「うん。本当は早く帰りたかったけどお茶会があったから参加したら遅くなった。全く斎藤議員長の娘が一方的に話しかけてくるからうるさかった。」

 そのまま居間に入りくつろいだ。茜も座り話を聞いた。

「そう。聞いた話じゃあ。斎藤家は著名階級に上がりたがっているからね。そういうことを自然とできるのね。親子そろって似たようなことをすること。」

「ま。認めたくないけど。僕としては。」

「それは私も同じだ。」

 言ったのは彰だった。彰も団体の指揮を日ごろから執っているため帰りが遅い。

「お帰りなさい。彰。」

「ああ。今日は遅かったな。」

「お茶会に出ていた。もうすぐ舞踏会が近いからって斎藤議員長がうるさくてね。もう僕は凪しか決めていないのに、知らないのか。」

「斎藤か。あいつは陰城に心酔しているが、何もしていないし口が大きいだけだ。もう議院長にまで上り詰めたのか。………。」

 斎藤の名を聞くと彰は押し黙った。

「どうしたの? 彰。」

「いや。最近になって、いろいろおかしいことが分かってきたんだ。硬からの報告で今日出かけたのだが、確かにおかしいと思った。」

「おかしいことって何が?」

「ああ。ある一家はもともと一般から下級に上がっていることは知っていた。だが、そこからたった一か月で上級階級になっていたんだ。」

 団体が感じた疑惑を話した。彰も資料を見ると間違えはなかった。今はそのあたりを詳しく調査している。それを聞くと恭と茜は驚いた。

「どういうこと?それは?」

「確かにいくら何でも下級からたった一か月で上級に上がるなんてありえない。他に何か分かったことはなかった?」

「それが。これにも硬と驚いたのだが、時期がちょうど玖條家が影の使役する力を失った時期と重なるんだ。」

「失った時期と階級昇格が重なる。……まさかその一家が禁忌の術を使って玖條家の全員が持つ影の力を奪って上級階級に上がったってこと?」

 恭が言った禁忌の術とは遠い昔に編み出された術の中で最も危険な術を示している。

その中に相手の持つ力を奪うことができる術や空間を乱す術といった危うければ一般社会にも影響を与えかねない術のことをいう。これは掟においても厳しく制限されている。

「かもしれん。今のところそれも予想されている。」

「よく思い出してみれば、薫君や透様は距離を置いていたわね。葵ちゃんも同期の娘とはあまり仲良くしなかった。もっと調べた方がいいわ。保のことも玖條家は報告していなかったし、今になってみればおかしいことだらけだったわ。」

「ああ。噂の件もつながるのではないかと思う。茜もできれば奴らと関わるようなことがあれば聞いてみてくれ。恭もうっかり口に出すこともありうる。」

「うん。あと。凪の行方はつかめた?」

「いや。闇の術の中にはまだ知られていない特性があるからか、うまく使って証拠を一つも残していないから。一言でいえば前途多難だ。」

 そういうと恭はため息を吐いた。

「でもチャンスはあるわ。」

 茜が何かを思い出し言った。

「何? チャンスって?」

「あら。忘れたの? もう来月に控えている舞踏会よ。掟には絶対に参加になっているから必ず参加するわ。玖條家が提示した掟もあるから破ることは考えにくいわ。」

「そうだ。我々もそれを狙って警備にあたることにしよう。」

「それだけしかないのか。かけるしかないか。」

 考えることを考えても凪がここ十年現れなかったが、これに反することはしないとしか信じるしかなかった。

時間はどんどん過ぎる中で恭は凪と再会できることを願うばかりであった。


気付けばもう当日まで数週間であった。

上級階級は忙しい時期であった。この舞踏会で婚姻相手が決まるため当日のドレスや衣装の仕立てなどの準備が急がれた。


舞踏会当日。

静かな夜に行われる舞踏会は時代を感じさせないぐらい華やかなものであった。

女性たちは上質なドレスに身を包み、男性は流行に合ったタキシードであるが個性を引き出したものが多い。そして最も注目されるのがやはり恭であった。

この日の衣装は黒に統一され、金などで加工されたものを装飾されていた。

到着するや否や女性たちははしゃぎ始めた。そんなことも気にせず恭は案内された席に座り周りを見渡した。

(凪は来ているのか。どこにいる?)

