第16話 熱い視線
岳斗が目を覚ますと、目の前に海斗がいた。岳斗は一瞬ドキンとしたが、海斗が眠っていたので落ち着きを取り戻した。岳斗は少し体を起こし、海斗の寝顔をよく眺めた。やはり綺麗な寝顔だ。眉が秀で、まつ毛が長く、鼻筋が通り、唇が……。触りたい、と岳斗は思った。触ってみたい。しっとりしているのか、柔らかいのか、どうしても知りたくなった。我慢できなくなり、恐る恐る手を伸ばす。そして、唇にそっと触れる。と、海斗の目が開いた。岳斗はびっくり。だが、海斗の方がびっくりしたようだ。焦点を岳斗の顔に合わせた途端、
「うわぁっ。」
と叫んでいきなり上半身を起こした。びっくりした海斗にびっくりした岳斗。一瞬二人して黙ったが、海斗は一息つくと、またベッドに倒れ、肘をついて岳斗の方を向いた。
「おはよ。」
海斗が言い、
「おはよ。」
岳斗が返す。一つのベッドに二人で横たわる、の図。
「岳斗、お前寝付くの早過ぎだよ。」
海斗は笑いながらそう言って、岳斗の前髪をいじる。
「だってさ、懐かしかったんだもん。」
岳斗は正直に言った。
「そうだな。昔はいつも一緒に寝てたもんな。お前はいっつも俺にくっついてたよなあ。」
海斗はそう言って目尻を下げる。
「その節はどうも。本当は煩わしかっただろ。父さんや母さんの事も半分取っちゃったわけだし。」
岳斗が上目遣いで海斗を見た。
「いいんだよ。そろそろ親の愛情が重たく感じられてくる年頃だったし、ちょうど良かったんだ。それに、ああ、岳斗が俺にギューって抱き着いてくるのが可愛くてしょうがなかったなあ。それが、大きくなるにつれて可愛げがなくなっていって。」
ハッと短くため息をついた海斗。わざとらしく。
「ちょっとやってみ、ギューって。ほれ。」
と言って、海斗は両手を広げた。岳斗は海斗と目を合わせ、
「んな事できるかい!」
と言ってパッと起き上がった。そこへ、ピロリンとスマホが鳴った。二人のスマホが同時に鳴ったようだ。みると、洋子から家族LINEに連絡が入っていた。
「先に海に行ってるね!午後から車で出かけよう」
と書いてある。今は八時。七時にも実は連絡が入っていて、
「おはよう!先にご飯行ってるね」
と書いてあった。四人旅行のようでいて、二人ずつの別行動になっている。
岳斗と海斗は着替えて朝食をとりに行き、ホテルを出た。水着は着ていない。両親を見に行くつもりで出たのだ。ビーチへ出る。昨日花火をした場所を見て、岳斗は少しドギマギした。
朝のビーチは気持ちが良い。岳斗は、朝の海と海斗を写真に収めた。我ながら素晴らしい写真が撮れた気がした。岳斗が写真を眺めて満足していると、パシャパシャと音がして、振り向くと複数の人間が海斗の写真を撮っていた。ハッとして、父を見習わなければと思った岳斗は、海斗にぴったりくっついて、海斗の写真を撮らせまいとした。海斗は岳斗を振り返り、岳斗の肩に腕を回した。
「おい、そういうんじゃないから。」
岳斗は抗議した。これではまるで、くっついているカップルみたいだ。しかも、それを写真に撮られているのだ。そう、岳斗はやり方を間違えたのだ。海斗にくっつくのではなく、カメラの前に立ちはだかるようにすべきだったのだ。俄かには難しい。もっと海斗を守る術を磨かなければ、と岳斗は思った。
だが、海斗は岳斗の肩に腕を回したまま、海岸を歩き出した。カメラなど無視というわけだ。
「お前さ、今朝、俺の唇触っただろ?」
海斗が言った。気づいていたのか。
「え?いや、触ってないよ。」
ここは胡麻化す岳斗。
「本当かー?」
「うん。」
だが、岳斗は思わず笑ってしまった。そして、走って逃げた。海斗が追いかける。砂浜は走りにくい。そして、足の長い俊足の海斗には、当然捕まる岳斗。二人は意味もなく大笑いした。
昼前に、隆二の運転するレンタカーで美ら海水族館へ行き、夕方にはホテルに戻ってきて、プールで泳いだ面々。また海斗に女子が群がった事はもう語るまい。夕食を済ませ、両親はバーで飲むと言って別行動になり、岳斗と海斗は部屋でまた花火を見た。だが、昨日打ち上げ花火を見た時とは少し違う感じだった。
昨日と同じように、岳斗は自分のベッドに腰かけて窓の外の花火を見ていた。すると、海斗が岳斗のベッドに座った。つまり、岳斗の隣に。なんだろうと思って岳斗が海斗の顔を見ると……。
また、夕べビーチで見た時のような目をしていた。
(どうしてそういう目で俺を見るんだよ。その目を見ると、胸がどうかしてしまうんだ。)
「な、なに?」
沈黙が苦し過ぎて、岳斗は言葉を発した。海斗は、立ち上がって部屋の中をうろうろし始めた。岳斗には訳が分からない。
「海斗?どうしたんだよ?」
「岳斗が、可愛過ぎるんだよ!」
ちょっとイライラしたような口調で、海斗がそう言った。岳斗の方を見ずに。岳斗は、開いた口がふさがらない。もしくは目が点。岳斗は頭をがしがし掻いた。更に首をかしげる。解せない。自分のどこが可愛いのか。いや、顔の問題ではないのかもしれない。自分はきっと、海斗にとっては可愛い弟なのだろう。
バババーンとひと際激しく音が鳴り、花火は終わった。部屋が少し暗くなる。
「海斗、分かったよ。ギューってして欲しいんだな?してやるよ。」
岳斗は諦めて、そう言った。今朝の話だとそんな感じだったよな、と岳斗は考えたのだ。海斗がパッと振り返る。岳斗は立っている海斗の方へ歩いて行き、昔のように首に腕を回して、ギューっと抱き着いた。そして、離れた。やれやれ。きっと昔と違って可愛くないなどと言い出すのだろう、と思った岳斗。
しかし、海斗の方を振り返ると、海斗は……倒れた。ベッドの上にだが、仰向けに倒れた。岳斗は海斗の事は放っておいて、シャワーを浴びた。今日は疲れたから、さっさと寝てしまおう、と心の中で呟きながら。
朝になって目が覚めた岳斗。海斗を探すと、トイレから出てきたところだった。
「おはよう。」
なんだか、ずっと前から起きていたような顔をしている海斗。
「おはよ。眠れた?」
岳斗はそう言って、二人のベッドを見比べた。どうやら、夕べはそれぞれのベッドで寝ていたようだ。岳斗は自分のベッドの真ん中で寝ていたし、海斗のベッドも使用後の様相だ。
「んー?まあね。」
海斗は曖昧に答えた。どうやらあまり眠れなかったようだな、と岳斗は思った。
旅行も最終日を迎えた。那覇市内を観光した後、飛行機に乗って羽田へ。飛行機の中で、海斗はずっと眠っていた。洋子が時々、海斗の寝顔を見ては岳斗の方を見てクスッと笑うのだった。岳斗には分かる。可愛いね、と言いたいのだという事が。
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