第2話彼女の事情

「すみません、男の部屋なので大目に見てください」


彼女を部屋に入れた。彼女から甘い香りがした。


「でも全然綺麗じゃないですか」


彼女はそう言って部屋を観察している。


「お茶でも入れます。ゆっくりしてください」


はい、と彼女はソファに座った。俺の部屋には無駄な物は無い。そもそも招待する友人もいない。


「ハーブティーに少し蜂蜜を入れました。体が冷えたでしょう」


「いえ、お気遣いなく」


グラスのハーブティーはカモミールだ。少し甘くすると美味しくなる。俺も自分の分を用意した。


「いきなり急すぎてどこから話をすればいいのかわからないんだけど」


「どこからでも構いませんよ」


俺は彼女を疑っていた。美人局つつもたせかもしれない。


「覚えていますか」


「何をです」


彼女はゆっくりとハーブティーを飲むとゆっくりと話し始めた。


「私はあの山の守り神なのです」


なんだかおかしな話になってきた。何を言っているんだろう。


「それで俺と何の関係があるのです」


「貴方は絡新婦を助けましたね」


「そうだったっけ」


俺はすっかり忘れていた。俺は物忘れが多い。仕事のデスクのパーテーションには忘れないようにびっしりと仕事のメモを貼ってある。


「あれは私の仮の姿なのです」


雲行きが怪しくなってきた。頭のおかしい人には見えないし、むしろ知的な感じがする。彼女は続けた。


「本来、普通の人間には私の姿は見えないはずなのです。しかし貴方は私が見えた」


そうだ、思い出した。蜘蛛を助けた気がする。


「なるほど、あの絡新婦があの山の守り神で貴女であると」


「簡単に言えばそういう事です」


「しかしその後、貴女が私の前に現れる理由がわかりません」


「わかりませんか」


「はい」


「私の隣りに座ってください」


なんだかよく理解しないまま、俺は彼女の隣りに座った。


「私は貴方に惚れたのです」


俺は驚いた。展開が早すぎる。一目惚れで家まで押しかけて来るのか。ちょっとストーカーっぽい。


「そう言われましても俺にも心の準備が」


人に、いや例え本当にあの山の守り神だとしても好意を持たれるのは嬉しい。俺が怪我で競技から離れる前も彼女には困らなかった。しかし今では声すら掛けられない。人の態度なんてそんなものだ。


「私は貴方に惚れたのです」


もう一度彼女は言った。彼女の黒く潤んだ瞳がじっと俺を見ている。俺は彼女の瞳から逃れられなかった。


「わ、わかりました。それでは携帯の電話番号の交換でもしましょう」


「ケイタイ?それは何ですか」


彼女はスマホすら持っていなかった。驚いた俺はこれから彼女とどう接すれば良いのか困った。


「まあ、携帯無くても良いですよ。今日はそろそろ帰りますか」


「いえ、帰りません」


え、と俺は耳を疑った。


「どうするつもりなんですか」


「お世話になります」


困った事になってしまった。警察を呼ぼうにも犯罪は起きていないし、周囲から見れば普通の男女にしか見えないだろう。


「今日が金曜日で良かったです」


「何故ですか」


「いきなりの出来事で心の整理ができるのに二日は必要でしょう」


「なるほど」


ぽんと彼女は手を打った。可愛らしい仕草だ。

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絡新婦を助けたら、何故か美女が家に飛び込んできた ミツル @petorarca

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