腐敗の魔女〜終末世界の渡り旅
@coco8958
第1話
千年前、大陸を前代未聞の大災害が襲った。
腐敗の魔術師により生み出された存在。
超常的な身体的能力を持つ、異形の怪物達、それは通常生物の数倍の身体機能、再生能力を持つ驚異的存在。
突然彼らが跋扈したことにより、人間は99%が死滅した。
残った人類は、大陸の端ーーそれも入り組んだ地形に逃げ込み、点在して生き残りが僅かにいる程度まで落ちぶれた。
東ヘルムス王国ーー大陸端の半島と近海の諸島を生存領域とする王国だ。
程近くに似たような半島がもう一つあり、二つの半島、諸島郡を合わせてヘルムス王国と呼ばれていた。
しかし、50年前に西側の半島が、バリアントにより滅ぼされてからは"東ヘルムス王国"と呼称されるようになった。
人口は、40万ほど。一見少ないが、これでも人間のコミュニティとしては大規模だ。
近隣に幾つかの人類の生存圏が点在しており、それらとの貿易が盛んなのが特徴だ。
東ヘルムス王国は、大陸と半島の接続部に四重の防壁を構築し
それも完璧ではなく、時折防壁は突破され甚大な被害をもたらすのだが。
要塞都市ク・ペルローー。
半島の最も大陸側にある都市で、防壁が突破された際の最前線となる場所だ。
人口7000人ほどで、高さ10メートルはある壁に都市全体が覆われている。
「今日も平和だ......」
壁の上で、一人の少女がつぶやいた。
白銀の髪を風になびかせる彼女の名前は、セシル・レーゼンだ。
手には槍を待っており、周囲を呆然と眺めていた。
壁の上には、等間隔で兵士達が並んでおりセシルもその一人だ。
この国では徴兵制が存在していて、男女問わず15歳から25歳のうちに5年間兵士として従事しなければならない。
セシルもそうして徴兵された一人だ。
王都出身のそこそこ裕福な生まれなのだが、それでも関係なく徴兵はあるのだ。
「セシル、油断はするなよ? 化け物どもは人間の領地内にも多数が潜んでいる。そいつらに壁を越えさせないのが俺たちの仕事なのだからな」
一人の鎧に身を包んで男に声をかけられる。
「わかっております、騎士様」
セシルはそうとだけ返事をする。
彼は徴兵された兵士ではなく、専業軍人だ。彼らは騎士とこの国では呼称されている。
それでいて、セシル達民兵の上司に当たる人物だ。
セシルは18歳、めんどくさいことは早急に済ませようと15歳の誕生日と同時に兵役へと赴いた。
はや三年、というべきかまだ二年もあると言うべきかーー。
ともかく、この要塞都市で三年警護にあたっていたが、
バリアントは強いーーしかし一体を数十人で囲んでしまえば、容易く倒せるものだ。
「早く実家に帰りたいなぁ」
実家に帰ったら数年下働きをしたあと、実家の稼業である商会の幹部に抜擢される予定だ。
そこまで辿り着けば後の人生は楽だ。
あたりの陽が随分と傾いてきた。
そろそろ夜番と見張りの交代する頃合いだろう。
「セシル、交代だ」
その時、顔見知りの兵士に声をかけられる。
交代の時間がやっときた。
「特に代わりはない、いつも通り平和そのもの」
「なら良かった、今日も奴らの襲撃がないのを祈るしかないな」
「そうだね、夜に襲われたら溜まったもんじゃないし」
実際、夜の襲撃が一番命を落としやすい。
辺りが暗く、接近を許しやすいからだ。
以前、夜にあった襲撃では、一体の
その時だーー。
けたたましい鐘の音が響き渡る。
この凄まじい音量の騒音は、襲撃を知らせる合図だ。
「クッソ、出てきやがったかっ!」
「このタイミングでっ......最悪」
セシルは槍を構える。
「敵襲っー! 総勢100体以上!!」
壁の上を走り回る、伝令兵の声が周辺にこだまする。
「100っ!?」
セシルは驚きを隠せなかった、100体以上の同時襲撃など前例がない。
大陸との防壁が突破されたら、話は別で1000規模の襲撃があるのだが、平時で100という数字は以上だ。
「あれを見ろっ!」
セシルは兵士が指差した方向を見て驚愕する。
その先には、
先頭を走るのは、屈強な体躯の猿のような化け物だ。
