エルフの森にゴルフ場をつくろう!
悠戯
エルフの森にゴルフ場をつくろう!
エルフ。
人間と似た容姿を持ちながら千年以上に渡り生き続ける神秘の種族。
笹穂耳とも呼ばれる先端が尖った長い耳と美しい容姿、生まれながらに魔力の扱いに長けるのが主な特徴でしょうか。生まれながらに自然に宿る精霊と言葉を交わす彼らは、人間の魔法使いでは遠く及ばぬほど洗練された魔術を、いとも容易く操るとされています。
エルフの多くはその人生の大半を世界樹とも呼ばれる霊木ユグドラシルの守り人として過ごし、自分達の森から出ることなく生涯を過ごします。稀に、何らかの罪を犯して追放された者や好奇心旺盛な変わり者が森の外に出ることはあるものの、そんなものは滅多にいるものではないのです。
歴史上でただ一度だけ、世界を滅ぼさんとする恐るべき魔王が出現した折に、時の勇者ニクラウスの要請に応えて種族総出で人間達の軍勢に助力。その卓越した魔道の技で大きな戦果を上げたものの、戦乱が終わればまた元通り。
エルフ達の強力無比なる魔法に魅せられた人間の王達は、戦功を口実に彼らに爵位や領地を与え、あわよくば自国に招こうと試みたのですが、彼らにとってそんな俗世の栄光はなんの価値も持たなかったのです。
自分達の森へと引きこもったエルフ達は、再び霊木の守り人としての生活に戻り、外界との関わりはほとんどそれっきり。せいぜい何年か何十年かに一度、森に迷い込んだ人間に気まぐれに道案内をしてやる程度でしょうか。
あるいは霊木の噂を聞きつけて切り倒しにきた金目当ての山師、もしくはエルフを攫って不老長寿の秘密を暴こうとする魔術師、そういった愚者に然るべき制裁を与える時くらいのもの。
しかし、そんなごく僅かの関わりも次第に少しずつ減っていきます。
そうして外界と関わることなく静かに過ごしていたエルフ達に転機が訪れたのは、かの戦乱から八百年以上も経った頃。森の外ではエルフの存在そのものが迷信として語られて長い時代になってからでした。
◆◆◆
事の発端は、エルフ達の森に数人の人間が入り込んだことでした。
「おぅ、ごらぁ! はよぉ出てこんかい、こん餓鬼ァ!」
「おんどれぁ、舐めとったらいてまうどコラァ!」
エルフ達には見慣れぬ騒音と異臭を放つ奇妙な乗り物、4WD仕様のオフロードワゴンがある日いきなり乗り込んできたのです。流石の彼らも最初は奇怪な物体に面食らったものの、すぐさま守り人としての使命を思い出し、弓や魔法で四方八方からワゴン車に先制攻撃を仕掛けました。
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
「こん餓鬼ァ、挨拶抜きでわしらの
「
魔法で滅多撃ちにされた時点でワゴン車が爆発、中身もろとも大破していても何ら不思議はなかったのですが、不幸中の幸いで中にいた数人の人間は全員無傷。炎上する車から転がるように外に出た人間達はあっという間にエルフ達に囲まれ、丈夫そうな荒縄で縛り上げられてしまいました。
「あ、ああ、あなた達はいったい!? 誰も住んでないって話じゃなかったですか!?」
「おぅ、聞いとんのはこっちじゃろがい! 次ィ勝手にくっちゃべったら舌ベロ引っこ抜くどゴルァ!」
「
「ひ、ひぃええええ!?」
人間達はいきなり武器を向けられたせいか怖がってロクに返事もできない様子。ですが、そこに彼らを取り囲んでいた面々の上役と思しき老エルフがやってきました。
「まあまあ、落ち着かんか。そんな剣幕じゃあ
「え、ええと、あなたは……?」
「ゴラァ、
「
「ひ、ひぃ、すいませんすいません! 我々はこの森があるF国の、ええと、不動産業者でして。あ、これ名刺どうぞ」
人間達はこの森のすぐ外にある国から来たようです。
しかし解せないのは「この森がある」という部分。エルフ達の認識では有史以来、自分達の森が人間の国の一部になったことなどないはずなのです。
「F国てなぁ聞き覚えがあるな。ワシがまだ若ぇ頃に
「
「ニィちゃんら、脅かして悪かったのぉ」
長老の証言によりエルフ達の敵意がやや薄まりました。
「……が、ワシらの
「やっぱ敵かゴラァ!」
「
「ひぃぃぃぃ、私達に聞かれてもそんな昔のこと知りませんよ!?」
これについては人間達も悪気があったわけではないのです。
エルフが想像上の存在と思われて早数百年。当然、彼らが住むという伝説のあったこの森も、野生動物が住むばかりの無人の土地だと考えられていたのです。
いつしか森を含む周辺の土地はF国の国有地とされ、人の手がまったく入っていない貴重な自然を残す場所として民間人の立ち入りも制限。もちろん実際にはそれは誤った理解だったのですが。
