短編集 空模様

テトロドトキシン3.9

天色

夏の日だ。快晴で、どうあがいても暑い夏だ。

いつもこの時期になると思い出す。顔も思い出せないくらい昔のことを。


可愛い女の子の幼馴染がいた。小学校の頃に初めて話した。

何年生だっけ、確か2、3年。

可愛かったから、有名で、ここを出て東京でモデルをやるんだと意気込んでいた。

名前は...思い出せない。今日は空がきれいだから、空。とりあえずそう呼ぼう。


空は高学年にもなるとすぐ告白された。毎回断ってた。

中学でもそうだった。告白された。でも確実に違うのは、女共の視線。

いじめられるようになった。お高く止まって、可愛いからって。


いじめの内容は悲惨だった。空が弱気で、おとなしかったのもある。

俺以外に話しているとこを見たことがない。男は憧れ、女は僻んだ。俺は迷った。


高校にもなるともっと陰湿になった。こんな田舎じゃ噂もすぐ回る。


東京で酒を飲んだらしい

東京で男と遊んでるらしい

東京で整形やら何やらしたらしい


そんなことないのに、ただ夢に向かって走ってただけなのに。

俺だけが知ってる本当の空、そう思っていた。


ある日、空がある男に告白された。クラスの女の彼氏だった。

当たり前のように断った。はずだった。

告白を受け入れたと言いふらされた。もちろん男の彼女は激怒。

空へのいじめが増えた。


ハブられるのは通常運転。

弁当に虫が入ってたなんて当たり前。

暴力振るわれ身体は痣だらけ。

陰口悪口いい放題。

ビッチ、尻軽、寝取り女。東京に魂売ったクソ女。


俺は迷った。

助けたら標的にされる。

次は俺がいじめられる。

普通に生きれてるのに。

助けを求める空の眼を、

俺は


そのうち男が手を出した。

ある日泣いて俺に電話で言った。


”なくなっちゃった、何もかも。”


すべて奪われた。


”私、あなたが好きだった。”


告白された。


”何もなくても、愛してくれる?”


俺は...


次の日、空は来なかった。男どもは空のことを話題にしている。

空の家に行こうと言うバカがいた。嫌な予感がした。


”誰か来た、助けて”


俺は

俺は...

俺は.....

俺は.......

俺は..........





















                俺は。





















空を、見殺しにした。





















今日みたいな快晴だった。夕暮れかかってきたときに、空の家に行った。

部屋に入ると、嫌な匂いがした。血の匂い。

空の体中に赤と白の液が付いてる。俺は吐いた。気色悪い。

空が気づく。話し始める。


”遅いよ、君。”


俺はその一言を忘れない。これだけは忘れてはいけない。


次の日、空はこの世を去った。今日のような快晴だった。

自分からだったらしい。俺は泣けなかった。

葬儀には彼女の親と親戚、そしてこっちの親と俺が参列した。

痛々しい姿。モデルになると話していた、あの空。俺が殺した、空。

彼女の父に殴られた。彼女の母に泣かれた。親と頭下げた。


俺はこの時期になると思い出す。嫌でも思い出す。

顔も名前も思い出せない、思い出したくもない。

でもこの思い出と声だけがずっといる。

毎年家に帰る。空の墓に頭下げる。

いじめた奴らは今ものうのうと生きてる。

今でも彼女の親に会うたび悪態をつかれる。

お前のせいだ、お前が捨てた、お前が見殺しにした。

当たり前だ、俺だってそう思う。


あのとき声をかけていれば。

あのとき誰かに言えていたら。

あのとき力になれたら。

あのとき告白を保留にしなければ。

あのとき助けていれば。


後悔しかない、クソッタレが。

皆、若くして死んだ人に対して

”お前の分まで生きるから”という。


逃げだ。


その人がしたかったことを勝手に理解したつもりになって背負い込んでるだけだ。

そう言いくるめて自分の満足感と事故の欲求を満たしているだけだ。

それでも生きてかなくちゃならない。自分を。だって自分の命なんだ。

選択肢ミスしても、他の人が死んでも、何があっても。

他の人の人生を踏みにじることは許されない。人生権の侵害だ。加害者だ。

荒らして帰った挙げ句、その人生を潰したなんて人間として終わりだ。


多分彼女は被害者であり加害者になりうる人間だ。

そして俺は加害者であり、被害者になりうる人間だ。

いじめた奴らは家畜以下の能無しだ。


多分俺に生きる資格はない。それでも生きてかなくちゃならない。

それは俺が被害者にならないためにも、彼女が加害者にならないためにも。

だから今日も、このどうあがいても暑い、クソみたいな夏を生きる。

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