第8話 ルード視点 クラウにきついことを言ってしまったら天罰が下りました

「な、何を笑われるのですか?」

「そうよ。いくら帝国の偉い方でも、とても失礼ですわ」

「本当に許せませんわ」

笑った俺に対して親娘三人がむっとして文句を言ってくれた。


「忙しい俺様がわざわざ時間をやりくりしてここに来てやっているんだ。

俺様が、そのような父親の反対などという下らない理由で引き下がるとでも思っているのか?」

馬鹿にしたように俺は吐き捨てた。

そうだ。そんな理由でおめおめ帰ったら、本当に母に家から叩き出されかねない。


それに今しがた、クラウにつけたハイデマリーよりクラウの背中に鞭打たれた傷があると報告があった。

クラウを鞭打っただと。

俺はもう完全に切れていた。

こうなったら徹底的にやってやる。


「何を仰っているのです。この国では娘の行動には父親の賛成がいるはずで……」

「黙れ! 貴様はそもそもこの男爵家の当主ではないだろうが」

俺様はもう容赦はしなかった。昔世話になったからと口調も改めていたが、クラウをここまで虐めるのを見逃していたこいつも許さない。


「何を仰います。私は現にこのオイシュタット男爵家の当主で」

ムッとしてアロイスが言い返すが、

「そもそも貴様はクラウディアの母のエレオノーレ殿の入り婿のはずだ。違うか外務卿」

俺は横の外務卿に聞いていた。


「それはその通りです」

外務卿は俺に頷いた。


「では正当な男爵家の跡取りは誰だ?」

ルードの問いに外務卿は少し考えていたが、

「当然、エレオノーレ殿の実の娘のクラウディア嬢でしょうな」

「な……」

外務卿の答えにアロイスは固まっていた。


「ただ、クラウディア嬢はまだ成人なさっていらっしゃいませんから、それまでは仮の当主として、アロイス殿が男爵を継いでいらっしゃるだけです」

「……」

その言葉にアロイスは完全に黙った。


「そんな馬鹿な、あなた嘘よね」

「そんなのあり得ないわ。そうでしょう。お父様。クラウディアはメイドとして飼い殺しにして、この男爵家は私に婿を取って継がせるって話をしていらっしゃったじゃない」

コイツラ本当に馬鹿だ。俺がほしい言葉以上のことを話してくれた。


「カミラ、黙っていなさい!」

アロイスが慌てたがもう遅い。

「だってお父様がそう言っていたじゃない」

コイツラの娘は不満そうだ。


「おいおい、外務卿。この家では男爵家の簒奪が計画されていたみたいだが、どうするのだ?」

俺は外務卿にどうするか聞いていた。これは完全な簒奪の計画だった。

カッセル国内ならば握りつぶせたかもしれないが、宗主国の貴族の前で話されたことなのだ。


「いえ、そのような事はないでしょう。なあ、オイシュタット男爵」

俺の言葉に外務卿は慌てた。


「さようでございます。娘が勘違いしていただけで」

「何を言っている。現当主のクラウディアをメイドにしている段階で、証拠は十分だろう」

厳しい視線で俺は外務卿を睨みつけてやったのだ。


「いや、あの、まあ、そうですな」

「この状態をどうしてくれるのだ。外務卿は?」

俺は最後通牒を突きつけた。


「いえ、直ちに陛下にご相談してしかるべく対応させて頂きます」

外務卿はもはやそう答えるしか道はなかった。


「そ、そんな」

「嘘!」

継母と義妹は蒼白になった。

やっと自分たちのしていたことがとんでもない事だと気づいたのだ。


「そうだな。十分吟味して処分してくれ」

そう言うと俺はわざと立ち上がった。


「ルード様。お許しください!」

「この身はルード様に捧げますので何卒お許しください」

この二人は馬鹿なことに俺にすがりついてきたのだ。

帝国貴族の高位貴族である俺様に……許しもなく。

外務卿が蒼白になった。


「ええい、気やすく触れるな」


パシーン、パシーン

俺はクラウの恨みを込めて二人を引っ叩いてやったのだ。

