20.緊急事態(残酷描写あり、閲覧注意)

※モブキャラの四肢がもがれる等の残酷なシーンがあります。苦手な方はブラウザバックを推奨します。


「さあ、そろそろお開きにしましょうか」

 エヴァンジェリンがそう切り出した。

「そうだね、そろそろ日が傾き始めている」

 ヴィクターの言う通り日は傾き、ガーネット公爵邸の庭はオレンジ色に染まり始めていた。

「だけど、俺達はアステール帝国の学園に行くことが決まったことだ。ジュエル王国学園には戻らない方がいいと思うな」

 アルジャノーンが考えながらそう提案する。

「エヴァンジェリン様はここにいればいいとして、私達はどうすればいいかしら? ルベライト男爵領までは結構遠いし、アルやヴィクター様のご実家はアステール帝国よ」

 マリナは素直に疑問をぶつける。

「それならば全員ガーネット公爵邸に滞在しましょう。お父様からの許可ならすぐに取れるわ」

 ふふっと得意げに微笑むエヴァンジェリン。

 その時、慌ただしい足音が響き渡る。

「……何かしら?」

 エヴァンジェリンは怪訝そうに首を傾げる。

 マリナ達も不思議そうに足音が聞こえる方に目を向ける。

 足音の主の男性がマリナ達がお茶会をしている庭園で足を止めた。

「エヴァンジェリンお嬢様……! 帰っていらしたのですね! よかった……!」

 先ほどまで血相を変えていた様子だったが、エヴァンジェリンの姿を見た瞬間安心した男性。

 彼はガーネット公爵家の使用人だ。

「ええ。色々あって戻っていたわ。一体何があったの?」

 やや不安そうなエヴァンジェリン。

「実は、学園に魔獣が出たと報告がありました。おまけにその魔獣は闇の魔力を持っています」

「闇の魔獣……!」

 使用人の言葉にエヴァンジェリンは真紅の目を見開く。

(もしかして、イベントの……! やっぱり、ゲームの強制力というやつかしら?)

 先ほどまで魔獣はもう登場しないだろうとたかを括っていたマリナも驚いていた。

「被害はどのくらいだ?」

 アルジャノーンが聞くと、使用人は少なくともまだ学園内だからそこまで酷くはないはずと答えた。

「ただ、学園内だけで対応できるのか……?」

 ヴィクターは少し考え込む。

(もし学園内で対応ができなくて、街に闇の魔獣が出てしまったら……)

 最悪の状況を考えたマリナ。

(アルと一緒にレポート課題の調べ物をしていた時、闇の魔獣を使役したり撃退できるのは光の魔力を持つ者だけと本に書いてあったわ。無関係の街の人達が被害に遭うなんて絶対に駄目よ)

