落ち込んでいる人を元気付けるにはどうすればいいのか?

「あーあ、人間さんがみんな仕事や学校に行っていて寂しいですね……」


心内アパートのある日、メリヤはひとり寂しくテレビを見ていた。


今日は月曜日で、レイ、ケーイチ、ユナは仕事、シュウヤ、キョウカ、ナオカは学校に行っていていない。


チユトに関してはどうしているのかは謎だが、少なくともメリヤは見つけられなかった。


そんな中、アパートの部屋と部屋を繋ぐ廊下部分を歩いていると、メリヤはアサヒの姿を見つける。


「えっ、アサヒさん?」


「ああ、どうも。メリヤちゃん。一つ相談したいことがある」


「あ、あの……仕事はどうしたんですか?」


「それについては僕の部屋で言おう。ついてきてくれるかい?まあ、どうせついてきてくれないだろうけど……」


「いえ、メリヤはついていきますよ。可愛い人間さんの話なら24時間ぶっ通しでも聞いてあげますし!」


「そうか、それは申し訳ないな……ついてきてくれないか」

(ああ、死にたい……消えたい……)


下を向きながらアサヒは自分の部屋に戻る。それにメリヤはついていくことにした。


アサヒの部屋はものは少なくシンプルであるが埃が舞っていて、大きなベッドがある。他にあるのは机の上に置かれたパソコンぐらいだ。


「メリヤちゃん、まず僕がなぜ仕事に行っていないか説明するね。僕は2週間前に有給休暇っていうのをとったんだけど、それを取ってから考えるようになったんだ。僕がいるせいで仕事に大きなマイナスの影響が出ているんじゃないかとね」


「さらにそれだけじゃない。僕が生きているだけで呼吸によって二酸化炭素の含有量が増えて地球温暖化が進むんじゃないかとか、僕がライフラインを使うせいで電気、ガス、水道が無駄になるんじゃないかとか、僕が住んでいるだけでこのアパートの部屋が1部屋無駄になって申し訳なくなるんじゃないかとかね。ああ、できれば生まれてこなければよかったよ……」


早口で自分が存在しないほうがいいという旨の発言を捲し立てる。しかし、メリヤはそれにキッパリと反論する。


「いえ、他の人にとってアサヒさんがどうなのかは知りませんが、メリヤにとっては少なくとも人間さんはいるだけで価値があるんです。もし仮にアサヒさんが猫を飼っていて、その猫がどこかにいなくなったら落ち込みませんか?」


「落ち込みはするが……価値のない僕の自業自得だと思う。それに、その理屈だと僕がいなくなっても新しい人間が引っ越してくればいいだけじゃないか」


「いえ、でも人間さんだって犬や猫をまとめて可愛いと思ってますけど、その中でも自分のペットを一番大切にするじゃないですか」


「だとしても、僕以外にもこのアパートに人間はいるじゃないか」


あまりに自分を否定し続けるアサヒに、メリヤはもうかける言葉がなかった。


仕方がないので、アサヒを説得する代わりに、アサヒを直接的に幸せにする方法を使うことにした。


「あの、これ以上話しても埒が開かないので、もっと直接的な方法をとりますね。幸せになってみればいいんじゃないですか?メリヤで良ければ洗脳で一時的に苦痛を和らげることもできますけど……」


「そんなこともできるのか?なら僕にもそれをやってほしい……」


「了解です」


メリヤはアサヒの方を向き、彼に洗脳能力を使って多幸感を与えようとする。普通に考えれば洗脳で多幸感を与えるという行為は倫理的にどうか怪しいのだが、そんなことは今は言ってられない。


しかし、メリヤの苦労むなしく洗脳は全て弾かれてしまい、アサヒを幸せにすることはできなかった。


「ああ、どうやら僕が無効化してしまったようだ……」


「すみません。一時的にでも幸せになればある程度は次に繋げられると思ったんですけど……」


「いや、すまないのは僕の方だ。こんな能力さえなければ……」


プランAが失敗したメリヤだが、それでも諦めたり落ち込んだりはしない。ならメリヤに次にあるのは、プランBだ。


「アサヒさん、何か欲しいものとかありますか?あるいは、好きなものとか……。あるなら、買ってきてあげますよ」


「それは嬉しいが、メリヤちゃん……お金とか持っているのか……?もし持っていないなら、貸してあげてもいいけど——」


「いえ、メリヤはお金なら持っていますよ!人間界に来る時に日本円に換算しておいたので」


「そんなことまでしてもらえるのか……」


「はい!……あ、話がそれましたね。アサヒさん、何か好きなものとかありますか?」


「うーん、そうだな……僕は甘いものが好きだな。買ってきてくれるか……」


「なるほど!それじゃあ、買ってきますね!待っててください」


「すまないな……本来僕が買いに行けばいいものを……だが僕が行けばみんな不満を持ってしまうかもしれないからな……ああ、僕って本当に世界でいちばん価値がないから……」


