第13話 真実

 家に帰るまで、岳斗は一切口を利かなかった。分からない事だらけで、頭がパンクしそうだった。

 大きな木の所で、岳斗は動けなくなった。海斗が父、隆二を呼んで来て、隆二が岳斗の肩を抱いて、車に連れて行ったのだった。お開きになって、洋子と海斗も車に戻ってきて、四人で家に帰って来た。着替えてから、洋子が岳斗の部屋を訪ねてきた。

「岳斗、入るわよ。」

岳斗がベッドに腰かけていたので、洋子も隣に腰かけた。

「岳斗。」

何から聞けばいいのか分からず、岳斗はしばらく黙っていたのだが、洋子の顔を見ていたら、急に悲しくなり、涙が出た。

「母さん、俺は、母さんの子じゃないの?」

岳斗は泣きながら聞いた。

「岳斗、思い出したの?」

洋子からそう聞かれて、岳斗は首を横に振った。

「でも、知りたいんだ。本当の事が。」

岳斗がそう言うと、洋子は岳斗の手を握った。

「そうね、思い出せないのはきっとつらいし、自分の事を知らないのは、フェアじゃないよね。もう大きくなったし、知っても大丈夫だね。」

洋子はそう言うと、ぽつりぽつりと語り出した。

「あなたの本当のお母さんは、私の高校時代からの親友なの。麻美って言ってね、高校時代山岳部だったのよ。陸上の短距離やってた私とは対照的だったんだけど、妙に馬が合ってね。卒業してからもずっと仲良しだった。それぞれ結婚して、子供が出来て、前程頻繁には会えなくなったけど、時々麻美があなたを連れてうちに遊びに来たのよ。あたなは海斗によく懐いていて、海斗は一人っ子だったから、あなたたちが来るのをいつもすごく楽しみにしていたわ。」

「なんで、僕のお母さんは死んじゃったの?」

岳斗が質問すると、洋子はそれまでの懐かしむような表情から一変して、暗い表情になった。

「あなたのお父さんがね、実は麻美やあなたや、あなたの三つ年下の妹に、暴力をふるっていたそうなの。でも、私は全然気づいてあげられなかった。うちに来た時には、麻美も私もすっかり高校時代に戻ったかのようで、楽しい話ばかりしていたから。麻美が悩んでいた事に、気づいてあげあれなかった。それが悔やまれてね。あなたのお父さんは会社を経営していて、それが少し上手くいかなくなっていたようなの。それで家族への暴力が始まったみたいなんだけど、あの日、会社がいよいよ倒産する事になって、やけになったあなたのお父さんが、あなたたちに暴力をふるって、麻美やあなたの妹さんは頭を打って亡くなってしまったの。あなたも頭を打って、気を失っていたけれど、何とか一命をとりとめたの。」

自分の父親がDVを……。岳斗は自分が呪わしいと思った。そんな男の血を受け継いでいる自分が。

「それで、どうして俺を引き取ってくれたの?」

岳斗が聞くと、洋子はさっきよりは穏やかな表情になった。

「あなたたちが病院へ運ばれたという連絡を受けてね、私と海斗はすぐに病院へ駆けつけたのね。そこで目を覚ましたあなたが、海斗を見たら海斗にギューって抱き着いて離れなくて。私もあなたの事は小さい頃から知っていて可愛いと思っていたし、海斗があなたを弟にするって言い張るしで、すぐにあなたをうちに引き取る事に決めたの。あなたのお母さんには兄弟もいなくて、親御さんはお父さんがお独りで地方にお住まいだということで、あなたを引き取るのは難しい状況だったし。」

「俺の父親は?生きてるの?」

岳斗が気になって聞いてみると、

「あなたのお父さんは警察に捕まって、実刑判決を受けたのよ。でも、当然出てきたらあなたを探すでしょう。だから、思い切ってあなたの名前を変える事にしたの。あなたの元の名前は坂上空也。山が好きだったあなたのお母さんの事を想って、それに海斗の弟だから岳斗にしたのよ。」

自分の名前も忘れていたのか、と岳斗は思った。空也……

(くうや、おいで)

母親の声が聞こえたような気がした。

(あなた、やめて!)

そして、岳斗は思い出した。母が、最期にそう叫んだのを。胸が張り裂けそうになって、大きく深呼吸をした。そして、父親の鬼のような形相も思い出した。怯える妹の顔も。妹は葉子と書いて「ハコ」という名前だった。葉子は可愛かった。

 洋子が、岳斗の事を抱きしめた。岳斗は涙を流していた。だが、これでよく分かった、と岳斗は思った。海斗と自分が似ていないのは当たり前だったのだ。血が繋がっていないのだから当然だった。あんな風になれなくていいのだ、むしろ嬉しいくらいだ、と思った。隆二と洋子には……今まで当然だと思っていた愛情、海斗と同様に扱ってくれた事、全てにおいて深く深く感謝の気持ちを噛み締めた。

「母さん、俺を救ってくれてありがとう。今まで、ずっとずっと、ありがとう。」

岳斗は洋子にすがって泣いた。洋子は何度も岳斗の背中を撫でてくれた。こんな、海斗に比べて全然可愛くない自分を、こんなに分け隔てなく育ててくれるなんて、と岳斗は感激していた。

 だいぶ落ち着いて、涙も引いて、岳斗は洋子から離れた。少し照れくさい。

「俺なんて、海斗に比べたら全然可愛くないのに、良く育てられたね。」

自分でも変な言い方だと思ったが、岳斗はそんな風に言った。

「あらあ、岳斗は可愛いわよー。それに岳斗はいい子。よくお手伝いしてくれるし、海斗の面倒も見てくれるしね。」

そう言って、洋子はウインクした。

「それにね、海斗に兄弟を作ってあげたかったから。海斗は本当に岳斗の事が好きだもんねー。」

と言って、洋子は笑った。岳斗もそれは否定しない。海斗は岳斗の恋路の邪魔をするくらい……何かが引っ掛かった。気のせいかな、と岳斗は首を傾げた。

 その後少し部屋で休んでから、岳斗は隆二にも感謝の気持ちを伝えに行った。照れくさいとはいえ、岳斗は今すごくすごく、感謝の気持ちが溢れてきて、とても黙ってはいられなかったのだ。

「父さん、今までありがとう。俺を育ててくれて、海斗と分け隔てなく扱ってくれて、本当にありがとう。」

正座してそう言い、岳斗は頭を下げた。顔を上げると、隆二の目はウルウルしていて、真っ赤だった。

「岳斗、お前こそ、父さんに懐いてくれて、ありがとうな。俺は嬉しかったんだよ。父さん遊ぼうって言ってくれて。」

隆二はとうとう目頭を押さえた。考えてみれば、本当の父親には怯えていたのに、よく新しい父に懐いたものだ、と岳斗は思った。きっと、海斗が隆二に接するのを見て、学んだのだろう。海斗は、家でどう振舞えばいいのかを教えてくれた。一つしか年が違わないが、岳斗の知らなかった普通の家庭、暖かい家庭の事を全部教えてくれたのだ。自分が今まで幸せに暮らしてこられたのは、海斗も含めて家族のお陰なのだ、と岳斗は思った。改めて、海斗にも感謝したのだった。海斗には、まだありがとうは言わないけれど。

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