第43話 幕間ピクニック
千隼と綾がECUのバグを発見してから三日が経つ。
久々に手に入れた三連休にもかかわらず、千隼は「季節料理 鷹花」の仕込みを熱心に手伝っていた。千隼がスーパー銭湯を退職してレーサーに転向して以来、こんなに時間があるのは珍しい。
その時、彼女のスマホにメッセージが届く。バシル・チームマネージャーからだ。
≪チハヤとアヤの言った通り。本部の連中平謝り。お手柄だ≫
千隼はスマホをポケットにしまい、厨房でそら豆を選別しているさとみに声をかける。
「エンジン、やっぱりあたしたちが言った通りだったって。バシルさんからメッセージ来た」
「そうだったんだ。ちーちゃんすごい!」
さとみは笑顔を見せる。まるで自分のことのように喜ぶさとみに、千隼は少し照れて笑った。
だけど、最近の二人の関係には、何となく微妙な距離感がある。千隼の心の奥には、どうしても忘れられないあの晩の記憶があった。綾にひしと抱きつかれているところを見た時の、さとみの驚いた顔。その表情が、千隼の心を重くしていた。それからというもの、さとみが完全には心を開いてくれていないような気がする。何とかしなくてはいけない。
二人で黙々と作業を続ける中、千隼が突然ぽつりと呟く。
「ね、デート行こっか」
「えっ?」
さとみは不意を突かれて手を止めた。
「だから、デート。去年の『新婚旅行』以来、それらしいことしてないよね……?」
千隼の言葉にはどこか遠慮がちな響きがあった。
「ああ、確かにそういえばそうね」
さとみは、少し上を見つめて物思いにふける。
「どこか行きたいところある?」
「うーん…… 温泉、かな」
さとみは少し照れくさそうに答えた。
「温泉? 渋い選択だね」
「そう? 実は、『新婚旅行』で行った湯の川温泉が、私にとって初めての温泉旅行だったの」
さとみが楽しそうに笑顔を浮かべる。
「えっ、そうだったんだ。意外だね」
千隼は驚きながらも、さとみの言葉に微笑み返す。
「あそこ良かったなあ。だから、また行ってみたいなって思って……」
「うん、いいね! 明日ならあたしもオフだし、『鷹花』も休みだし……」
「じゃあ、決まり!」
さとみの目が輝く。その無邪気な表情に、千隼も自然と頬が緩んだ。
「もちろん、今回はあたしに任せて! どこでも連れて行ってあげる」
千隼が胸を張って言うと、さとみがクスッと笑った。
「楽しみだなあ」
その夜、布団に入ったさとみが久しぶりに嬉しそうな顔を見せた。その笑顔に、千隼の心も温かくなる。
「おやすみ、さとみ」
「うん、おやすみ、ちーちゃん」
翌朝、千隼が目を覚ますと、さとみはすでに布団を畳んでいた。着替えて階下の厨房に降りると、さとみが何かを包んでいるのが目に入る。
「おはよ」
「あ、おはよ、ちーちゃん」
さとみは笑顔で振り向き、テーブルの上には可愛らしいランチクロスに包まれた何かが置かれていた。
「これって……もしかしてお弁当?」
千隼は少し驚いた表情を浮かべた。
「ふふ、お昼のお楽しみ」
さとみは少し得意げに頷く。
「朝からありがとう。でも、そんなに無理しなくても良かったのに」
千隼はさとみの肩に手を置き、優しく微笑む。
「ううん、いいの。その代わり、ドライバーはちーちゃんだからね」
さとみはいたずらっぽく言った。
「はい! 誠心誠意、安全運転でおもてなしします」
千隼が冗談めかして答えると、さとみは思わずクスクスと笑った。
「ふふっ、楽しみだなあ」
さとみの笑顔が、千隼にとっては何よりの宝物だった。彼女のために今日一日、最高のデートを提供しようと心に決める千隼だった。
【次回】
第44話 足湯、渓流釣り
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