 そう思いながら見渡した。カゲもいつになくうずうずしていた。そして司会人により梟と飛ばし婚姻相手を決める時間になった。それでもカゲはあたりを見てはキリを探しているようだった。カゲの様子を見ては恭も見渡した。


 周りが自分の梟がどこに飛んでいるのかを追っているなか、一人と一羽は動いていなかった。女性だろうか。長い髪を束ねず下し、仮面をつけていた。また体格を隠すためなのか長いコートのような服装で手には手袋をしていた。腰にはベルトで何か棒のような物を下げていた。この会に合わない服装であるため目立っていた。

 主人がやる気ないためか、梟も全く動こうとはせず肩に乗ったまま毛繕いしていた。

しかし、その周りには多くの雄の梟がいた。おびえるかのように主人の頬をさすった。

周りの雄はその梟が気に入ったのか大半がその梟に向かって飛んできた。求愛の仕方は野生の梟と同じように雄が雌にエサを渡す。そして雌が受け取れば成立するのだ。

多くの雄が必死に求愛するなか応えようともせずに主人に寄り添った。

しびれを切らした一羽の雄フクロウが主人の肩から動かないフクロウに突進するように接近してきたため交わすと多くの雄がその梟に目掛けて飛んだ。間一髪で交わすとまた主人のもとに戻ろうとしたが、次々と求愛に迫ってきた。梟が慌てる一方で主人はため息をついてはその場から離れた。周りは梟の攻防戦に夢中であった。

「すごい人気ね。あれ。」

「本当に誰の? あれ。さっきまでいたよね?」

「本当だ。どこに行ったのかしら?」

 その場にいたはずの人物がいなくなっていた。それでも梟は多くの雄からの求愛を避け続けた。その様子を恭も見ていた。その梟に見覚えがあった。キリであることは分かったが、肝心な凪の姿が見当たらない。しかし、探そうにも人が多く見つけられない。

肩に止まっていたカゲもその様子をしっかり見ていた。分かっているのかさっきまで肉を食べていたが、特上で大きいのを加えると恭から離れた。カゲが動くと会場にいた雌の梟と女性たちが興奮した。

「やっと、カゲが動いたわ。私の梟に来て。」

「何言っているのよ。私のほうよ。」

「あんたたちよりも私のほうが立派なのよ。絶対に私の梟に来るわ。」

「バカなことを言わないで。私でしょ。……て。あの梟?」

 カゲが迷うこともなく飛んだ先は多くの梟から求愛を受けては逃げ回る梟であった。

その様子に誰もが唖然とした。疑問が会場内で広がるなかカゲが来るとさっきまで求愛していた雄たちがその場を離れた。

術師社会の梟は主人が生まれてから五年から十年後に生まれ、主人とほぼ同じ実力と能力を持っている。また、主人の力が強ければ梟の能力も強い。つまり総帥である恭は術師社会の頂点に立てられるほど力が強いため、梟同士でも同じようなことが起こっているのだ。

 カゲが懸命に求愛をするなか梟はそっぽを向く。しかし、その動きはとても無理しているようにも見える。梟が距離を置くために飛んだとしても離れることをせずについていった。

その繰り返しをして一時間。まだ受け入れようとはしない梟にカゲはとうとうしびれを切らせ、受け取らせようと強引に梟の上に乗りかかろうとした。カゲの以外な行動に驚き素早くかわした。それでもカゲは隙を掴んでは乗りかかる。手すりに止まりかけたときカゲは全体重をかけ乗った。逃げたいのか必死にもがくが、雌と雄の差があり無理であった。

抵抗するかのように高く鳴く声が会場に響いた。

 

「これ以上私の梟に傷をつけないでくれますか? 陰城 恭総帥。」

 この声が梟の鳴き声で響いていた会場の沈黙を切った女の声とチャリンと音が会場を響く。それはこの会には合わない服装で来た女であった。しかし、仮面と大きいコートの襟で表情が読み取れない。

「あの梟はあなたのでしたか。カゲ。そこまでにしろ。」

 恭は椅子から立ち上がり、女と距離を取った。カゲはしぶしぶ梟から離れた。梟は一直線に主人である女の肩に止まった。女は無言で梟をなだめた。カゲも恭のもとに戻っては悔しそうな声で鳴いた。

