第42話 電話に出たのは……

 岳斗は高校三年生になった。もう学校に海斗はいない。弁当は級友たちと食べている。スーパースターがいなくなり、学校が静かになったように感じる岳斗である。だがしかし、あの笠原が、サッカー部のエースだとかで、意外に後輩女子に人気があるのには驚きを隠せない岳斗だった。放課後になるとフェンスに張り付いてキャピキャピしている女子が何人かいるのだ。

「俺、けっこうモテるんだぜ。海斗さんほどじゃねーけどよ。」

笠原が言う。

「へーえ。」

岳斗が大したリアクションもしないでいると、笠原が岳斗の顔を見て、

「お前も、割と人気があるらしいぞ。」

と言った。

「は?」

初耳だった。地味な山岳部員にファンがいるとは到底思えない岳斗である。

「去年、海斗さんと一緒に昼休みに注目を浴びていただろ?あれは、海斗さんのファンだけじゃなくて、岳斗のファンもいたんだって。」

おこぼれか。神様の弟は神聖なる存在、みたいな?と思った岳斗である。


 岳斗のウイークリーマンション住まいは解消し、かつての自分の部屋に寝るようになっている。洋子は、海斗がいなくなってからというもの、前よりも岳斗にかまうようになり、岳斗は寂しくはない。何しろあのアパートの地獄に比べたら、快適この上ない。だが……海斗の部屋の前を通る度に、ため息がこぼれるのだった。こんなに長く海斗と離れた事はなかった岳斗。洋子も同じで、二人で慰め合っている感じだった。わざと二人で明るく振舞ったりしている。だが、岳斗も洋子も、寂しくて仕方がないのだ。

 洋子には申し訳ないと思っているのだが、岳斗はほぼ毎日電話で海斗と話していた。夜になると海斗から電話がかかってきて、それほど長電話でもないが、声を聞いて「お休み」を言うのが日課になっていた。あまり電話し合う事のなかった岳斗と海斗なので、電話で話すのは新鮮だった。電話だと、声が耳元で聞こえて、すごく近くにいる感じがする、と岳斗は思った。会えないのはつらいが、毎晩の楽しみがあるので、我慢もできた。

 ところが、しばらくすると海斗からの電話は毎日ではなくなっていった。

「俺さ、バイト始めたんだ。イタリアンのお店なんだけど、夜まで仕事だから、電話は今までみたいに毎晩は出来ないかも。」

ある日海斗が言った。仕送りはあっても足りないだろうし、バイトが必須なのは分かる。だが、こう言われると不安にさいなまれる岳斗。毎晩の電話がなくなったら、何を楽しみに毎日を過ごせばいいのか、と岳斗は思う。あの、飢えに耐えていた時でさえ、毎日海斗に会えるから我慢ができたのだ。会えず、電話もできなくなったら、たとえ衣食住が満たされていても、生きている甲斐がない。

 そして本当に、電話が来なくなった。バイト中かもしれないと思い、岳斗の方からかけるわけにもいかず、昼間は岳斗が学校に行っている。週末なら大丈夫かと思い、岳斗は土曜日の夜、海斗に電話をかけてみた。

「はい。もしもし?」

岳斗はびっくりした。女の子が出たのだ。岳斗は思わず電話を切ってしまった。なぜ、海斗の電話に女の子が出るのか。まさか、海斗の家に女の子がいるという事なのか。岳斗は考えた。海斗はあれだけモテるのだ。自分が近くにいないなら、彼女や彼氏の一人や二人、作ってもおかしくないのではいか。そうでなければやっていられないのではないか。知り合いもほとんどいないし、寂しくて、誰かに一緒に寝て欲しいとか……。そこまで考えて、

「オー、ノー!」

と叫ばずにはいられなかった。

 岳斗は頭を抱えながら、考え過ぎかもしれない、と何度も考えた。だが、海斗から折り返しの電話が来ない。LINEしてみようかとも思ったが、何か用があるわけでもなく、何と書けばいいのか分からず、断念した。

 岳斗は夜中、眠れずに過ごした。海斗が引っ越してから一カ月以上が経った。夏休みまで会えないのか……それまで何回電話が来るだろうか……と考えた。もしかしたら、他に好きな人が出来て、岳斗の事などどうでもよくなったのかもしれない、と思った。きっと、バイト先でいい人を見つけてしまったに違いない、とも。朝になり、あまりにも気分が落ち込んで、ぐるぐると悪い事ばかり考えてしまった岳斗は、

「海斗のバカ」

とLINEに打った。そろそろテスト勉強を始めなければならないので、岳斗はなるべく海斗の事は考えないようにして、勉強に励んだ。

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