奴らは移動速度が速いが、個としての脅威は少ない。
その背後を多種多様な化け物達がこちらに向かってきている。
問題なのは、最後列にいる二種類だ。
全身を露出した骨の装甲に覆われた人型の怪物で鋭い鉤爪を持っており、全長は四メートル。
もう一体は、目の無い巨大な口を持つ四足歩行の巨人だ。
これら二種類の
それが何体もいるのだ。
「民兵、槍構え!」
その号令と共にセシル達、徴兵された民兵達は、長槍を壁下に向けて構える。
壁を登ってくる異形を突き落とすのがセシル達の役目だ。
「弓兵展開っ!」
弓兵たちが、槍を構える民兵の隙間から顔を出す。
自分達の背後には重武装の騎士達が等間隔に展開している。
彼等の役目は、逃げ出した民兵を殺害するのと民兵が突破された時に第二の障壁として機能するためだ。
「私達は使い捨てか」
セシルは小言を呟いた。
国としても、金と時間をかけて育成した騎士を失いたくないだろうし、当然と言えば当然だが。
セシルたち民兵の隙間から、地面に向かって樽が落とされる。
落下した樽から、ドロドロとした油が地面に広がる。
松明を持った騎士が、セシルの隣に立つ。
「これで異形どもを燃やし尽くす、お前たちは上がってくる奴を叩き落とせ」
騎士はそう叫んだ。
一番装備が充実し練度も高い彼らだが、率先して戦ってはくれないだろう。
弓兵たちが絶えず矢を放っている。
しかし、あまり効果はなく、頭部に直撃した一匹以外は平然とこちらへ進軍してくる。
やがて
猿型達が、油を踏むびちゃびちゃと音を縦ながら、壁をよじ登ってくる。
「アァァァァゥゥ!!」
猿とはいえど体格は熊のようで、親指ほどの牙が大口からずらりと並んで見える。
その恐怖心は想像を絶する。
「ひっ......!」
セシルは恐怖で一瞬固まったが、すぐに我に帰り思いっきり槍を振り下ろす。
猿型の肩に突き刺さったが、怯まずに壁を登り続けようとする。
その圧力に押されて、セシルはその場に倒れ込む。
力で押し込もうとしても、猿型の筋力は凄まじく押し倒されてしまったのだ。
「何をしている! たて!!」
騎士の叫び声で、セシルは体勢を直す。
猿型は壁上に登り切ろうとした瞬間、騎士が手に持っていた斧で猿型の頭を潰す。
猿型は力を失い、壁の下まだ落下して行った。
「持ち堪えろ! できるだけ、奴らを壁沿いに密集させろ!!」
セシルは再び槍を構える。
辺りを見渡すと、ところどころで壁を乗り越えた猿型の姿があった。
あたりの民兵達に襲い掛かり、頭や胴体を食いちぎって何人もが殺されていく。
後方の騎士達が何とか応戦するが、民兵を中心に被害は増え続ける。
壁を覗き込めば、無数の
猿型をかき分けて、前身を外骨格に覆われた鎧型がセシルの眼前に現れる。
「えっ」
跳躍して、セシルの腹部に鉤爪がめり込む。
セシルはそのまま全身の力が抜け落ちて、再びその場に倒れた。
視界いっぱいに自分の血溜まりが見える。
完全に腹を切り裂かれた、自分のものと思われる臓物まだもが、辺りに散らばっている。
「うっそ......これ、じ、ぶん、の?」
セシルを襲ったのは痛みよりも死の恐怖だった。
「もう限界かっ!」
松明を持っていた騎士がそれを壁から投げ捨てる。
黒煙と炎が壁の下から燃え上がり、猿型を燃やしていく。
四足歩行の巨人が壁の上によじ登り、民兵を何人も叩き潰していく。全身の皮膚が爛れる程度で決定的なダメージにはなっていないようだ。
鎧型と騎士が交戦する。
その外骨格による装甲の前に剣は通じず、逆に鉤爪は騎士の鎧をバターのように溶かしていく。
戦線が崩壊していく。
猿型は身体にまとわりついた油により、殆どが燃え死んだが、一部の生き残りが壁を乗り越えて都市内に侵入する。
次々に巨人と鎧型が壁によじ登り、兵士達をほぼ一方的に殲滅していく。
「な、なんでっ......あと、2年っ、なのっ......に」
そのような光景を見ながら、セシルは生き絶えた。
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