第40話 売却済み

 翌朝岳斗が目を覚ますと、海斗はもう部活に出かけた後だった。両親は家にいた。リビングへ降りて行くと、二人で話しているのが聞こえた。

「まだ高校生なのに、あんなに苦労しなくたって。」

「まったくだ。岳斗には何の罪もないのに。」

二人は深刻そうに話し、ため息をついていた。

「おはよう。」

岳斗が声を掛けて入って行くと、二人はパッと顔を明るくした。

「おはよう。よく眠れた?」

洋子が言った。

「うん。ごめんなさい、迷惑かけて。」

岳斗がそう言うと、

「何言ってんの。岳斗のせいじゃないでしょ。」

と、洋子が言った。

「岳斗、海斗が工学部に行く話は聞いてるか?」

隆二が言った。

「うん。決めたの?」

「いや、まだ決めかねているようだったが、これを機に決めてもらおうと思う。海斗は北海道へ行く。岳斗はここに住む。万事上手く行くだろ?」

と、隆二が言った。なるほど、と頷きかけた岳斗。だが、それでいいのだろうか。

「海斗が北海道へ行くまでの間は、父さんと一緒に近くのウイークリーマンションで寝よう。」

隆二がそう言った。

「今日これから、坂上さんの所へ行って話を付けてくる。お前の荷物も持って帰って来るから、お前は行かなくていい。あの人には、お前に会えなくて気の毒だが、自業自得だろう。飢えさせた挙句に暴力をふるうなんて。」

「そうよ。自業自得よ。ストーカーされない為にも、あなたはお父さんと一緒にいて、四月にはここに戻ってくる。それがいいわ。」

岳斗は、自分は何て恵まれているのだ、と思った。本来ならあの、どうしようもない親と一緒にいるか、独りで路頭に迷うしかないものを。

「ありがとう、本当に、ありがとう。」

岳斗はまた目に涙を溜めて、深々と頭を下げた。


 それから岳斗は、城崎家から歩いて五分ほどの所にあるウイークリーマンションに寝泊まりするようになった。寝室扱いなので、朝起きたらそのまま城崎家へ行き、朝食を済ませ、制服に着替えて学校へ行く。学校から城崎家へ戻り、ご飯を食べ、風呂に入ってからウイークリーマンションに戻る。それを、隆二といつでも共に行動した。なので、海斗とゆっくりしている暇はなかった。ただ、家まで一緒に帰れるのと、ご飯を一緒に食べられるのが救いだった。

 弁当は、また家から岳斗が自分で持っていく事になったのだが、今まで通り海斗と一緒に食べる事にした。もう周りの皆がそれを期待しており、海斗のファンは昼休みにはそこへ行って、遠くから海斗を眺めるのが日課になっているのだ。と、岳斗は予想していた。

「君たちさあ、そのブラコンはそろそろやめた方がいいんじゃないか?」

ある日、白石が昼休みに岳斗と海斗の所へやってきた。もう、生徒会長ではなくなっている。

「ブラコン?俺たちが?」

海斗はそう言って、肩をすくめた。

「おかしいだろう、兄弟で毎日、学校でも一緒にいるなんて。」

白石が言う。

「今更何言ってんだよ。俺たちがどれほど仲がいいか、校内のみーんなが知ってるぞ。」

海斗はもう、以前のように白石に対して敵対心を抱いてはいない。

「それにさ、俺もうすぐ北海道に行っちゃうからさ。岳斗と毎日会えるのも、後少しだし。」

海斗はそう言って、岳斗の肩に腕を回した。更に頭と頭をスリスリさせる。岳斗はびっくりして目をパチクリさせた。人前でこんな事をして、と。

「後少しなのは、お前だけじゃないだろ!」

白石がいきなり怒鳴ったので、岳斗と海斗はキョトンとして白石の顔を見た。白石は二人を、いや、ほぼ岳斗の方をじっと見て、黙ってしまった。

「白石、悪いけど、岳斗の事は諦めて。お前にはやらん。」

海斗はそう言って、岳斗の頭を撫でた。なんだか、変な兄弟って感じになっているぞ、と岳斗は思い、恥ずかしくなって、自分の肩に回された海斗の腕を取り払った。海斗はそれを、眉根を寄せて見た。なぜ外すのだ、とでも言いたげに。

「岳斗くん、君は……もう売却済みなのか?これに。」

白石はそう言って、海斗を指さした。

「え?」

売却済み。何という言葉を使うのだ、と岳斗は驚きつつ、これはどう答えたら良いものか、と思案した。海斗は岳斗の顔をじっと見守っている。

「はあ、まあ。」

岳斗は曖昧に答えたつもりだったが、白石は驚いたように目を見開いた。

「そうか。」

白石は目を閉じ、一つため息をついた。そして、

「じゃあな。」

そう言うと、髪をなびかせてくるりと体を反転させ、去って行った。かっこいい、と岳斗は感心してしまった。

「よしよし、よく言ったな。」

海斗がまた岳斗の頭を撫でた。

(言っちゃったのか、俺?)

岳斗は今更ながら赤面した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る