メリヤはそのままアサヒの部屋を出ていき、自室からバッグを取って外出し、近くのコンビニに行った。


メリヤの手が届く位置にあるコンビニのスイーツ。正確な好みがわからないので、とりあえずシュークリームと小さなチョコレートケーキを1つずつ買って、アサヒが選ばなかった方をメリヤが食べるという形にした。


その途中、メリヤは黒い服、サングラス、マスクをした男性がゆっくりとこちらに向かっていくのを見た。


「なんでしょうあの人。私と同じ方向に向かっていますね……もしかしてアパートの誰かの友達、とかでしょうか?」


そう思ったのでメリヤは特に気になることはなかった。そのまま無視して通り過ぎて心内アパートにいき、アサヒの部屋に戻った。


「どうせ僕の命より僕がこれまで殺して食ってきた鶏や牛や豚や魚、それどころか定期的にむしられるアパートの雑草の方が何億倍も価値のある命だった。こんな僕のために——」


「アサヒさん、ただいまです」


「おお、おかえり、メリヤちゃん。こんな僕のためにわざわざ外出してお菓子を買っってきてくれてありがとう」


「いえいえ!ほら、ここにシュークリームとミニチョコレートケーキがありますよ!お好きな方を……」


「シュークリームも捨てがたいが、チョコレートケーキの方をいただこう」


そう言いながらアサヒがチョコレートケーキを取ったので、メリヤはシュークリームの方を食べた。


「あぁ……苦味が絶妙でスポンジの食感も羽のようにふわふわだ……少し小さいのが惜しいが、これの4分の1のサイズで売られていたとしても私のような下劣な存在には勿体無い……ああ、とても悲しい……」


食べ切って飲み込んだそばからそうボソボソと呟くアサヒ。少し変な人だなとは思っていたが、それでもメリヤの尽きない人間愛の前には些細な違いに過ぎなかった。


(安心してください……アサヒさんは可愛いですよ……)


一方、メリヤもシュークリームを食べて美味しいと思っていた。人間サイズのシュークリームはメリヤにとって少し大きかったが、食べ残してしまうほどのサイズではなかった。


しばらくすると足音が聞こえる。メリヤがその足音に反応して開けてみると、そこには先ほどの黒い服、サングラス、マスクの男が現れた。


「あ、あなたは……さっき道端で会った人!」


「ちっ、ここの住民だったのか、羽女……とりあえず金目のものは奪っていくぜ」


こんなことを言う泥棒が現れても、メリヤの脳内はお花畑だった。


(えーっと、奪う?人間さんがそんなことをするわけが……あ、もしかしてとったものは全て大切にしようとしてくれるんですね!人間さんがそんな非道なことするわけありませんから!)


「おい、まさかお前ら抵抗できると思ってるのか?俺は生まれつきパイロキネシスが使えてな……」


そう言いながらその泥棒は右手を大きく開いて構え、火を発生させた。


「や、やめろぉっ!この家が燃えたらどうするんだ!」


そう言いながらアサヒは泥棒の手に触れる。すると、泥棒の手から火が消えた。


「おい、何が起きた?ま、まさかお前——」


「そうだ。僕は能力の無効化ができる。だから価値が低い人間ではあるけど、君を倒すことはできる」


「そうか……ああ、俺ナイフも何も持ってきてねぇわ、自首してくる。ごめんな」


そう言いながら泥棒は部屋から出ていった。10分くらいしたあと、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえた。アサヒはそれを聞いて、彼が自首したことを知った。


夜になってみんなが帰ってくると、メリヤはレイの部屋に戻る。そして、レイがメリヤからアサヒが泥棒を追い払った話を聞くと、驚いてこういった。


「おい、アサヒがこのアパート守ったってことだろ?十分価値のある行いじゃねえか。後で褒めておけよ」


「はい!今から褒めに行きます!」


そのままメリヤはアサヒの部屋に行き、アサヒを誉めた。当然、彼は誉められたことを否定し、落ち込んだままだったが、メリヤはそんな彼も愛おしく見えていた。

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