第11話 破壊倶楽部へようこそ

「違います! こうです、こう!」


 二つ結びのあの美少女──毒島ぶすじまらん部長からの直々の手解きを受け、茹で卵の殻を上手く剥けないストレスを感じながら、わたしはかれこれ一時間近くも〝ムキムキ〟を続けている。


(アカン……なんでや? 百均で茹で卵の殻をピャーッって剥けるヤツ、あるやん! 卵に針刺して、ピャーッって剥くヤツ、あるやん!)


 極度の精神的苦痛で、わたしの心の声は大阪弁になってしまっていた。

 謎多き破壊倶楽部に入って二日目。他の先輩部員たちと一緒になって、今日は茹で卵の殻剥きをしていた。

 破壊活動をうたっているわりには、おとなしく部員全員が──狭い部室には五人しかいないけれど──勉強机の前に座り、丁寧に茹で卵の殻を剥き続けている。

 なにかと矛盾を感じたわたしは、思いきって毒島部長に質問をした。


「あの、毒島部長」

「却下です」

「いえ……あの、まだなにも話しては──」

「却下です」


 まさに全否定。

 清々しいまでの全否定プレイに酔いしれていると、二年生の先輩男子部員フェノメノン小太郎こたろう・ロドリゲスが勢いよく手を挙げた。


「部長ーッ! 剥けました! ムケちゃんでーす!」


 なんだよ、ムケちゃんて……タートルネックボーイにグッバイしたてかよ、おまえは。

 めっちゃハイテンションのフェノメノン小太郎を横目に、わたしは心の中で冷静にツッコミを入れる。


「ふざけんなよ、このクソ〇〇〇〇がッ!」


 フェノメノン小太郎の──ちょっと名前が長いので、以降彼をフェノッチと呼ぶ──生れつき茶褐色の肌を、決して口に出してはいけない言葉で毒島部長は汚くののしる。

 そして、彼が手にしている剥き終えた茹で卵を乱暴に取りあげると、それを勢いよく部室の汚ない床に叩きつけた。

 同じ有色人種を否定したうえに食べ物も粗末にする。それはまさに、鬼畜の所業。床に飛び散った白身と黄身を無言で見つめるのは、わたしとフェノッチの二人だけだった。

 床に叩きつけられ、まさしく〝破壊〟された茹で卵は綺麗に剥かれていた。

 それなのに、どうして毒島部長は──。


「あの、毒島部長。どうしてダメだったんでしょうか? フェノッチは上手に出来ていたと思います」

火野ひのさん」

「はい」


 勇気を持って意見するわたしに、二つ結びの美少女が一直線に近づいてくる。

 いつもなら歓喜するシチュエーションだけれど、この状況だと緊張感が優先だ。


「ここって、なに部ですか?」

「……破壊倶楽部です」

「茹で卵ムキムキ倶楽部じゃないのは理解していますよね? わたしたちはずっと、破壊するために茹で卵をムキムキしていました。それなのに、このクソ〇〇〇〇は剥いただけで満足して、破壊それを行わなかった」

「あっ」


 言われてみれば、悔しいけれど、正論だった。

 狂っているけれど、毒島部長が全部正しい。

 フェノッチは確かにあの時、上手く剥けた茹で卵を自慢気に掲げただけで、その先にある破壊行為をしていなかった。


「すんません、部長」


 落胆した様子で謝るフェノッチ。

 そんな彼の利き手を、いつの間にかそばまで移動した毒島部長がやさしく両手で包み込む。

 と、天使のようにほほみかけてからこう言った。


「謝って済むと思うなよ? あ?」


 その次の瞬間──!


 自分より二十センチ以上も背の高い大柄な男子部員の股間に、毒島部長は強烈な膝蹴りを喰らわせた。


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