第二話 かみさま

 

第二話 かみさま

 

【二千二十八年 三月】

 

 「ねえねえそういえばミコト!わたし来週バイトの面接!応援して!落ちたら慰めて受かったら褒めて」

 二人の少女が楽しそうにしゃべり歩く。

 ひとりはこのストーリーの主人公陣に匹敵するオレンジ色の短い三つ編みの、アホ毛が特徴的な少女、月花ミコト。

 カフェ巡りをした帰り道、幼稚園から同じで進学先の高校も同じ幼なじみの遥香がそういえばさと話題を変えた。

 遥香は先日中学を卒業したばかりというのにもう高校生している。

 そしてなによりこの寒いのに元気である。

 「もうバイト?早くない!?」

 「まあねえ!もう来週は四月だし高校生よ!花のJK!」

 ふふふとミコトの方に顔を近づけドヤる遥香。

 なるほど。花のJK。

 「花より団子派かな……」

 見るのもいいけど食べるのには勝てないね。

 ふむ。とミコトが頷く

 「どゆこと!?かれぴほしいの!?」

 「なんかわかんないけど色々規制かかる気がすること言わんで!」

 今どき著作権が厳しいのだ。

 とまあ、こう見えてミコトもかなりわくわくしているのだ。

 高校生といえば、中学とは違って帰りに遊んだり、アルバイトしたり、とにかくキラキラなのです。

 バイト……。

 辺りを見回せばコンビニに飲食店、ドラッグストアとか、観測所や侍まで色々なところでバイトの募集のポスターが貼ってある。

 世は人材不足。

 「私もバイトしたいなぁ……」

 「お!ミコトもバイトしちゃう?どこがいいかなやっぱ大道にチェーン店?ほら!あのフライドチキンドンとかいいんじゃない?」

 ミコトのつぶやきに遥香は次から次へと提案していく。

 「それともコンビニ?私買いに行くよ。あ!そうだよ私スシーズだからさ!一緒にバイトとかどう?」

 スシーズとは安くて美味しく人気な回転寿司チェーン店。

 「うーん、飲食店か……忙しそう」

 「これだから面倒臭がり屋は!」

 これ、と遥香の拳が軽く降りる。

 む……。

 飲食店は楽しそうだけどチェーン店となるとやっぱ忙しそう。

 もう一度辺りを見回す。

 ドラッグストアとかコンビニも大変そうだ。

 本屋さんは……楽しそうではあるけどやっぱ本を並べるのは大変だろう。

 バイト募集。時々接客する程度……客が来るまで自由行動可能、時給いい方……絵描き大歓迎?

 「んん?」

 ふと目に入ったのはダンボールに手書きで書かれたその文字。

 そして次に目に入ったのはそれを手に持つ黒髪の男の人。

 「ミコトー?どしたの?」

 「あ!いやなんでもない!」

 あれ、何見てたんだっけか。

 まいっか。

 遥香に呼ばれ歩き出す。

 先程の記憶は一瞬にしてミコトの頭の中から転げ落ちた。

 「そら、どんよりだね。」

 ふと空を見て雲すごいと遥香に話しかける。

 「それな、雪降るかもだってさ桜と雪のコラボかも!」

 どんよりした空と開花直前の桜の木。

 新しい始まりに期待を描き私達は春へと向かっています。

 

 

 

 。

 

 「……」

 静かな廃墟街。

 あちこちに楽器の散らかる街。

 そんな町のど真ん中に立つ古びたグランドピアノ。

 金髪の貧弱そうな、透けるような白い肌の少年はそこまでたどり着く。

 いつもより随分と目線が低い。

 適当な音を一つ押す。

 「レ……」

 ソの音を押したはずなのに鳴ったのはレの音。

 長い間放置されてきたのだろう。

 椅子は無い。

 今度は適当な和音を弾いてみる。

 「ッ……」

 酷い音が鳴った。

 「ふふっ」

 突然、誰もいないはずなのに笑い声が聞こえた。

 「……誰?」

 「不協和音なっちゃったね」

 声の主はひょこっとグランドピアノの後ろからこちらに顔をのぞかせ笑った。

 たしかに分かるのは女の声だったということ。

 「そんな顔しないでって。また大きくなったら弾きに来て。きっとその時には美しい音色が響くから。」

 そいつは少年を見てニコッと笑った。

 「誰?」

 少年はそいつを睨みもう一度聞いた。

 「私?私はねえ、——です」

 どういう顔をしていたっけか。

 誰だっけか。

 思い出せない。

 ああ、これは夢か。

 ああ、思い出せない。

 モヤる。

 あの日は確かまだ幼かった。

 あいつは……。

 

 

 「……」

 目が覚める。

 床の上で直寝。

 今は夜……?