「ところであなたはどこの一家ですか?」

「………。」

「言ってはあれですが、このような会になぜそのような格好で来たのですか?とても不似合ですよ。」

「もともとこの会には参加するつもりはありませんでした。だからこのような格好で来ました。それだけです。」

 恭の問いに冷たく答えた。

「私の梟が堪え切れにない様子なので、失礼させてもらいます。」

 女は恭に一礼し、その場を去ろうとした。

「あなたは玖條家を知っていますか?」

 恭は女に逃がさないように聞いた。女はすぐに足を止めては恭を見た。何かを考え込むしぐさをした後に思い出したように言った。

「玖條家……。ああ、あの一家か。確か著名階級である陰城家と同じ立場にあった一家ですよね?」

「ええ。しかし、十年前に最後の当主が行方不明になり現在も消息がつかめていません。何か知っていますか?」

 それを聞くとまた同じように女は考え込んだ。何かを思い出した。

「確か、最後の当主の名前は…凪でしたよね?」

「?ええ。そうですが。」

「! ああ。そうでしたか。残念だ。本当に。」

 女は声を低くし言った。それが何の意味を示しているかは分からない。

「まさか玖條家の当主だったとは。」

「何か知っているのですか?」

「ええ。その方はもう亡くなりました。」

 その言葉を聞くと恭は驚愕した。また会場にいた者全員が驚く事実であった。女はそのときのことを話した。

「凪様とお会いしたのは八年前でした。仕事都合で掟破りと遭遇してしまったときに彼女が突然現れ数人の掟破りを始末したあとに話したのです。彼女は素性を明かすようなことはしなかったのです。そのときは議院に属していると言っていました。その日から私は彼女に頼まれることがありました。今の術師社会がどのように動いているかを伝えてくれと。

議院に属しているのになぜそのようなことを頼むのか。少しわかりませんでした。

ある日、いつもの場所で彼女を待っていたのでしたが、予定の時間に彼女は現れずに待っていたのです。少し遅れた後に彼女は傷だらけで立っているだけでも辛そうでした。多くは語らなかったのですが、掟破りにやられたというだけでした。私の治療もむなしく息を引き取りました。彼女は本当にいいひとでした。最後まで。」

 女は泣くことはなかったが、声が震えていた。話を聞き終えた者は肩を落とした。とうとう玖條家の血筋が途絶えたことが分かったからだ。しかし、恭だけは信じられないことがあったのだ。

「その話は本当ですか?」

「ええ。」

 恭は確認するように女に聞いた。女はそうであるかのようにすぐに答えた。

「もしかして、私が嘘をついているとお思いですか? 総帥。」

「ええ。陰城家は一家として成立する前から玖條家とのつながりが他の一家よりも長いのです。貴方の話のなかで引っかかるのです。」

「? どこが?」

「凪の最期が病死であるならまだしも、掟破りにやられるなど考えにくい。闇の使い手にしてあれだけ強力な力を持つ術師であった凪がやられるなどあり得ない。現に凪は保の手下を撃った時は百人以上の者を一人でしたのですよ?だとしたらおかしいことではありませんか?」

「! それは……。」

 女は何かを言おうとしたが、言わなかった。知らなかったでは済まないことを察したのだろう。

「それだけではなく、あなたは議院に属していると言いましたよね?どこに属しているのですか?ここにその機関の代表を呼ぶことも可能ですが、初めにどこの一家であることも言わないとは我々としては無礼にも値します。総帥である私に言わないことはどうでしょうか?」

「………。」

 女は押し黙った。何も答える気などないようだ。周りでは女の立場がどうなのかを言う者が増えてきた。表情は見えないが焦ってきたことが分かる。恭は応える気がないことを察したときある点に気付いた。それは女の腰につけている棒のようなものが見えたのだ。それを恭は見覚えがあった。またコートで見えないが、首元からちゃりんと音が聞こえるその音も聞き覚えがあった。

「腰につけている物は何ですか?」

「……彼女の遺品ですが? それが?」

「使っているのですか?」

「……まあ。たまに。………!」

「クス。おかしいですね。私には玖條家の当主が代々受け継いでいる鎌に見えますが、それを使っていることはあなたが玖條 凪であることになりますよね?」

「決定的な証拠だと言いたいのですか?総帥。だとしても同じような武器は多くあるのですよ。これが噂で聞く玖條の鎌とは言えないでしょう?」

「そうですね。でしたらこれのほうが決定的な証拠になるでしょうね。」

 恭は女との距離を縮めていきながら言った。女はこれという証拠に気付いたのかあるものを引っ込ませた。すかさずに恭はあるものを掴んでは上に上げた。それは手袋をしていた右手であった。女は必死に抵抗するが抵抗できるはずがない。

「離してください。総帥。」

「あなたはさっきから右手だけは後ろに回していましたよね?気になったのですよ。」

「何があるというのですか?」

「とぼけるつもりですか? 僕が確認したいことは、これです。」

 恭は革製の手袋を取った。露わになった手の甲には白い肌から黒い痣が見えた。近くにいた人はその痣が見えた。

「あれは、玖條の刻印だ。闇の刻印だぞ。」

「え? と言うことは凪様?」

「そうよ。いつもは隠していたから見えなかったけど、間違えないわ。」

 周りが驚愕し、ざわつき始めた。

女は、凪は恭の手を振り払い刻印を隠しては視線を落とした。キリは心配そうに凪を見つめた。

「仮面も必要はないと思うよ。凪。」

 恭の言葉に答えることもなく、左手で仮面を取ったが震えが止まらず落としてしまった。

ようやく顔をあげると周りを見回しては、恭を見た。

「どうして、分かったの? 恭。」

「二つ。一つは鎌を隠さずにいつもの位置につけていた。二つはネックレスだよ。学園に通っているときもつけているから音に鈍感になっていると思って確信した。手袋のことはもう気付いていたけどね。それよりどうしてこんな回りくどい嘘をついてその場から逃げようとした?」

