第2話 目覚め

昏い、ここはとても…昏い。


 俺が生まれる前、つっても何百年も前の話だが、確かこんな場所にいた気がする。

 昏くて、でも暖かくて安全な場所。

 でも、早く外に出たくって、ある日俺は外に飛び出した。

 

 それから…そうだ。

 どうしていいか分からなくって、うろうろしていたら、ちょうどあんな風に、明るい光の玉が見えてきて……


 って、なんだあの光。新手の魔法か?

 薄い桜色の、仄かな光。


 グルグルと小さい円を描いたかと思うと、左右を迷いながら、方向を左と定めて進んでゆく。


 おーい、ちょっと待ってくれ。ここがどこか、知っているのなら教えてくれないか。

 ひとりでいるのは、寂しい。


 俺は、その桜色の光球体の後を追った。

そいつは、微かな光を放ちつつふよふよと漂っている。


 ゆっくりと進んでいるように見えるのに不思議と追いつくことはできず、近づきも遠のきもしない、一定の距離を保ったまま、前に進んでゆく。

 時折、右や左に向きを変えるそれは、まるで自分が何処へ行こうとしているかを、知っているようだ。


 どれだけの時間、そうやって浮遊していたのだろうか。

 ある時それは、ぴたっと進むのを止めた。

 初めて俺たちの距離が縮んだ。

 くるん。

 桜色の光球体そいつは突如、俺のほうに振り返った。


-あなた、どうしてわたしに着いてくるの?-


思念が俺に問いかけてくる。

何と、会話ができるのか。俺は喜んだ。


-だってここには俺たちしかいないだろ?

なあアンタ、

俺はここを出たいんだ、どうやったら出られるか、知ってるんなら教えてくれないか-


-何故出たいの?ここは、こんなに暖かくって心地良いのに。

外は大変。

 痛くて、怖くて、辛くて、悲しいことばかり。

 だから、今の貴方みたいにくすんだ色になってしまうのよ。出たって、いいことなんてひとつもない-


聞いているうちに、俺は辛く、悲しい気持ちになってきた。

死の間際の、痛みや悔しさ、憎しみが蘇った。だが──


-ここは、とても昏くて……嫌だ。

俺はもっと、眩しいくらいに光が満ちた場所に行きたいんだ。例えその熱で、我が身が何度焼かれようとも-


-本当に?そこに、どれほどの苦痛と汚辱が満ちていたとしても?-


-ああ。そんなもの、力で跳ね返してやるんだ。なんだオマエ、そんなことを訊くってことは、やっぱり出る方法を知ってるんだな?

 なあ頼む。俺をここから出してくれよ。

 あんた、神様ってやつなんだろ?

 何でもやる、絶対に言うことを聞くからさ-


-……そう、ね。私は神様ではないけれど。

 ならばここから先へ進むといいわ。少し行くと、大きく光る球体がある。

 それは、あなたに気付けばエネルギーを吸収しようと吸い寄せてくるわ。


 でも、あなたはそれを拒まずに、自分から、真っ直ぐそれにぶつかりなさい。吸収されないように、合体するの-


-わかった。でも、ここから先に道なんて-


壁のような暗闇を見渡した俺の前で、


-ちょっと待ってて-


 桜色の球体がブルブル震え出したかと思うと、ブワッと膨張した。


-うおっ!-


 その瞬間。

 急速に視界が開け、一際眩しい黄色の光が、遠くに輝くのが見えた。


 それは、ここまで真っ直ぐに一条の光を放ち、道を照らし出している。


-さあ、行って。あの光が消えてしまう前に-


 その思念に弾かれたように、俺はその道を走り出した。

 いつしか俺の思念は、以前の形を取り戻していた。ちゃんと走る足がある!


 道のりは、さほど遠くない。

 なぜならそいつは、あの桜色の言う通り、力づく、強い引力で俺を引き寄せているから。


 凄まじいスピードだ。


 -くっ-


 さらにそれは、近づくにつれて引力を増し、実感を伴う、熱く大きな光となって、目の前に迫ってくる。


 -くそ、アイツの言う通りだ-


 このままでは、俺は吸収されるだけ、アイツの一部となって、自我のないただのエネルギー体となってしまう。


 だがもう、後戻りはできない。

 黄色い光は、もう太陽みたいに熱く、間近に迫ってきている。


 やば、死ぬ!


 俺は思わず目を閉じた。

 が、

 ちょっと待て。


 そこで再び、俺は思い出した。

 桜色が言っていた。


『自分から、真っ直ぐそれにぶつかりなさい。吸収されないように、合体するの』


 そうか、要は負けんなっつうことだ。

 俺は、無理矢理に目をこじ開けた。


 すると、黄色い太陽は強烈な光を放ちながらも、明滅と膨張を繰り返している。

 そうかこいつ、もう命が尽きようとしているんだな。


『さあ、行って。あの光が消えてしまう前に!』

 桜色あいつの言っていた意味が分かった。


 さらに近づくと、か細い声が聞こえてくる。


 だれか助けて、怖い、痛い、死にたくない…

 悔しい、負けたくない…

 力、力…力が…欲しい。


 成程、あの思念の持ち主か。

 待ってろよ、今から俺が行くからな。世界最強の魔王と言われたこの俺が。


 お前の身体ごと、貰い受けに。


 黄色い太陽は、もう目と鼻の先だ。身体の形を保っていられないほどの強いG《圧力》で

引っ張られる。


 強い光に、閉じてしまいそうな目を無理矢理かっぴらく。


 球体の中に、華奢な女の身体が見える。どうやらこの思念の持ち主のようだ。

 っしゃあ!

 女と合体、大得意だぜ。


 無防備に身体を大の字に開く。


 

「だぁらあああああああああああああああっっ!!」




合体!













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