 何かを忘れている。

 夢で見たのは子どもの頃の記憶か……?

 うーんと少し考えるもモヤりは消えない。

 よし。

 モヤることは解決してしまえばいい。

 金髪の貧弱そうな細くて肌の白い青年、練廻ねかいソラは起き上がり外に出る支度を始める。

 ずっと忘れていた。

 多分、だから今までもう一度あの場所へ行かなかった。

 少しづつ頭が冴えてくる。

 「……何考えてたんだっけ」

 どうでもいい。

 

 音楽が出来れば何もいらない

 

 

 


 。

 

 

 えーっと、卵、マヨネーズ、かまぼこ、食パン、プリンっと。

 買い物を終えて買い忘れがないか商品を一応確認しておく。

 ……って!卵製品ばっか!

 遥香と別れた後、電話で親父に頼まれてミコトはスーパーでお使いをした。

 スーパーのある駅の周辺は都会で、どこを歩いていてもこんな日の沈んだ夜でも明るい。

 家に向かってどんどん歩いていけば少しづつあたりは住宅街になりあかりが減ってきた。

 コンクリートの大きな建物は徐々に減って一軒家が増えてくる。

 あ、野良猫。

 目が合った猫はミコトに気づくなりさっさとどこかへ消えてしまった。

 もう少し歩くと木造の古い、けれども立派な、ミコトの住んでいる家が現れた。

 ミコトの家は先祖代々侍の武士家庭で親父も侍だ。

 ここは治安がいい方だ。

 彼女らが住んでいるのはここ、地球。そして日輪帝国という帝国主義国。

 他国との土地争いは絶えず行われているらしい。

 それでも中心部の治安が保たれるのは各地に居る防衛部隊のおかげで、親父の職、侍もそのうちの一つ。

 唯一の兄弟、兄はもうこの家にはいない。

 いつも優しい親父も兄の話をすると冷たい目で息子なんぞ居ないと言う。

 我が家で兄の話は禁句だ。

 ママは病気で寝込んだまま。

 自分を不幸だとは思わない。

 ただ毎日神様にお願いする。

 家族がまたみんな揃って笑える日が来ることを。

 「ねえあんた、俺の依代にならないか?」

 家の戸に手をかけようとした時、ふと後ろで男の人の声がした。

 「えっ?」

 思わず後ろを見る。

 人の気配なんて全然なかったはず。

 恐る恐る後ろを見るとこちらに背を向けた黒髪の男がいた。

 な、なんだ私に話しかけたわけじゃなかったんかい……。

 ミコトはふう、と安堵のため息をついた。

 「びっくりした……」

 よく見ると男の人は向かいの家の塀の上にいる野良猫に向かって話しかけていた。

 「へ、変な人だ」

 !?

 どうしよう声に出ちゃった。

 慌ててミコトは自分の口を塞ぐ。

 「あん?」

 聞こえてしまったらしく、男の人がこちらへ振り返る。

 「ひぃぃい」

 思わずミコトは後ずさりする。

 どうしよう、本当にどうしよう。

 「ミャー」

 「あっ、ちょっ、まてって!契約は!?」

 塀の上にいた猫が塀を飛び降りてどこかへ走り去ってしまった。

 男の人が残念そうな顔で手を伸ばすも間に合わず大きなため息をついた。

 「あ、あの、」

 「おいお前!」

 あわあわしていると男の人はこちらを睨む。

 「ひぃっ、ご、ごめんなさいぃ」

 ミコトは慌てて家の戸を開けて逃げようとする。

 「!」

 しかし腕を捕まれどうすることも出来なくなった。

 「よし。俺の名はメノ。神だ!おまえが俺の依代になれ!内容は簡単、悪霊退治!」

 顔の方へ視線を向けると男の人は自信ありげな顔と青い瞳でこちらを捉えていた。

 「え……?私霊感ないし、そんな死神代行みたいな——」

 「おい馬鹿!それ以上言うなブリー〇だなんて誰が言った!今どき厳しいんだぞというか丸3つ書いただけで——」

 「それ以上言うなー!消される!」

 ミコト以上にグレーゾーンを歩く目の前の自称神を慌てて止める。

 え?

