喰神の魔法遣い
月ノ輪しじま
プロローグ
少しどんよりとした空からは小粒の雪が降ってきている。
息を吐くたびに目の前が白い湯気に包まれる。
そんな冬の繁華街で、俺は初恋の人と黙々と歩いていた。
中学を卒業してから、今日まで一度も会うことは無かったのだが、ふと立ち寄った喫茶店で再会。
彼女の提案でここまで来た。
提案...とは言っても「行こ」の一言だけ。
どうして声を掛けてくれたのか、そしてこれから何処に向かうのか。
何も分からず混乱しているのだが、嫌では無い...。
彼女と会わなくなってからの5年間、結局一度も人を好きになることが無かった。
俺は、心のどこかでこの人じゃなきゃ、と決めていたのかもしれない。
心拍数の高まりを感じる。
人通りの多い通りを抜けた所で、隣を歩く彼女の足が止まった。
高級マンションのエントランスだった。
エレベーターへ乗り込み、彼女が13と書かれたボタンを押すと、小さな機械音と共に滑車が動き出した。
ふと彼女の顔を覗き込んでみてもその表情に変わりは無く、ただ目の前を眺めているだけだ。
(なんのつもりなんだ・・・)
指定された階へ着くとドアが開き、彼女は足を進めた。
少し歩き、角の部屋まで付くと鍵を開け中へ入る。
躊躇しながら部屋を眺める俺に、彼女は軽く手招きをする。
「お邪魔します」
部屋へ入ると、心地のいいホワイトムスクの香りが漂ってきた。
綺麗に整頓された部屋に、センスのいい家具。
実に彼女らしい部屋だ。
「はい」
そう言って彼女が手渡してきたのは、缶ビール。
もう既に自分は開けているようであった。
「...頂きます」
プルタブを開くと、炭酸の弾ける気持ち良い音が鳴り響いた。
数口、口にしただけで顔が熱くなる。
酒に強い方ではない俺には、少しキツい。
一方、彼女はというと、既にに二本目を開けていた。
「じゃあ、そろそろ行こうかな」
2本目を飲み干し、空き缶を適当に投げ捨てると、彼女は立ち上がりベランダへ出た。
(こいつ死ぬつもりじゃないだろうな...。)
それなら今までの事も納得できる。
何年もあってなかった俺をいきなり自宅に連れ込んだ事も、最期に俺と過ごしたかったから...なのか?
だとしたら、どうして俺を選んでくれたんだ?
いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
ベランダの柵にもたれかかり、髪を片手でいじりながら夜景を眺めている彼女に駆け寄る。
「何してるんだよ...。」
一瞬、下を向き、こちらへ振り向く。
「何って、君の想像の通りだよ。」
19年間、異性との関わりを避けていたのも。
別れてからの毎日が空虚に感じられたのも。
未だに彼女を夢に見る事も。
全部、俺がまだこの子の事が好きでたまらないからだったんだ。
俺の人生から、彼女が失われるくらいなら俺は・・
「俺も連れてってくれるか?」
ついさっき再会したばかりなのに、何故こんな事が言えるのか。
今はどうでもいい。
「そう?じゃあいいよ。一緒にさよならしよっか」
楽し気な声でその台詞を言う彼女の目に、光は見当たらない。
「改めて、久しぶりだな」
「中学以来だっけ?」
「その...恋人とか今はいるの?」
「今から死ぬ奴が言う台詞じゃないじゃん」
軽く笑いながら言う彼女は、今も昔も。
変わらず美しい。
長い黒髪に、ほんのり桜色に染まった頬。
深い海のような澄んだ瞳。
それは確かに、俺が恋した"
彼女のものであった。
「そうだな...」
思わず微笑を溢すが足がすくむ。
マンションの13階から眺める地面は軽く霞掛かり、塔の頂の様に遠く感じられた。
「怖いの?」
「当たり前だよ」
「私も怖い」
手を繋ぎ治し、手すりに足を掛ける。
「またいつか、違う結末で」
「そうだな」
風を切る音が途絶え、何かが潰れたような鈍音がした。
先程まで感じていた、色、音、光。
全てが暗闇に包まれ、静寂となった。
享年19歳。
俺は死亡した。
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