「決まっているでしょ? もう私は……いてはいけない。そう思ったから出ようとした。

でもまさかカゲにキリを見破れるとは想定外だったし、恭もまだ結婚していないことを知ったのはここに来てからだった。でも掟にこの会に参加することが書いてあったから仕方なくきたそれだけよ。」

 そう凪は言った。しかし、恭にとっては納得できなかった。

「なんでいてはいけないと思うんだ。僕はそう思わないよ。」

「………もう。信じられない。」

 凪は年に合わない低い声で言い、叫んだ。

「誰にもわかるはずがない。この気持ちが。父さんも母さんも死んでから独りぼっちで生きないといけないんだということを背負わされて。

誰も助けてとは言えない。でも本当は助けてほしい気持ちもあった。

母さんが倒れてから誰にも手を貸してもらうこともできずに大した看病もできなかった。そのまま母さんは死んでしまった。母さんを棺に入れて父さんが眠るところまで一人で運んで土をかぶせた後。涙がただあふれて、感じてしまった。誰もいない。もう私で終るんだ。

いままでのことも夢の話だと思えてきた。だから一家として名乗っても何にもならない。

だったら、なかったことにすればいい。そう思って生きていた。

 でも恭に会ってから、父さんたちがいた術師社会に戻っても大丈夫かと思うようになった。戻ってからいいんだと思うようになった。玖條家を再興できると思えるようになったときにあんな馬鹿な噂が。

いくら叙述録を読み返してみても、母さんの話を思い返してみても信じられなくなってしまい。一体何が真実なのかわからなくなった。

だから、もう闇に紛れるように消えればいいんだと。アイツらのお望み通りに消えればいい。

もともと消えてもいい一族だから。どうせみんな忘れる。いままで犠牲を出してまで支えてきた玖條を忘れてあんな馬鹿な噂に惑わされて、呆れを超えた。」

 叫びながらずっと胸の中に抑えてきた怒りや苦しみを吐き出すように言った。

「報復する気はなかった? ここまで凪を追い込んだこの社会に対して。そこまでの怒りや失望があるなら、なぜしなかった。」

 怒りをむき出している凪に恭は冷静に聞いた。ここまで冤罪を背負わされたなら報復を考えてもおかしくない。

「………報復?術師社会に? 本当のことを言うと、報復するなんて考えていなかった。」

「え?」

 意外な答えに恭や会場全体が驚いた。普通なら報復する気だったと答えてもおかしくない。凪は自分や一族の名を蹴落とそうとし、かばうこともしてくれなかった者たちに報復しない回答は考えても理解できない。

「私が玖條の名をもって報復することは逆に自分で名を汚すこと。それぐらい十歳の私でもすぐにわかるわ。そんなに私が馬鹿だと思う。掟の意味でさえも幼い時から理解している玖條の者が愚かな道に走るわけがない。いたとすれば、玖條の名を背負っていた保ぐらいよ。」

 呆れた声で答えた。凪の言ったことは正しい。しかし、どうしても引っかかることがある。

「……凪。さっき『アイツらのお望み通り。』って言ったよね。アイツらは誰のことを示している?」

「…………。」

「! 答えろ。凪。一体何を隠しているんだ。そこまで隠さないといけないことなのか?」

 恭はいつも肝心なことを話さない凪に苛立っていた。必死に言わせようとしても凪は頑なに答えない。

「凪。頼むから答えてくれ。」

 凪の体を揺らし、恭は凪に強く頼んだ。強く求めるたびに凪は表情を暗くした。凪の顔をみて恭は彰たちと話したことを思い出した。玖條家が過去に一家で起こった問題の中で詳しく報告をしなかった二つの事件を。

一つは玖條一族が影の使役する力を失った事件。

二つは保が起こした玖條家虐殺事件の詳しい実態と保の素性が簡単にしか伝わっていなかった。

事の起こりと事実を正確に報告することが玖條家のよいことであり、それを議院でも大きく貢献してきた。しかし、この二つの事件だけは怠っていることにやっと気づいた。

恭は議院に保管されている報告書を何度も目にしたことがある。議院が成立した日からは報告書の記載は玖條家が中心に行われていたが、玖條家が関わった事件でも細かく記載されているにも関わらず、二つの事件だけは全くと言っていいほど記載がなかった。