 というか今神って?

 本当にやばい人だ……。

 幸い親父から護身術くらいは学んでいる。

 よし。

 ミコトは腕をひねり勢いよく顔面に蹴りを与える。

 「くっ!」

 顎に蹴りが直撃したメノと名乗った自称神はその場でしゃがみもがく。

 腕が解放されたのでミコトは急いで家に入り鍵を閉めた。

 「ふぅ……」

 私って意外と強いかもしれない。

 少し誇らしげに靴を脱いでミコトは自分の部屋へと向かった。

 

 

 

 「ってぇぇ……」

 蹴られた顎をさすりながら立ち上る。

 その男は再び登場、メノだった。

 ったく、ひょろいくせに意外と強い力持ってやがった。

 これはこれで依代にいいじゃねぇか。

 ひょいっ、とメノは屋根に登る。

 さむっ。

 「あいつの目、どこかで——」

 

 

 

 

 

 

 眩し……。

 朝だ。

 ぼやけた視線を時計に移す。

 「なんだ、まだ十二時か……。」

 ……十二時。

 今年の目標は八時起床。

 まだ全然余裕だ。

 だってあと八時間もある。

 太陽の光が窓から漏れている。

 「ん……?」

 十二時……太陽…………

 「昼だ!?」

 慌ててミコトは飛び起きた。

 

 

 

 「雪だ!」

 家を出ると昨日の晩に降ったのか雪が少し積もっていた。

 朝、兼お昼ご飯を食べ終え街中を散歩中。

 今日は駅には行かずに住宅街をプラプラ。

 「むぐ!?」

 風が吹いて顔面に何かが直撃した。

 「なにこれ……チラシ?」

 まとわりつくそれを剥がしよく見ると文字が書いてあった。

 バイト募集。時々接客する程度……客が来るまで自由行動可能、時給いい方……絵描き大歓迎?

 あれ、これどこかで……。

 「ま、やばかったら引き返そう。」

 ふふん、時給が良くて時々接客する程度ならそりゃ応募するよ。

 それに絵を描くのは得意だ。

 携帯を取り出しチラシに書かれた番号にかけた。

 

 

 

 

 「ここ?」

 かなり古めの空き家みたいな家だ。

 電話で言われた場所はここなはず。

 「ごめんくださーい」

 ……。

 誰も出ない……

 詐欺だった?

 はぁ、とミコトは溜息をつき扉に手を触れる。

 そこには張り紙があった。

 バイト面接会場 ご自由にお入りください

 「うーん……」

 なんかみるからにやばそうだし。

 でも前に行った親父の会社もこんな感じだったからなぁ。

 「行ってみて、やばかったら戻る」

 どこかのゲームで聞いたようなセリフ。

 ここで使い道がありました。

 扉を開けると中は本当に空で何も無かった。

 「あのーすみませーん、バイト面接で来たんですけどー……」

 恐る恐る扉をつかみながら中をのぞき込む。

 入っていいかな……。

 目の前の階段の上にむかって矢印があったので階段を昇ってみる。

 「はぁーーい!ただいま!」

 すると部屋の中から大変機嫌のいい男の人の声が聞こえてきた。

 よかった、人はいた。

 人は……。

 「はい!面接ですねですね?」

 目の前にいたのは黒髪の……昨日の自称神を名乗る男、メノだった。

 今日は面接官気取りかメガネをしてスーツを着こなしている。

 しかし全く似合っていない。

 「って、昨日の自称神のやばい人!!」

 驚きミコトが指を指す。

 「ふふん!」

 「なにがふふんだ!絶対詐欺じゃん!」

 「何が詐欺だ!しっかりバイトだ時々接客……悪霊退治するだけ!!」

 でた、悪霊退散……。

 よし、さんにーいちで逃げよう。

 さん、

 「これだから最近のやつらは分かってないよなー」

 にー

 「働いて給料貰うなら等価交換なのに仕事以上の金を求める」

 いち

 「結構給料いい方になる予定で——」

 「今だ!」

 全力で自称神の横を駆け抜け窓を開ける。

 よし。

 そしてミコトはその勢いのまま窓から飛び降りた。

 「おいっ、馬鹿ここ二階だぞ!」

 後で自称神が何か言っている。

 「べーだ」

 ミコトは窓枠を越えながらそんな自称神に向かって舌を出す。

 侍の娘たるもの、このくらいの運動は余裕であるのだ。

 着地しちらっと窓の方を見上げてみる。

 自称神が驚いたように窓枠に手を当てこちらを見ていた。

 「ふふん!」

 「あれ?ミコトじゃねえか」

 え?