「まあ上の
「
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます!」
「ええて、ええて。ニィちゃんらの乗り物壊しちまったけぇ、誰か森の外まで送ってやりぃや」
種族間のデリケートな領土問題については日を改めて然るべき相手と話すとして、とりあえず目の前の人間達については命があるまま家に帰ることができそうです。ずっと恐怖で震えてばかりの人間達でしたが、ここでようやく安堵の息を吐きました。
「っと、一つ聞き忘れとったわ」
が、ここで長老がそんなことを言いました。
思えば、この質問がエルフという種族を外界と結びつける契機となったのです。
「ニィちゃんらぁ、たしか不動産? が、どうとか言うとったのぉ。不動産ちゅうんはアレか、たしか土地建物を売り買いするやつやな?」
「は、はい、そうですそうです。先日、この国有地……じゃなかった、皆さんの森の一部が国から売りに出されまして。いえ、その、人様の住む場所を勝手に売り買いするとかとんでもない失礼を……」
「それはもうええねんて。それよりこれは単なる好奇心なんやが、言うちゃあなんやが、こんな森ばっかの土地が売り物になるんかいな? ワシらぁともかく、人間さんらが住むにはちぃと厳しいやろ」
元々、自然を友とし森に生きるエルフには苦になりませんが、人間がこれほど深い森で暮らすのは厳しいものがある。長老の指摘に間違いはありません。たしかに宅地として売り買いするなら、こんな辺鄙な土地に手を出す必要はないはずです。
「あ、いえ、別に人が住むわけではなくてですね……まあ、住み込みのスタッフとか厳密にはいないことはないでしょうけど……自然を利用した一種のレジャー施設と申しますか。買い取った土地にゴルフ場を作る予定だったもので」
「ふむ、そのゴルフ場ちゅうんはなんじゃい?」
「今、我々人間の間で大人気のスポーツでして。小銭を握らせたマスコミに散々ブームを煽らせたおかげで新しく造れば造っただけ会員権でガッポガッポと……コホン! 百聞は一見に如かずとも申しますし、もしご興味おありでしたら、一度我が社が所有するコースにご招待いたしますので」
不動産屋の彼も、まさか本当にエルフ達が話に乗ってくるとは思っていなかったのでしょう。少しでも心象を良くして生きて帰れる可能性を上げるため、単に思いついたことをなんでもかんでも言ってみただけ。見るからに排他的で伝統的な文化以外に忌避感がありそうなエルフ達が、まさか話に乗ってくるはずがない。そんな風に思っていたはずです。
「そうか。じゃ、皆で行ってみるか。どうせ暇だしな」
「え」
最初の誤算は、エルフ達がとても暇だったこと。
彼らも変化のない日々に、いい加減飽き飽きしていたのです。
そして第二の誤算はこの数日後。
「がはは、こりゃ面白ぇのお! ボールがバカみたいに飛んでくわ」
「おお、初めてのパーオンじゃ! あれを沈めればバーディちゅうやつじゃな!」
「なんのなんの、
ハマりました。
種族丸ごと。
◆◆◆
そして二十年の時が流れました。
「どうもどうも、ご無沙汰しております」
「おう、なんや地上げ屋のニィちゃんやんけ。ちょっと見んうちに老けよったのぉ」
「だから地上げ屋じゃなくて不動産屋ですって。あとニィちゃんは勘弁して下さい。もう孫もいる歳なんですから。皆さんは相変わらずで?」
「おう、
比喩ではなく文字通りに風や土や芝生の声を聴ける彼らと競技の相性が良かったのでしょう。
種族丸ごとゴルフにハマったエルフ達は、なんと自分達の森にゴルフ場を造ることを了承。広大な森全体からすればごく一部ですが、人間の立ち入りも認めて交流を開始したのです。
ついでにF国の上層部と何やらエルフ流のお話をして森全体を独立国として承認させたりもしたのですけれど、まあ細かいことはどうでもいいとして。
「ほれ、それより見てみぃ、この
「それはまた、なんとも……すごいですね」
「
「生きてますかねぇ、私? まあ機会があったらお願いします」
「んでな、次は
エルフ達は当分ゴルフに飽きる様子はなさそうです。
まったく世の中、何がキッカケで転がるか分かりません。
こうして長きに渡り閉ざされたエルフの森は限定的とはいえ外部に開かれ、なんやかんやと上手く付き合っていくことになるのでした。
めでたし、めでたし。
エルフの森にゴルフ場をつくろう! 悠戯 @yu-gi
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