第18話 消えた千隼

 それから、千隼の姿は「季節料理 鷹花」から消えた。


「今日も来ないんだ……」


 今日も誰もいない店内で独り言を呟くさとみ。さとみはここ一週間毎晩ずっと、カウンター越しに空席を眺めてばかりいた。いつもなら、千隼が座っているはずのその席は、いつも空いたままだった。料理を作りながら、何度も目をやるが、そこに千隼の姿はない。こんなことならLINE交換でもしておくんだったと、客と店員という立場をわきまえぬ思いまで浮かんでは消える。いっそ、あのスーパー銭湯を訪ねようかとさえ考えた。だが会ってどうする。その先が思い浮かばない。会ってどうする。何を言えばいいんだろう。


 あの時、ちーちゃんは何を考えていたのか。さとみは幾度となく、あの夜からのことを思い返していた。遥歌が現れた瞬間から、千隼の表情に差し込んだ暗い影を。自分が遥歌に気を取られている間、千隼は何を感じていたのか。もしかして…… 私は何か大切なものを見落としていたのではないか。


 そんなことを考えても仕方がないと、自分に言い聞かせる。けれど、店内のいつもの場所には寡黙で控えめで、だけど誰よりも存在感のある千隼の姿があったはずなのに、その千隼という光が消えてしまった店は、まるで火が消えたかのように静まり返っていた。千隼の足が遠のいてからというもの、不思議と客足もぱたりと途絶えた。


 カウンターに座る今では数少ない常連客と会話を交わしても、心の中では何かが欠けている。千隼がいないと、店の空気がどこか違って感じられる。


「あの人、どうしたんですかね?」


 遥歌がそう聞いたとき、さとみは無意識に作り笑いを浮かべていた。


「忙しいのかな、きっと……」


 そう言いながらも、自分でもその言葉に違和感を覚えていた。しかし、他に何も言えなかった。ただ、虚しい笑みを浮かべてやり過ごすしかない。


 そんなさとみの様子を、志乃は静かに、そしてどこか寂しげな目でそっと見つめていた。


 あの夜から感じていた小さな痛み。さとみの胸の中で生まれつつあった大切な何かに、小さくも深いひびが入っていくかのような感覚。それはほんの小さなひび。けれど、その先に何が待っているのか、さとみにはまだわからなかった。ただ、そのひびがさとみの中の大切な何かを粉々に砕いてしまう前に、自分は何かをしなくてはならないような、そんな焦燥感がさとみを支配していた。


【次回】

第19話 千隼の答え

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