「まさか。使役術を失った事件から何か関係しているのか?」

「! なぜ。そう思うの? 恭。私いままで一言も言った覚えはないよ。」

「関係しているのかと聞いているんだ。二つの事件について報告書の記載がなかった。」

「それを聞かれても困る。私が書いたわけじゃないけど……まあ結論を言えば関係している。これ以上は言えない。」

「凪。どうして。」

「動けるなら動けた。でもここまで来るとは思わなかった。それにもう手が打てない。」

 凪が何かを悔しそうに言った。その顔は今までにない表情であった。それをみたとき事の重さを感じた。


「もしかしてあの一家のことですか?凪様。」

 会場に響いた声。声の主はかつて凪の家庭教師であった硬だった。硬は二人のもとに行き敬礼をした。

「お久しぶりです。凪様。」

「硬? どうしてここに? 家庭教師が来られる場じゃないはず。」

「今回は総帥の許可を得てこの場に来ています。先ほど総帥が仰っていたように報告書の記載がなかった事件を深く調べてみるとそれ以上に怪しい一家が浮上してきました。」

硬が懐から出したのは術師に関する各一家がいつ、どのように昇格し降格したかを明確に記したものである。

昇格は一家の人間と血族上関係している家も含み術の力が上がっている。または術師社会にどれぐらい貢献したなどで認められる。反対に降格は掟に反した。あるいは掟破りと癒着したなど術師社会にとって悪影響を及ぼす可能性も入れ降格を議院が昇格同様判定する。

一般から下級になると名家として迎えられる。引き続き昇格されていくと著名階級までは届かないが、上級のなかでも議院の職位が上がる。


「怪しい一家?どこの一家?」

「まさか。玖條家が追い込まれたのはその一家のせい?」

「だとしたらどこだよ。」

 硬の発言から会場は一気に犯人捜しのように騒ぎ始めた。

「で。どこの一家だ。硬。」

「調べてみた結果……。」

「お待ちください。総帥。」

 硬が言うのを阻むように斎藤議員長が息を切らせてきた。

斎藤議員長が来るのを見た硬は顔をしかめた。それは恭も同じである。

「この場に貴殿が来るなど聞いてはいない。」

「はあはあ。この者の入場をなぜ許可したのですか?硬はもう議院に関係ない者です。なぜ?」

「別にいいだろう?いつから貴殿の許可が必要になった?先代からそんな話は聞いていないぞ。」

「総帥。」

「黙れ。硬、話を続けろ。」

 恭は斎藤の発言を制止させた。

「はい。調査の結果、下級名家からたった数か月で上級名家に上り詰めた一家がありました。また、偶然なことに玖條家が使役術を失った時期と重なるのです。特定できたのは斎藤家。斎藤議員長の一家です。」

「な、なにを言い出す。」

「………。」

 硬が斎藤に昇格の日と玖條家が使役術を失った時期の紙の印刷したものを見せた。しかし、すぐに恭のほうに回した。確かに時期が驚くほど重なっていた。

「確かに、これはおかしいなあ。こんなに短期間で中級を超えて上級に上がるとは。」

「し、しかし。玖條家もそうでしょう。中級名家から著名階級に上がっているからおかしいことですよ。」

「玖條家はもともと上級に上がれるほどの条件は整っていた。しかし当主が昇格を受け入れなかった。著名階級になったのは使役術を失ってから裏方の仕事を受け入れ、闇の術を手にし、そして全階級から求められたから異例の昇格を受け入れた。それしか聞いていない。」

 凪が異例の昇格の経緯を短く話した。それは間違っていなかった。


玖條家は一家として成立したのは下級名家ではなく、中級名家であった。それは陰城家も同じように術師社会を統べる一家としてともに成立したが、玖條家は不可能と言われていたことを可能にしていった。これにより上級名家を超えたのは著名階級ができ全階級と陰城家が玖條家に承認すべきと動き始めた頃でも玖條家は使役術を失ったことを理由に頑なに受け入れなかった。しかし、陰城家が懲りずに説得したことで受け入れた。

一方で陰城家は使役術がどの一家よりも術力と人望があったことから上級名家として成立した。このときはまだ著名階級はなかったが、陰城は功績をあげることで著名階級が生まれのちに階級が昇格した。

