闇生きる探偵と女装メイドの青光記憶塊《プリズム・ダイアリー》

大石或和

入学編

第1話 秦凪夜歌 と 清舞黎人

「ここが今日から通う学校か……」


 右手にトランクを持った青年は、自らが入学するであろう学校を目に言葉をこぼした。


 彼の名は──秦凪夜歌はたなぎ よか。日本から異世界にはるばるやってきた、である。


「しかし、母さんも思い切ったことをしてくれる。日本と異世界への行き来が出来るからって、わざわざ異世界の学校に入学させなくてもいいのに……」


 そう、夜歌が生きる日本では異世界との行き来が可能になっていた。


 とある年に行われた戦争で、国どころか異世界からの侵略が始まった。奇跡的に異世界を倒した日本は彼らと協定を結び、平和を得た。


 そのお礼として、日本人の異世界への受け入れが可能になった訳である。まぁ、行くには色々な審査が必要なのだけど。


 当然最初は夜歌も審査が通るはずないと、悠長に構えていたのだが……彼の予想とは裏腹に事は進んでしまった。トントン拍子で。


 その後にあれやこれやがあって、手続きとかなんなりをしていたら、今に至る。


「というか、探偵が異世界学院来てどうすんだよ!!何学べって!?日本人は魔法もロクに使えねぇじゃねえか!!」


 彼がいう通り日本人は魔法が使えない。対して異世界学院──ファーカス・ラヴァンは魔法勉強を主としている。


 結論から言えば、なんで入ったのか分からない。


 いい機会だからと促されて来てみたのはいいものの、しまっためちゃくちゃ帰りたい、と彼は内心思っていた。


 まぁ、やりたい事なんて後から幾らでも見つかるだろう。これは、何処かの誰かの体験談である。


「取り敢えず友達は欲しいかなぁ、ぼっちで異世界とか本当に先が思いやられるよ」


 彼は大きなため息をつくも、仕方ないと腹を括り、ファーカス・ラヴァンの大きな門を潜った。


「入学おめでとう新入生、貴方の名前は?」


「秦凪夜歌です」


「夜歌くんね。部屋なんだけど、同じ日本人の子と相部屋よ。一応男なんだけど、まぁ多少の価値観の違いは尊重してね」


 入学手続きを完了した夜歌は、流れのまま寮に向かった。その先で寮母さんに挨拶を交わし、部屋に案内して貰っていた。


 どうやら相部屋らしい。


 男との相部屋、それも日本人。気の合う人ならいいな、と夜歌はうっすらとした期待を胸に抱く。


 でもなんでだろうか、寮母さんの言葉がどこか引っかかる。


 一応男?価値観の違いを尊重?


 ジェンダー系問題なのだろうか、夜歌はそこら辺の対応をいまいち理解できていない。できれば、うまーく流してくれる人がいいものだ。


「ここよ」


 寮は所謂マンション形式で、寮母さんは最上階の角部屋を指差した。


 基本は一人部屋らしく、二人部屋である夜歌たちの部屋は普通よりも広い。結構ラッキーだと思った。


 身なりを整えて、いざ部屋へ突入だ。


「失礼します。」


 夜歌はゆっくりと部屋のドアを開け、そこへ足を踏み入れた。


 内装は日本の寮とはだいぶかけ離れているけれど、特に違和感とか嫌悪感とかの感情はない。


 インテリアとかの疑問はあれど、海外に旅行したりホームステイした時のような感覚によく似ている。


 これなら上手くやっていけそうだ。


 あとはルームメイトに挨拶をするのみ。


 夜歌はどんどん部屋の奥へと進んでいく。


 そして部屋の突き当たりには広いスペースがあり、そこの左側に人影が見えた。ルームメイトに違いない。


 緊張はない。だって、男なんだ。


 気楽に、フラットに、これからよろしくって言って仕舞えばいい。簡単な事である。


 そんなことを考えていた夜歌を裏切るように、ルームメイトの素性は他と一線を画していた。


 ベッドに座る白髪ロングでキリッとした目、全身を日本でよく見た白と黒を基調としたメイド服で包む、一人の人物。


 どう見ても、女の子。


「え────?」


 夜歌の女の子緊張センターが最高潮に上り詰めた。


 ただでさえ気張ってないと緊張してしまうのに、男というフェイントを出されて、女の子みたいな人がいたらそりゃそうなる。


 だって、マジで女の子にしか見えない。


 何度目を開け閉めしても、女の子に見える。


 長い髪を耳にかき上げる動作、ベッドでの座り方、立っている夜歌を見上げる視線の動き。


 全ての所作が女の子のものだった。


「あ、ごめんね────!!」


 ぼーと立ち尽くす夜歌を見て、慌ててメイド服のルームメイトは夜歌に駆け寄る。


「私は清舞黎人きよまい れいと。世間一般的な言葉で表すなら、女装メイドです。……よろしくね?」


 清舞黎人と名乗る彼は、夜歌の手を握り親密ように接してきた。


 脳の処理が追いつかない。


 動作に加えて声まで女の子みたいだった。


(やばい、脳が焼け切れそうだ。この子が男!?本当に?男なのか!?)


 夜歌はパニックだった。


「そうだ君、名前は?」


「あ、!!」


 突然名前を聞かれて、ふと我に帰った。


 我ながら急に切り替えられるのは凄いな、と自画自賛したいところである。でもやっぱり、男には見えないよなぁ。


「俺は、秦凪夜歌。ここに来るまでの職業は、探偵ってところかな」


 自己紹介を聞いて、黎人は「ふーん、探偵かぁ」と小声でつぶやく。


「よし夜歌君、仲良くしましょう!私の事は気軽に黎人とでも呼んでください。入学式というか、入学決闘の時間が迫ってます。はやく準備して行きましょう?」


「わ、わかった!」


 夜歌の波乱に満ち溢れた学生生活は今、幕を上げたのだった。

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