 ふとよく知った声が目の前から聞こえた。

 ミコトはそちらへと振り返る。

 「親父!?」

 そこには刀を腰に提げたハゲ……ミコトの親父がいた。

 「何してんだ?いきなりとび出てきて」

 相変わらず反射してますな……

 「——っておい!頭ばっか見ないでん」

 親父がいやーんと頭を抑える。

 「やめろそのライトノベルのお姉さんみたいな言い方!」

 ミコトが少しジャンプして親父の頭目掛けて拳を下ろす。

 しかし素早く手で抑えられた。

 「ついに来たわね反抗期」

 「なんでさっきからお姉さん貫くの!?」

 ツッコミを入れつつ腹めがけて蹴りを入れるミコト。

 まさか来るとは思ってなかったであろう親父は直撃してその場にしゃがみこんだ。

 「父親に向かって……」

 「今更!?」

 さっきまで散々おねえさんしてたじゃん。

 「取り込み中?親父さん?」

 するといつの間に降りてきたのか自称神がこちらに来た。

 「おう、あんたは?」

 「俺は神だ!あんたんとこの娘が依代を希望してる!」

 親父の質問に自称神が声を張る。

 「誰が希望したさ私はバイト募集って書いてあったからきたんですーそしたらいきなり神だの依代だの……」

 「なるほど」

 「何がなるほどだハゲ親父!」

 もう一度どかっと頭を叩いてやった。

 「なら守人も必要だな。」

 守人?

 「話が早い!」

 「お師匠さーん、こんな所にいたんあるですかい」

 すると遠くからこちらに向かってチャイナ服のような装いの少年が走ってきた。

 なんか落ち着いた江戸っ子口調かと思いきや少しカタコト……

 「てかチャイナなのか江戸っ子なのかハッキリしろい!」

 思わずミコトがツッコんだ。

 親父がつかさずその少年の服の袖を掴みぐいっと自称神の方へ引っ張った。

 「よし、俺の弟子を使え。」

 「いきなりなんなんあるでさァ」

 親父の弟子らしい少年はもちろん驚き目を見開く。

 「いいかお前ら!神と契約するにあたって説明をしてやる!ありがたく聞け!」

 「……?神あるか?」

 構わず自称神が説明を始める。

 「まず俺は神だ!神は此岸でも自らの力を出すために此岸の依代が必要だ!そういう事だ!という設定だ!」

 なんとまあざっくりな……。

 自称神が声を張る。

 「設定って……所詮は兵器ある」

 「こらっ」

 ムスッとそっぽを向いて言葉をこぼす少年の頭をコツンと親父が叩く。

 「兵器?」

 ミコトがその言葉を拾い問う。

 「気にすんな。まあ要は、神様依代無いと此岸にいても飢え死にする訳だ。で、ついでに守人は依代と神を守る。」

 親父がささっと追加で説明する。

 「よくわかんないけど俺ハついであるか?」

 「まあ俺は強いから守るのは依代のこいつだけどな!」

 へへん、と自称神がミコトの頭に雑に手をのせる。

 「誰が守られるか自称神!」

 ミコトはそんな自称神に向かって蹴りをいれる。

 「っと二度目は引っかからないもんねーだ」

 それを避けてさっきの仕返しと言わんばかりに自称神がこちらにべっと舌を出す。

 「それと俺は自称じゃない神だ!名はメノだ!」

 自称神……メノが言った。

 「え、お師匠さん俺は——」

 「俺の娘を頼むな」

 「任せるよろし」

 「そーっちは何勝手に縁談みたいなのしとるんじゃー!」

 何故か話を決めているハゲ親父とカタコト日本語なその弟子の間にミコトは飛び蹴りをいれた。

 「安心しろー小娘。同意を得るまでは契約しない。」

 いつの間にか雪だるまを作りながらメノがそうに言った。

 「契約絶対しない!同意しません!」

 「契約完了だな」

 おい親父!

 「よぉーしじゃ早速悪霊退治ー」

 そう言ってメノが笑顔で空を指さす。

 そこには、見たことない化け物がいた。

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