 資料にも玖條家と陰城家の昇格の経緯は凪が話した通り正しかった。硬が詳細を説明すると斎藤はどんどん顔色を悪くした。斎藤の様子を横目で見る凪の目は険しくなる。

硬が恭と会場の全員に斎藤家の昇格が陰謀である証拠を出していった。全ての証拠を出し終えると恭は斎藤に聞いた。

「斎藤。どうなんだ?正直に言え。」

「正直に、ですか? これは偶然ですよ。何かには必ずあることですよ。」

 明らかに何かを隠そうとしていることは誰が見ても分かる。話すたびに冷や汗が出てきては手足が震えていた。そしてなぜかしきりに凪のほうを見ていた。

「もう、言い逃れはできませんよ。調べているのですから。」

「く。ですから。」

「はあ。呆れた。」

「え?」

 恭と硬が斎藤を責めている間、何も言わなかった凪が口を開いた。

「ここまで責められているにも関わらず、懲りないとは。もう玖條のせいとは言えないわね。」

「うっ。」

「?凪。どういう意味だ。」

 凪の言葉に全員が首を傾げた。斎藤との距離をつめていった。

「どうせ言えないのでしょ? 自分たちがやってきたことがこんな形でばれるなんて思ってもいなかった顔している。いままで玖條が明かしていないからばれていないと思っていたら大間違いよ。」

「あ…う、く。」

 凪の怒りをぎりぎりに抑えた威圧に押されたのか、あるいはもう事実がばれていることに驚き言葉にならない。

「凪。知っているのだな。」

「うん。できればこいつの口から話してほしかったけど、全て語る。なぜ二つの事件を報告しなかったかを。」


玖條家が使役術を失う頃、当時は中級名家として議院の報告書と記憶書の作成と現在の執行機関の原型である組織を作りその代表を務めていた。

一方で斎藤家は階級を与えられない一般であった。一般の家はたいてい階級を欲することが多い。斎藤家もその中に入っていた。ようやく昇格が叶う間際、一家の者が重罪を犯したことを玖條家は見逃さず、処分を下した。

この一件で昇格をどうするかが機関で話し合われたが、結果昇格は叶わなかった。当たり前のようであるが、斎藤家にとっては玖條家に対して激しい妬みを持つことになった。

月日が流れ昇格が叶い、下級名家になるといやというほど玖條家と関わることになった。

玖條家の名や話を聞くだけで自分たちを蹴落とした一家と思い、日が経つにつれて玖條家に復讐する思いが生まれた。表向きには術師社会に奉公し、裏では玖條家を蹴落とすための策を一家全員で模索していた。

 古文書を片っ端から集め解読を進めていったとき、今では禁じられている禁忌の術の数々を見つけた。その中で一つの集団の力を奪うことができる術があった。

禁忌の術は発動させることができたとしてもうまくできなければ命を落としかねない。

そんなことを当時の斎藤家の誰もが忘れるまで発動に力を注いだのは、どうしても玖條家に復讐したかったのだ。斎藤家は今でもそうであるが、疑い深く嫉妬深いのだ。

 ついに発動させることに成功し、玖條家全員が持つ強力な使役術を一家全員が手に入れてあり得ない昇格を得て、上級名家になった。

玖條家が使役術を失うこととなった経緯である。


凪が語り終えると、会場の誰もが斎藤議員長に冷たい視線を送った。

「もしかして、記憶書にも報告書にも書かなかったのは禁忌の術を使ったから?」

「ええ。禁忌の術を発動させたことは当時から掴めていた。でも、それを公表することにためらった。公表すれば、掟破りが知ることになるし何より混乱を起こしたくなかったから。」

「保の件はどうなのですか?」

 周りにいた者が凪に質問した。語りたくないだろうがため息をつき、冷たい声で語られなかった玖條家が虐殺事件の背景を話した。


 斎藤家は使役術を奪うことで玖條家に復讐できたと思っていた。玖條家の使役術で上級名家への昇格が叶ったことでついには著名階級への昇格を目指し始めた。しかし、これまでの功績を頼りに地位を保ったままいる玖條家が気に食わなかった。

ある日玖條家全員が姿を隠したことを知ると斎藤家のほとんどの者が喜んだ。数日後、当主が議院に現れ緊急議会を開き玖條家全員の失踪理由を説明したとき名もない術師から一族全員に授かった闇の力を公表した。

このとき当主は追放されることを覚悟で公表したが、議会は闇の力を審議した結果受け入れた。斎藤家にとっては認めたくないことに玖條家に著名階級を与えることを議会が承認したのだ。

この日から斎藤家は玖條家を撲滅するため計画を立てた。実行しては失敗する繰り返しを懲りることもなく行ってきた。

そして凪の祖父・透の代になるとある計画を立てた。玖條家の人間を殺すことである。

計画としては玖條家に斎藤家の生まれた使役術に優れた赤子を置いていき、赤子が成長したら自分が玖條家の人間ではないことやいずれ始末されることを伝える。赤子は使い捨てとして使うことは初めから決めていたそうだ。