本当に良い音がした。


「キャッーーーー」

頬を押さえて二人は床に投げ出されていた。

いい気味だ。

「こいつらを拘束しろ」

俺は騎士に指示した。


「少しだが、クラウの仕返しをしてやったぞ」

俺はクラウに小声でささやくとウィンクしたのだった。



アロイスは1年間の謹慎処分。継母と義妹は処分は王国に任せるとのことになった。

恐らく1年間の修道院での再教育という感じになるみたいだ。

これで良いはずだ。俺は浅はかにもそう思ってしまったのだ。

母の事をあまり考えていなかった。


これで母の言いつけも守ったし、すぐに帰らねばなるまい。

もう少し一緒にいてクラウを慰めたい気もしたが、時間がない。

外務卿からクラウの学園での準備費を分捕ると、俺は慌ててクラウを連れて帰ることにした。

でも、外務卿は後始末で残ると言ったので、クラウと二人きりの馬車になった。


婚約していない男女が一緒の馬車に乗るのは不味くないか?

でも、俺の騎士たちは馬をカッセルに借りて乗ってきていた。

馬を返さねばならないし。


そう言えばクラウをエスコートしてやれば良かった、と思ったのは馬車に乗り込んだ後だった。

俺も動揺していたのだ。

クラウは祖母や母に似たのだろうか、とてもきれいになっていた。二人共絶世の美人と評判だったし。


俺はできるだけクラウを見ないように、馬車の中で持ってきた仕事をしたのだ。

クラウには学園の資料を渡した。

どうしてもクラウを見てしまうが、仕事に集中しなければ……


でも、どうしてもクラウの気配を感じてしまうのだ。

これではいけない。

俺は焦った。


「そう、それと学園内だが、俺には、馴れ馴れしく口をきいてくれるなよ」

いや違う。そんなきつい言葉を言うつもりはなかったのだ。

学園で俺に馴れ馴れしく話しかけたら、皆から注目されてクラウが虐められるかもしれないから前もって注意しようと言っただけなのだ。

でも、今の言葉では話しかけるなと言ったようなものだ。

またやってしまった……

焦ったが口から出たものはもう仕方がなかった。

言い訳しようと思ったが、また変なことを口走るとまずい。


俺は諦めて、仕事に集中しようとした。


でも、資料の中身が全然頭に入ってこない。

俺は焦りだした。

そんなだから、クラウの様子をよく見ていなかったのだ。


クラウが青い顔して口元に手をやるのが見えた。


「おい、どうした?」

口を押さえてフラフラしているクラウを俺は慌てて抱えた。

どうしたら良いか判らないが、背中をさすってみた。

でも駄目だ。


「おい、馬車を止めろ!」

御者に叫んだが、間に合わなかった。

俺はクラウに冷たくしたから天罰を受けたのだ。

クラウが盛大に吐いてくれたのだ。


「おい大丈夫か? クラウ!」

俺は吐き出したクラウの背中を必死になでてやった。


「ルード様?」

「俺は大丈夫だ。クラウが」

「クラウディア様」

ハイデマリーが代わってクラウの世話をしてくれた。



「クラウディア様は馬車に酔われたのでは?」

「ルード、クラウディア様に馬車の中で資料読ませるのはまずかったのではないか」

側近たちが言ってくれたが、そう言うことはもっと早く言えよ!


ハイデマリーに着替えさせられたクラウを乗せて馬車は動き出した。

今度は遠慮するクラウを馬車の進行方向に乗せたのだ。

最初からこうすれば良かった。

俺の配慮が足りなかった。


クラウはまだ苦しそうだ。


出来たら横で昔のように膝枕してやりたいが、流石にこの年になっては無理だ。

というかさっきの発言からあまりいい印象は持たれていないみたいだ。

なんであんな事を言ってしまったんだろう。

俺は馬車の中で後悔したのだ。


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