第2-16話 結末

「なんで、そんなことを言うんだ?」


 俺の問いを受け、莉子は俯いた。

 その表情を察するに、自分の考えを言語化できないわけではなさそうだ。


(……何を言い淀んでいる?)


 さっぱり分からない。

 もう少し探る必要がありそうだ。


「莉子は何も悪いことをしていない。そうだろ?」


 莉子は返事をしてくれない。

 クソ、どうするべきだ。俺は……待て、そうじゃない。違うだろ。どうして莉子のペースに合わせる必要がある。俺が、この場を支配するべきだ。


「むしろ、最低なのは、俺の方だ……」


 一歩、莉子に近づいた。

 彼女はきょとんとした様子で顔を上げ、微かに潤んだ瞳に俺を映した。


 思い出せ。

 俺はラブコメの主人公になりたいわけじゃない。


 思い出せ。

 俺は美しい結末が欲しいわけじゃない。


 思い出せ。

 俺がやろうとしていることは――


「俺は、ずっと……」


 もう一歩、近寄る。

 互いの息が届くような距離。


 一瞬、フラッシュバックした。

 ボディタッチを拒絶されたトラウマが。


 必死にイメージを振り払う。

 俺は人生初の「緊張感」を覚えながら、それを実行した。


「……ごめん」


 余計なことは言わない。

 ただ一言、謝罪をした。


「……」

「……」


 心臓の鼓動が聞こえる。

 ドキドキと、他の音を全て呑み込んでしまったかのように。


 それが、どちらの音なのか分からない。

 俺は、すっかり冷えた莉子の体を抱き締めていた。


 彼女は硬直している。

 言葉も無ければ、抵抗も無い。


(……やったか?)


 俺は心の中で歓喜の声を発した。

 手ごたえがある。これまでに感じたことが無い程に。圧倒的だ。


「……やめて」


 俺の心は半分くらい折れた。


「やめない」


 残り半分を使って、さらに強く莉子を抱き締める。

 決して逃がさない。ここで決める。俺は一歩も引かない。


「何がしたいの……?」

「さあ、俺も分からん」


 ぶっちゃけ本当に分からん。


「ただ……」


 なんか言え。

 ひねり出せ。


「莉子が悲しいと、俺も悲しいから」

「……何それ。意味分かんないよ」


 俺も分かんないよ。


「要するに」


 違う。考えるな。


「俺は……」


 感じろ。心に従え。

 

「莉子のことが、好きなんだよ」


 やべぇよ言っちゃったよ。

 もう止まれねぇぞ。どうすんだよこれ。


 俺の内心的にはムードゼロだが、莉子的にはどうだ?

 

 いや、やめろ、考えるな。

 このまま駆け抜けろ。中途半端が一番ダメだ。


「莉子の気持ちは分かってる。でも……ごめん、無理だ」


 主語を言え風間雅。

 何が無理なんだ。言ってみろ。


「莉子が傷つく姿、もう見たくない」


 よく言った風間雅。

 だが、問題はここからだ。


 恋はタイミング。

 やるなら今この瞬間しか無いと判断したが、果たして莉子の反応は……。


「……!」


 莉子は、何も言わず俺に頭突きした。

 身長差や姿勢の影響を受け、みぞおちに会心の一撃。しかも、一度ではない。


「……莉子」


 俺は雰囲気を壊さないように、しんみりとした感じで彼女の名前を呼んだ。


 がんっ、がんっ!


「……莉子、痛い」

「あたしも痛いよ!」

「……そうか」


 なんだこれは。

 今どういう状況なんだ。

 俺の華麗な計画はどうなった……?

 

「……あたし、本当に最低だ」


 ごめん、俺まだ女心が分からないっぽい。

 どうして今の結論になったのか、皆目検討が付かないからだ。


 だが、なんか、盛り上がってそう!

 俺のモノローグを消して莉子の心の声を聞けばラブコメの終盤みたいなことになってそう!


 乗るしかない!

 この雰囲気に!


 ここで決める!

 今こそ莉子を落とす!


「……莉子」


 俺は莉子の肩を摑んだ。

 そのまま気持ち的に瞳を潤ませ、彼女の目を見つめる。


(……恋は、タイミング!)


 莉子は動かない。

 俺はゆっくりと顔を近づけ、そのまま既成事実を――


「……やだ」

「俺は嫌じゃない」


 俺様理論を発動させ、彼女の顎に手を添える。

 そのまま強引に正面を向かせると、目に涙を浮かべた莉子が目に映った。


(……構うな! やれ!)


 多少の罪悪感をねじ伏せ、俺は……!


「…………」


 俺は、彼女の額に口づけをしたひよった


「本気だから」


 その一言を告げ、莉子を解放する。

 彼女はじっと俺を見つめた後、踵を返して走り出した。


 俺は、その背中を追いかけなかった。


 なぜって?

 ……始まるからだよ。



「みーくん」



 振り返る。

 私服姿の幼馴染が、門の向こうに立っていた。


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