第一話 偽装お見合い その二

 ホテルのモーニングバイキングは子供ならずとも、胸がときめく。


 目の前で供されるローストビーフにオムレツ、主食だけでもご飯に中華ちまきにパンは焼き立てが数種類。


 カレーやシチュー、味噌汁、コンソメスープ……


 それを自分好みに選んで皿などに乗せて家族や一人で楽しむ。


 旅行客、家族連れや友人同士から単独で来たビジネスマンまで胃も心も満足にさせてくれる。


 

「おやっさん、甘くて美味いですよ」


 そんな客たちから少し離れた小さな円卓のようなテーブルで石動肇はデザートに取ったフレンチトーストをデザート用の小さいフォークで食べて、やや温くなったブラックコーヒーを飲んだ。


 普段のノーネクタイのスリーピースではなく、ちゃんとネクタイを締めて、上着の胸ポケットにはハンカチーフを入れている。


 だが、目の前の恩師は目が死んでいた。


 日常的に冬だろうと基本はアロハシャツ(稀にインナーとしてタンクトップ)、短パンかジーパン、スニーカーかビーチサンダル、サングラスをかけるのが定番である。


 今の秋水の姿は違う。



 だらしない無精髭や伸び始めたクルーカットも町中の床屋で整え、以前大枚を叩いて日本で有名テーラーで採寸から作ったスーツが実に似合っている。


 靴も同じようにオーダーメイドで作られた本革である。


 普段の様子を知る息子、平野平正行がいたら驚いて、腰を抜かして、絶叫するだろう。


 しかも、亡くなった祖父の形見からべっ甲の眼鏡が、知的な雰囲気すら醸し出している。



「……あ、そ」


 声も死んでいる。


 のそのそとフレンチトーストを食べるさまは別ベクトルで恐怖で驚きだ。


 

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