第5話 抱えた悩み

「今日の思い出全部一人ってのも虚しいものだな」


 休日に降った雨の中、夏紀はそんなことを呟く。

 

 今日の午後はずっと夏紀はゲームセンターで遊んでいた。

 

 しかし一人でゲームセンターに行っていたので行きも帰りも遊んでいる時も一人。

 一人には慣れていたのだがゲームセンターで友達とわいわいきている連中を見ると少し虚しいものがあった。

 友達作って遊んだら楽しいだろうなと思いつつ、そもそも作る気がないので仕方がない。


 (そもそも作る気がないから友達ができないのは当然なんだよな)


 夏紀はあまり人と接すること自体が好きではない。

 静音や恵都たちとだけで十分である。

 

 夏紀はセンチメンタルで周りのことをかなり気にしてしまうタイプ。

 だから友達を作ることが嫌なのだ。

 話している時は仲良く接するのにも関わらず裏では陰口ばかり。

 人間誰しも猫は被る、それが夏紀は嫌なのだ。

 たしかに友達がいない孤独はあるが変に友達を作って痛い思いをするよリはまし。


 雨だからか少し憂鬱なことを考えてしまう。

 そうして歩いているとたまたま前を見た時にある人が夏紀の視界に入った。


 雨の中、公園のベンチで一人佇んでいる静音だ。

 足をぶらぶらとさせながら地面を見ている。

 

 手元には傘がないように見える。

 雨宿りをしているのだろうか。

 それにしても静音を囲んでいる雰囲気は暗いものだ。

 顔は曇っていて何か思い詰めているようだ。


「傘がなくてお困りですか?」

「......な、夏紀。ぐ、偶然だね。どうしたの?」


 夏紀は静音の元へ行き、声をかけた。

 すると先ほどの暗い表情をなくして笑う。

 しかしその笑顔が取り繕った笑顔であることはすぐにわかった。


「あんまり無理に笑うな。心が痛くなるだけだぞ」

「何が? 別に普通だよ」

「......幼馴染だし、隠さなくてもわかる」

「あはは、やっぱり夏紀にはお見通しか」


 別に夏紀に相談しなくてもいい。

 ただ、取り繕った笑顔を夏紀はやめてほしかった。

 幼馴染が猫を被って夏紀だけではなく自分にまで嘘ついている姿など見たくはない。

 よく辛い時には笑っておけとはいうが本当に辛い時には泣いてもいいしそれ相応の表情をするべきだと思っている。

 わざわざ自分に嘘をつく方が辛い。

 

 静音と夏紀はたしかに真反対の性格をしている。

 けれども周りのことを気にしてしまうという面は昔から同じ。

 

「話したくないことも中にはあるだろうから別に話してくれとは言わない。けどその笑顔はやめてほしい。辛い時は辛い表情をするべきだ」

「そう......だね」


 夏紀がそう言うと静音の顔から取り繕った笑顔が消える。

 そして目を瞑って一度深呼吸をした。


「......やっぱり夏紀には話すよ。話すにしても夏紀にしか話せないし」


 そうして静音はポツポツと語り始めた。


「前......私、痴漢されたじゃん。あの時は夏紀に助けられたけど。その後トラウマになっちゃったみたいでさ。だいぶ怖くて今でも一緒に登校してくれてるでしょ? あとは混んだエレベーターとかそういうのに対して恐怖感じてたの。でも段々そういうの薄れてくかなってそう思ってた......けど、どんどん怖くなってきちゃってさ」


 そう告白する静音の手と声はだいぶ震えている。

 静音の顔を見ると恐怖の色で埋め尽くされていた。

 

 本人からすればかなり怖い出来事だったと思うので男性自体にトラウマを覚えてしまっても仕方がない。


「あ、夏紀は大丈夫。助けてくれたし幼馴染だからかな。けど夏紀以外の異性の友達は普段通りに接せれなくて。知らない人と話すとなおさら......もうどうしたらいいか分からなっちゃって......それが悩み」


 予想以上に重たいものだ。

 

 (異性の友達とも話せない......か)


「......なるほど」

「聞いてくれてありがと。ちょっとスッキリした」

「ちなみに俺以外の誰かには言ったのか?」

「言ったら今まで通りとは行かなくなるだろうし、そもそも痴漢されたことも知られたくないしさ......だから友達には言いたくない。親は痴漢されたことは知ってるけどこのことは言ってない」

「それでも多分言ったほうがいいと思うぞ。一部の友達とかには」


 言わなければどこかですれ違いが生じてしまうだろう。

 恐怖から異性の友達を避けていると嫌われているのかと思うようになる。

 そしてすれ違ってしまえば関係が崩れてしまう危険がある。


「......たぶん、そうすべきなんだろうね」


 静音はそう言って黙り込んだ。

 

 (俺が中学時代のあの辛かった時、静音はどうしてくれたっけ......)


 そう思い、夏紀は静音が言ってくれたことを思い出す。

 今、静音に必要なのは心の支え。

 ならば静音が前に支えてくれたように夏紀もするべき。

 

「ちょっとずつ、ちょっとずつで良いと思うぞ......辛くなったらいつでも相談乗る」

「.....夏紀」

「少なくとも相談できる人は一人はいるんだ。いつでも静音の話聞くからさ」

「っ......うん、そうする、ありがと」


 静音は少し目を潤ませて、それでもニコリと笑った。

 取り繕った笑顔とは違う心からの笑顔。


 普段言わないようなことを言ったので少し照れ臭くなり、夏紀は静音から目を逸らした。


「とりあえずここいても辛気臭いし......帰るか?」

「そうだね、帰ろっか」

「傘ある?」

「ない、ここで座ってたら急に降ってきたからさ」

「じゃあ家まで送ってく。残念ながら傘は一個」

「いいじゃん、相合傘」

「......うっせ」

「今更気にしてるの? 昔よくやってたじゃん」


 そんな会話をしながら夏紀は静音を家まで送っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る