 その赤子が保なのだ。保は斎藤家の思惑通り、自分が玖條家の人間でなかったことに衝撃を受け玖條家の大半の人間を殺していった。誤算としては薫と葵、凪が生き残ったが、薫は権限を陰城に譲ったことにより術師社会で使える権利を放棄し、三人が行方知れずになったことと、凪が生き残っていることであった。

 また噂の件でも凪は失踪していた間に真相を掴んでいた。噂の件も斎藤家の当主、斎藤議員長が掟破りに多額の金を渡し、噂を流させていた。段取りも全て斎藤が決めていたそうだ。


「つまり、全ての執行者は……お前だったのか。」

 恭はいままでの怒りを抑えた目で斎藤を見た。斎藤は一瞬焦りの表情を見せたが、何か吹っ切れたような顔になった。

「ここまでばれていたとはなあ。流石玖條家だよ。侮るんじゃなかった。」

 斎藤は恭の問いに応えず、凪に言った。しかし、凪は怒りを抑えているのか何も言わなかった。

「斎藤。聞くが、お前の中で復讐は終わっていないか?」

「終わるわけない。我が一家がやっと階級を得られると思った矢先にあんな屈辱を受けるとは。貴様には分かるわけない。この場に来てくれたことに礼を言うよ。凪様。この場で貴方を消せば我が家の復讐は終わるのだから。」

 斎藤の発言を誰が見ても狂っているとしか思えない様子で抜いた剣の先が凪に向けられた。硬は応援を要請した。凪は斎藤の発言に呆れたのかため息を深く吐いた。

「………呆れた。元々はお前の一家が犯した罪は下級一家を消滅に追い込んだ重罪だったというのに。罪の自覚もなく、ましてや反省もせずに我が一族に復讐の刃を向けるとは。事実は明らかになった以上、お前は死をもって償ってもらう。」

 凪は冷たい口調でいい、恭の前に出ては鎌に手をかけたそのとき後ろから恭が凪を抱きしめた。

「? 恭。何?」

「もういいよ。凪。いままで君は僕を守ってくれた。これ以上君の手を汚すわけにはいかない。」

「……もう汚れているよ。私。保をこの手で葬って、今日までも多くの掟破りを殺していった。毎日毎日返り血を洗い流しているばかりだよ。」

「……それは僕の代わりに君が手を下してきた。そうでしょ?」

「!」

「君が十年前、失踪した時自分がとても無力だと思った。何も守れなかった。君を。

ずっと後悔していた。だから、次は僕が君を守る。」

「……恭。」

恭は凪に優しく言い、離れ腰の剣を抜いた。


その姿を凪は茫然と見ていた。そして剣を抜き斎藤の前に立った。

「僕が相手をしてやろう。斎藤。」

「なっ。貴方様が女に惑わされるとは情けないですね。我が一家がこんなにも資質があるのにあの一家は罪人扱いにした。」

「お前の一家が昇格する前の報告書と起こった経緯は知っている。まとめたのは玖條家であるが、調査したのは第三者だぞ。」

「ふん。だとしてもそう判断したのは玖條家に変わりない。」

「貴様……狂っているな。もう。」

「何?狂っているなどいない。狂っているのは貴方だ。」

 恭に向かって攻撃するなか、剣術としては恭のほうが優勢だった。戦闘を見ていた凪はある異変を感じていた。恭の攻撃を避けると斎藤は何かを唱えた。恭もそれに気づき剣を構えなおした。恭は術を剣に込めた攻撃を仕掛けてくるかと思っていたが、違った。

「くらえ。」

「は、しまった。」

 斎藤の出した攻撃は闇の刃と同じ強力な技である『影の刃』だった。この技にくらうと命を落とすことが大半であるが、一命をとりとめたとしても傷が癒えることはない。恭が防衛の結界を張ろうにも時間がない。刃が間近に迫ったとき、何かの力で相殺された。周りに影響はなかった。それには恭や斎藤、硬を含め周りも驚いた。

 影の刃から恭を守ったのは凪だった。見ると後ろから右手を出していた。刻印からは不気味なものが右手を覆っていた。

「凪。何を。」

「影の刃を打ち砕くのは闇の刃よ。そいつの異変に気付いたから、とっさに闇を発動させて刃を見えないように恭の前に出したの。強い力は強い力じゃないと打ち砕けられない。」

