絡新婦を助けたら、何故か美女が家に飛び込んできた

ミツル

第1話二上山にて

二上山は良い山だ。程好く続く山道は穏やかに頂上まで続いている。俺、田中ケンジは汗すら必要無い。過酷なあのトラックを思い出すとよくやっていたな、と思う。以前は会社が一丸となって俺を応援していた。定時に仕事を終えた俺はトレーニングに励む日々を送っていた。上しか、オリンピックしか見ていなかった。今にして思えば強欲だったと思う。人生の分岐点は突然現れた。


「おお、なんて見事な絡新婦じょろうぐもだ」


俺は山道に張られた美しい蜘蛛の巣と、その巣の美しさに見とれてしまった。


「けどこんな所に巣を張っちゃダメだ。蜘蛛が嫌いな人に巣を壊されるぞ」


俺は枝を2本用意して手早く巣を枝に移した。子供の頃から蜘蛛は嫌いじゃなかった。学校の先生は益虫だと言っていたのを思い出した。


「ここなら登山客に邪魔にならないだろう。達者に暮らせよ」


絡新婦は状況を察したのだろう、慌て始めた。しかし巣の移動は上手く行けたので巣を右往左往して状況を察したのだろう、巣の中央に落ち着いた。その時何故か目が合った気がしたが気のせいだろうか。俺は山頂を再び目指した。絡新婦はその姿をじっと見送っていた。


「おい田中、今日飲みに行かないか」


「悪い、仕事が終わらないんだ」


「そうか、じゃあまたな」


俺は走れなくなったのを機に、会社をクビにされるだろうと覚悟をしていたが何故かこうして仕事が出来ている。会社の温情だろうか。


「お、もうこんな時間か。今日はここまでにしておこう。急ぐ必要も無いからな」


俺はランナーから普通のサラリーマンになった。今居る部署は皆が俺に優しい。耳に入った情報ではオリンピック金メダル獲得の垂幕たれまくまで用意していたそうだ。


「今日はスーパーの焼き鳥とビールだな」


ストイックな食生活をしていた俺は走れなくなったのを境に高脂質、高塩分のサラリーマンの親父が好みそうな食生活になっていた。毎日寄るスーパーの総菜はボリュームもあって、人気があるようだ。遅くまで総菜が売り切れにならない。俺は焼き鳥をしこたま、ビールを適当に買ってテレビを観ながらそれらにむしゃぶりつく。それが

俺の唯一の楽しみだった。


「あれ?あの人誰だろう」


安いマンションの3階だから勿論エレベーターなんて無い。階段を上がって奥の角部屋が俺の部屋だ。ああ、デリヘルの部屋間違いか。


「あの、俺の部屋に何か用でも有るんですか」


「はい、そうです」


俺は驚いた。


「デリヘルなら部屋違いですよ」


「私は田中ケンジさんに用が有ります」


綺麗な黒髪の女性だ。美しい人だ。黒い目のうるんだ視線は俺から離れない。


「何の用事ですか」


「ここでは話すのは何ですから、お部屋に入れてくれませんか」


何だか図々しいな、と思った。しかしこのまま押し問答を続けていても仕方が無い。俺は彼女を部屋に入れた。全ての始まりは今日、この場面から始まったのだ。

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