第4話 深夜街の娘

三枚のお札のような物でなくとも、彼女が僕に悪事を働くために拾った可能性は否めない、僕は彼女の問いの真意を尋ねる。

「お、お前が好きだっていうのはどういう意味でですか…?」

彼女の聖母のような温かい目が、丸くなる。

「えっ、私……………。

ははっ、そんなこと言っちゃってたか!?

ごめん、カップラーメンなのにこんなに美味しそうに食べる姿をみたら、可愛いなって思って…。」


彼女の愛に溢れた言葉を聞き、彼女が十分警戒するに値する人物だということが分かった。


「ごめん!変なことはしないから、逃げないでー!」


「んなこと言われたら誰だって逃げますよ!」


心なしかか街灯が暖かく光る深夜の街に二人の賑やかな声が響いた。



そんなこんなで夜ご飯から2時間ほど経ち、シンヤが彼女の雰囲気には合わないピンクの可愛らしい部屋に布団を用意してくれた。


「ありがとうございますシンヤさん。」


「あぁ、しっかり休め。その前に、名前くらいは聞いてもいいか?」


彼女の問いに、そういえばこの家に来てから自分のことを一切話していなかったということに気がついた。


「あっ!すみません。自分のことを全然話していませんでしたね。僕は…」


そしてふと思う。僕の名前って、なんだっけ。

あの女が僕を名前で読んだ記憶がない。あの女は僕をなんて読んでいただろうか。

 

 『クソガキ、死ね!』なんて言われていたのを思い出した。


「僕には、名前なんてないかもしれません。」


「…そうか、私もだよ。」


それからシンヤさんは色々と彼女の事を教えてくれた。彼女にも名前がなく、この街にいるある女性がシンヤという名前をつけてくれたこと。そして、彼女に名前を与えなかった彼女の父親のこと。


「実は、私もお前みたいに酷いことされててさ、でも、私の場合は親父にだよ。髪を掴まれて殴られたり、冷たい残飯しかもらえなかったりさ、でもある日を境に殴らなくなったんだよ。飯もくれるようになってさ。」


 中でもひどかったのは、


 「なんでだと…ひひ…思う?ある日家に気持ち悪い濁った目の男が来てさ、カメラを持った顔に墨が入った男が、私がその男に…はは…無理やりヤられてるのを撮影してて…さ。…は、ははは」


 シンヤの顔は強張り、時々震えるようにカタカタと笑っている。

 

 「気づいたら…ははは…精子でぐちゃぐちゃの体と……て、…テーブルの上にどっさりと置かれたカネを見てニヤけてる親父だけが残ってたんだ。」


「で、キッチンにおいてあった包丁で…ははは、…親父の首を―」


彼女は自分の父親のせいで殺人犯になった。ということだった。


 彼女は、目から涙を流しながら口角だけは上げてワラっている。こんな表情をさせた彼女の父親が許せない。噛み締めた歯が、ギリギリとなっている。そして僕は彼女の優しさが詰まった布団から立ち上がり―


 「は…ははは…―お、おい…?なんで…私を抱きしめているんだ…?」彼女の悲しいワラいは、少年に突然抱きしめられたことにより止まった。


「シンヤさん…、僕は、」

僕は言いようのない辛さに言葉が紡げない。しかし、僕は、

 「僕は―いや、僕も…あなたが好きです。」


 彼女からは、僕とよく似た、甘くて、柔らかくて、そしてとても美しい絶望の香りがする。


 そんな彼女が愛おしくてたまらなくなった。

よく似た特別な香りの二人は、まるで磁石のように引き合わさり、ずっと、抱きしめ合っていた。

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