21.マリナの怒り
「倒したのね……」
魔力を大量に使ったマリナはホッとして力が抜け、その場に倒れ込みかけた。それを支えるアルジャノーン。
「マリナ、お疲れ様。よく頑張ったな」
「頑張っていたのはアルの方よ。ヴィクター様とエヴァンジェリン様も」
マリナは力なく微笑む。
相当消耗しているようだ。
「アルジャノーン殿、エヴァンジェリン嬢、ヴィクター殿、そしてマリナ嬢。この度の魔獣退治、誠に感謝します。特に、マリナ嬢のお陰で闇の魔獣を倒すことができました」
ジュエル王国の第二王子であるジェフリーは、マリナ達に誠意を持って感謝を伝える。
(ジェフリー殿下……本当に王太子エドワードの弟なの? 国王陛下といいジェフリー殿下といい、ものすごくできた方ね)
マリナは内心エドワードに対して失礼なことを考えていたが、今までの仕打ちを考えるとこのくらい許されるであろう。
ジェフリーは改めてマリナに目を向け、
「マリナ嬢、それから兄のことで弟として謝罪します。国王である父から兄の学園での貴女への所業を聞きました。マリナ嬢、兄が本当に申し訳ありません」
ジェフリーには正直無関係にも関わらず、真剣な謝罪である。
「ジェフリー殿下、頭を上げてください。ジェフリー殿下は何も悪くありませんから」
逆にマリナの方が慌ててしまった。
「あの後、父と話した結果、兄は廃嫡し王家から籍を抜くことにしました。これで貴女の溜飲が下がるかは分かりませんが、兄達は貴女の輝かしい時間を奪い、結果として女神アメジスト様と同じ魔力を持つ貴女をアステール帝国に流出させる罪を犯した。近い将来その罪を償ってもらう予定ですから」
ジェフリーは真面目に話していた。
(……結構
戦闘の疲れのせいか、どこか他人事のマリナであった。
そして騎士団の者もやって来る。
「お疲れ様でした。魔獣などの後処理は我々騎士団にお任せください。学生や教師の方々は一旦避難所へどうぞ」
騎士団の者がそう指示したので、マリナ達はそれに従うことにした。
「マリナ、歩けそうか?」
アルジャノーンは心配そうにマリナの顔を覗き込む。
「……分からないわ。足に力が上手く入らなくて」
マリナは眉を八の字にして困ったように笑うことしかできない。
「分かった」
次の瞬間、アルジャノーンは軽々とマリナを横抱きにした。
「え……!? アル……!?」
思わずマリナの心臓が跳ねる。
「まあ……! 押しカプのお姫様抱っこが……!」
エヴァンジェリンも戦闘で消耗していそうなのだが、マリナがアルジャノーンに横抱きにされている様子を見てテンションが上がっていた。
「エヴァンジェリンは相変わらずだね」
ヴィクターは苦笑していた。しかしその緑の目は愛おしそうにエヴァンジェリンを見つめている。
こうして四人は学園内の避難所へ向かった。
ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ
避難所は怪我をした生徒達でごった返していた。
マリナはようやく自分の足で歩けるようになり、アルジャノーンに降ろしてもらった。
そんな中、無傷なマリナ達四人はかなり目立っている。おまけにプラチナブロンドの髪に紫の目のアルジャノーンの姿を見て訝しむ者もいた。
「マリナ・ルベライト! 今すぐ
マリナを見つけて詰め寄る令嬢がいた。
マリナは薄紫の目を大きく見開く。
その令嬢は、炎の魔力を持つ魔獣の攻撃を受け、顔を焼かれていた。皮膚が爛れ、元の顔が分からない状態だ。
しかし、声でマリナは誰か判断できた。
「ドロシア様……?」
目の前にいる顔を焼かれた令嬢はドロシアだった。
「そうよ! 貴女は光の魔力をもつのだから今すぐ
威圧的な態度のドロシア。
『殿下は炎の魔力をお持ちです。でしたらマリナ・ルベライトへの罰は彼女の顔を焼くのはいかがでしょう?』
マリナがエドワード達に冤罪をかけられていた時のドロシアの言葉を思い出す。マリナの心はスッと冷えた。
ドロシアから受けた嫌がらせは事細かに覚えている。
「あ! 自分だけ狡いぞ! 俺の腕も治せ! こんなんじゃ生活できないんだぞ!」
今度はマリナに暴力を振るった男子生徒が詰め寄る。彼は魔獣に右腕をもぎ取られていた。
マリナに嫌がらせをしたり、暴力を振るった生徒達は魔獣達の攻撃により大怪我をしている。
ドロシアみたいに顔や他の部分を焼かれた者。四肢欠損になった生徒達。中には四肢の全てを失った者もいた。おまけに最初にマリナを殴った男子生徒は魔獣からの攻撃で頚髄損傷し、首から下がこの先一生動かない状態になっている。
マリナは彼らを見て、可哀想だとは全く思わなかった。
(私にいじめや嫌がらせをしておいてその態度……?)
むしろ、天罰のように思えた。
アルジャノーンやエヴァンジェリンも、不快そうにマリナに詰め寄る者達を見ている。ヴィクターもあまりいい表情をしていない。
「どうして私が光の魔力を使って治癒しなければならないの? 私にあんなことをしておいて……!」
怒りで震えるマリナ。
「あんなことって……。分かったわ。悪かったわよ。これで許してもらえるかしら?」
「俺も悪かったって」
皆口々に謝罪の言葉を言うが、仕方なくといった感じだった。
「そんな軽くて価値のない言葉だけでどうして私が許さないといけないの? そんな価値のない言葉だけで……!」
マリナの怒りは収まらないようだ。薄紫の目は、キッと全体を睨んでいた。
「私は貴女達全員治す気はないわ」
マリナは冷たく言い放った。
「何ですって!?
「右腕なしでどう生活しろって言うんだ!? あいつも頸髄損傷して寝たきりなんだぞ! 俺達の未来はどうなるんだ!?」
勢いよくマリナに詰め寄る者達をアルジャノーン達が制する。
「それが何? たかが顔を焼かれただけ、たかが右腕を失っただけ、たかが頸髄損傷して寝たきり生活なだけじゃない。私が受けた精神的苦痛を考えたら軽いのでは? いじめ加害者に未来なんか必要ないのよ」
マリナは低く冷たい声だ。怒りに身を任せていた。
「これは何の騒ぎだ?」
そこへやって来たのは王太子エドワード達五人。マリナを酷い目に遭わせた元凶達である。
彼らは避難所の大多数の生徒達と違い、無傷だった。
(今度は何かしら?)
マリナはエドワード達に冷たい目を向けるのであった。
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