「……凪。」

「おのれ。玖條。やはりお前から消してやる。そして我が一家が著名階級として支配してやる。」

 恭をかばったことに怒っているのではなく、見えない力を持つことに怒ったのだ。

斎藤は目標を変え凪に剣を向け突進した。恭はすぐに前に立ちふさがろうとしたが、間に合わない。

「凪!」

 恭はとっさに凪の名を呼び叫んだ。

「な、何?」

「どうしたの? 私はここにいたよ。」

 声がする方に振り向くと突進しようとした場所から後ろに凪は移動していた。

「……貴様。」

「移動する術ぐらいは闇でもある。まあ、あまり公表しなかったのはあんたらがそれを聞き悪用しかねないから控えていた。言っておくけど、公表した時点で大体の闇の特性や欠点もどこまで術として発動させられるかは分かっていた。」

「く、どうしてそれを陰城家にも告げていない。」

「敵を欺くなら、まずは味方から。こっちをなめてもらっては困る。この掟破りが。」

 斎藤が剣を凪に向けたとき、恭が斎藤の右腕に切り付け凪の前に立ちふさがる。斎藤はまた恭と剣を交わす。しかし、先に強力な技を出したため斎藤の体力はほとんどなく恭の剣を受けることしかできなかった。

 斎藤との距離を置き、影に拘束を命令した。身動きが取れなくなった斎藤は無駄な足掻きをしていた。しかし、遠い昔に玖條家の強力な使役術を得たとしても血の薄れやもともと一般から無理に這い上がった一家であったことから元から持っていた術力が戻ってきていた。

それでも斎藤は影の刃の次に強力な技『影の舞』を打ち出そうとしていた。

恭は力をため込み影の刃を打ち出すことにした。それに気づかず斎藤は影の舞を出そうとしている。

そして双方が打ち出すと力は風のように会場を巻き込んだ。風がやむと斎藤はその場に倒れ、息引き取った。剣を納めた恭はすぐに議員に指示を出した。


幸いに戦闘で巻き込まれて怪我をした人はいなかった。戦闘が始まる前に凪は予知していたのか闇の結界を張っていたのだ。しかし、凪自身がとても体力を使った。闇の刃を打ち出すと同時に結界を維持するだけで普通の術師では難しい。

「凪様。そろそろ行きましょうか?」

「え?どこに?」

 硬が話しかけると凪は我に返って言った。

「総帥からは陰城家に先に行くようにと。」

「いきなり彰様方に会うのは気が引けるなあ。今日は議院でいいから明日にしてくれない?」

「し、しかし。凪様。」

「大丈夫よ。もう隠れる理由もなくなった。明日からいろいろ聞きたいのでしょう?この十年間どこでどのように生活していたかを。だったら議院にいた方が監視しやすいからいいと思うけど。まあ、判断は恭に委ねるけどね。」

 凪は半分疲れた表情を隠しながら硬に話した。その様子から察したのか恭に報告した。

あいにく恭は斎藤の罪を解明するために極秘団体に指示をしているため、明日までは家に帰れそうでもない。また凪の意見を取り入れ、今回の戦闘での体力を考慮し議院に身柄を移すことになった。


 翌日から凪はここ十年間のことを取り調べられた。執行機関にはこれまで始末した掟破りの数と状況を聞き、いままで明かされなかった空白を埋めていった。また捜索機関は玖條家が一家として成立した迷いの森に建つ館に行き、館の裏庭にある簡易的な墓石の下には二人の遺骨が見つかった。遺骨の移動の際に凪の立会いのもとで正式な玖條家が眠る墓地に埋めることになった。凪は久しぶりに見る両親の遺骨を見ては涙を浮かべ、長い間動かず黙とうをした。そこに彰と茜がやってきた。

「もう済んだかい?」

「! 彰様。それに茜様も。……お久しぶりです。」

 彰が声をかけると凪は驚き振り返ってはぎこちない笑みを浮かべ、二人に言った。綺麗に束ねた白ユリの花束を抱えている茜が凪に聞いた。

「花を手向けてもいいかしら? もしよかったら。」

「もちろんです。多分二人も喜ぶと思いますよ。親友のお二人が来たのだから。………やっと安心してくれたかな。」

 凪が小さく言うと、茜が抱きしめた。

「もう安心しているわよ。凪ちゃんが止めたもの。つらい連鎖を。何もできなくて本当に悔しいわ。」

「……茜様。」

「これからは私たちが責任を取る。もう借りが多すぎるから頼りっきりでいいよ。もう何もできないでいるのはこっちとしては悔しいから。」

 彰は凪を見ては覚悟を持った顔で言った。ずっと抱えていた悔しい思いを二人は凪に伝えた。

凪は泣きながらその言葉を受け止めた。昔から抱えていた思い。

もっと両親に甘えたかったことを。

誰かにかばってほしかった。

誰かに守ってほしかった。

誰かに任せたかった。

それを引き受けると言ってくれた言葉に凪は嬉しかった。

つづく

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影と闇の術師3 @miharuka

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