G線上のデーヴァベイン

結城辰也

第1話 現世との出会い

 この世界がもし現実じゃないとしたのなら俺はどうすればいいのだろうか。

 なんとなく拗らせた子供のようなことをつい考えてしまう。いや、なんとなくなんかじゃない。俺にはなんだか凄く嫌な予感がするんだ。


「コラ! 授業中は外を見ないの! 新上あらがみ 京也きょうや!」


 教室内で怒られた、俺の席は後ろの外側なのに。

 そこまで呆然としていたのか、俺は。なんにせよ、これ以上に怒られたりするのは気が引ける。ここは潔く桐谷きりや先生の授業に集中するか。

 俺が前を向こうとしたときだった。やはり嫌な予感――。いや、嫌な直感がした。そうしたらなんかどこからか人に見られているような気配がした。


「誰だ!?」


 椅子を引き下げ立ち上がり声を出す。左右を見るも視線はなかった。その代わり教室内の生徒と桐谷先生の目線が俺に注いでいた。

 可笑しい。確かに誰かの視線を感じたはずだ。それなのに――。


『エンゲージメントリンク、スタート』


 今度はなんだ? 我を取り戻し顔を下げ静まり返りながら座ろうとした途端に謎の声が聞こえてきた。俺は座るのをやめ再び左右に顔を振った。だけどそこには口を動かした気配のない空気が漂っていた。

 俺は見渡すのをやめ嫌な気分のまま下を見た。その次の瞬間に戦慄が走った。急な警報が教室外の廊下から鳴り響きアナウンス音までも流れ始めたからだ。

 無性に恐怖を感じたのも束の間だった。気付いたときには桐谷先生と生徒たちが慄き騒めき謎の発光が俺を包み込むように起きていた。


「ちょっ!? 前が見えない!? せ、先生!? う、おおおおおお――」


 必死に足掻いたが金縛りを前に意味をなさず俺は光の渦に巻き込まれた。気を失うことはなかったが余りの出来事に両瞼を閉じていた。

 風? 涼しい? ここは――。

 恐る恐る両瞼を開けるとそこは学校の屋上だった。改めて立ちながら唖然としていると目の前に誰かが後ろ姿で立っていた。その前にはなんだか異様にデカいロボットがこちらを向き突っ立っていた。

 よくよく見ると誰かは一人の少女だった。身長からして俺と同い年くらいか。いや、分からない。ってそれよりもなんだよ、アレ。

 俺が萎縮しながら一人の少女を見つめていると振り向いてきた。なんだか凄く親近感の湧く微笑みをしていた。場違いではないのか、それは。


「キョーヤ。私は綾見あやみ りょう。約束……果たしにきたわ、エンゲージメイトとして」


 もうなにがなんだか分からなかった。ただ言えることはこれが現実だと言うことだ。いや、現実じゃないの違和感なのか、これがもしかして。

 それとも夢なのか。駄目だ。頭の整理が追い付かない。なのに俺は前にいる綾見 遼を知っているような気が――。

 一人の少女がこちらに微笑みながら歩いてくる、俺が警戒しているのに。思わず後退りをしようとしたが先を越され俺の前で立ち止まってきた。仕方がないと後退せずに足幅を元に戻し不審な表情のまま目線を合わせた。


「キョーヤ! 新上博士を! お父様を救いなさい! 私と今すぐに!」


 急に真顔でなにを言っているんだ。父さんは出張中でいないはずだし博士なんて称号を得ていないはずだぞ、確か。こんなの可笑しい。ロボットの説明が付かないのはどうすればいいんだ。なんだか無性に乗らなければいけない気がするのもどうなんだ。


「クォンタムリンクの開始を確認。ついに……くる!」


 右手首から二の腕に掛けて装着されたなにかを見ながら謎めいたことを言い始めた。なにが始まったのかと感じた矢先に綾見 遼は顔を上げ俺を母性で包み込むような表情をしていた。


「感じてるんでしょう? 乗らなきゃって! 私と一緒に乗ろう! ね? キョーヤ!」


 乗るしかないのか。よくよく見るといつのまにかコクピットのハッチが開いていた。いつでも乗り込めるようにわざわざ手を土台に出来るくらいの高さに置いていた、さっきまで突っ立ってただけなのに。

 乗り込まないと本当に後悔しそうだ。だから綾見 遼の差し出された右手を見たあとに目線を合わせ――。


「後悔したくない! だから乗るんだ! 俺は!」


 口走ったあとに覚悟を決め微動だにしない握手をした。分からないことだらけの出来事だが今の俺はこの運命を選んだんだ。絶対に後悔はしたくない。

 今の俺は想像以上に真顔だ。誰が言おうと心身共に真っ直ぐ綾見 遼を見つめていた。これからなにが起きるのかは本当に分からない。でも、それでも――。


「有難う! デーヴァベインが君を待っていた! ようやく……このときがきた! 行こう! キョーヤ!」


 俺は進み続けるんだ、どんな過酷な現実を突き付けられようとも。今の出来ることを全力でやるまでだ。

 こうして俺と綾見 遼は握手を交わし終えたあとにデーヴァベインに乗り込んだ。

 本当に謎が残ることよりもただ後悔したくないと俺は自分に言い聞かせていた。これが例え残酷な真実に辿り着く選択だとしても俺は負けたくない。

 ようやく今ここでこの世界が現実じゃないというのを体現したのだから。

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