 マリナはグッと拳を握る。覚悟を決めた表情だ。

「私は学園に行きます。闇の魔獣が街に出る前に倒さないと……!」

 薄紫の目は凛としていた。

「ならば俺も行く。マリナ一人にはさせない。それに、魔獣との戦闘には慣れている」

 アルジャノーンはフッと力強く微笑む。頼もしげな笑みだ。

「アル……ありがとう」

 マリナは少しホッとしたような表情だ。

「ならばわたくしもマリナ様達と一緒に行くわ。魔獣攻撃に応用可能な魔道具を集めてちょうだい」

 エヴァンジェリンも学園に戦いに行く決意をし、使用人達に魔道具を集めるよう命じた。

 すると使用人はすぐに準備に取りかかる。

「僕も、行かない理由はないね。僕の風魔法も少しは役に立つと思うよ」

 ヴィクターは落ち着いた様子である。

「そうと決まれば行きましょう!」

 マリナが皆にそう声をかけると、三人は力強く頷いた。

 こうして、マリナ達四人は闇の魔獣が出現した学園に急いで向かった。



ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ



 学園は阿鼻叫喚の嵐だった。

 どうやら闇の魔獣が仲間を引き連れていたようで、学園内の至る場所が魔物により破壊されていた。

 逃げ回る生徒達。そして魔物は生徒達にも容赦なく襲いかかる。

 風の魔力を持つ魔物が放った攻撃により、学園の天井が落ちる。不幸にもその場にいた生徒達は天井の下敷きになってしまった。

 魔獣達を率いている闇の魔獣は、闇の魔力を無差別に撒き散らかし、周囲の生徒達の意識を奪って踏み潰した。中には魔獣に四肢をもがれた学生もいる。

「これは酷いわ……!」

 マリナは少し怯えてしまう。ふと隣にいるエヴァンジェリンに目を向けると、彼女も絶句していた。

 マリナ達の前世はこういった惨状とは無縁だったのだ。

「俺とヴィクターで魔獣達の動きを止める。エヴァンジェリン嬢は魔道具を使って援護射撃を頼みたいが、できるだろうか?」

 アルジャノーンは魔獣との戦いに慣れているお陰か冷静だった。

「……分かりましたわ」

 エヴァンジェリンは深呼吸をし、頷いた。気持ちを切り替えることができたようだ。

「マリナは俺が弱体化した闇の魔獣の後始末を頼む。完全に闇の魔獣を倒せるのは君しかいない」

「ええ、分かったわ、アル」

 マリナも覚悟を決めて頷いた。

「闇の魔獣以外は僕が引き受けます!」

 ヴィクターは風の魔力を発動し、魔獣達の動きを阻止する。

 風がバリアのようになっていた。

 更に風を自在に操り、鋭い刃のように魔獣達を攻撃する。

「エヴァンジェリン、援護射撃を頼めるかな?」

「ええ、やってみるわ」

 エヴァンジェリンは魔道具を準備して自身の炎の魔力を込めた。

 エヴァンジェリンが持つ魔力の属性は炎である。

「行くわよヴィクター! コントロールには自信ないから避けてちょうだいね!」

 エヴァンジェリンは魔道具のスイッチを押した。

 すると魔道具から勢いよく炎が噴射する。

 強火の火炎放射器である。

 エヴァンジェリンの火炎放射器は、見事に複数体の魔獣に直撃し、魔獣達はその場に崩れ落ちた。

「……意外と楽しいわね」

 エヴァンジェリンは爽快な表情である。

「エヴァンジェリン様、そのまま突き進めば戦闘狂まっしぐらですよ。ほどほどにしてくださいね」

 マリナは魔道具を用意しながら苦笑した。

 一方、アルジャノーンは炎の魔力と水の魔力を駆使して魔獣と戦っている。

 アルジャノーンは魔獣からの攻撃を水の魔力で相殺し、炎の魔力で魔獣を攻撃する。更に水の魔力を応用して魔獣を凍らせて動きを封じていた。

 アルジャノーンは涼しい表情でそれらを全て同時に行っている。

(アル……本当に強いのね。まるで炎と水と氷のイリュージョンだわ)

 マリナは思わずアルジャノーンに見惚れていた。

「マリナ、援護を頼む!」

「分かったわ!」

 アルジャノーンの声にハッとし、マリナはエヴァンジェリンが用意した射撃用の銃に光の魔力を込め、魔獣目がけてトリガーを引く。

 光の魔力が込められた銃弾は見事に魔獣に的中した。魔獣は苦しそうな呻き声を上げる。

 魔獣は光の魔力に弱いのだ。

(エヴァンジェリン様が狙い撃ちできる機能をつけてくれたお陰で手元が狂わなかったわ。これなら前世射撃未経験でもなんとかなりそうね)

 マリナは冷静に深呼吸をし、再び魔獣を狙い銃弾を撃ち込んだ。

 マリナ達四人は力を合わせ、魔獣達を撃退していた。

 そこへ、勢いよく騎士団がやって来た。

「魔獣を食い止めていただき感謝します! 我々騎士団も魔獣撃退に来ました!」

 蜂蜜色の髪に黄緑の目。どことなく王太子エドワードに似た、マリナよりも年下の少年だ。

「貴方は……」

 マリナは少し戸惑う。

「彼はジュエル王国の第二王子ジェフリー殿下よ。王太子エドワードと違って魔力量も多くて有能なの」

 エヴァンジェリンがコソッと教えてくれた。何気なくエドワードに失礼である。

「俺は闇の魔獣を食い止めている。ジェフリー殿達は向こうのヴィクターという男と一緒に他の魔獣を食い止めて欲しい」

 アルジャノーンは迷いなく指示する。

「承知しました。では闇の魔獣はアルジャノーン殿にお任せします!」

 ジェフリーは騎士団を引き連れてヴィクターの元へ向かった。

 こうして、騎士団の者達の戦力も加わり、魔獣退治は格段にマリナ達に有利になった。

 ちなみに、ジェフリーは水と風の魔力を持ち、魔獣の顔周りだけに吹雪を起こして視界を奪っていた。その隙に、騎士団の者達が剣で魔獣を始末するのである。

(ああいう戦い方もあるのね)

 マリナは感心していた。


 一体、また一体と、魔獣の数は減っている。

「マリナ、仕上げを頼む!」

 アルジャノーンは弱らせた闇の魔獣を前に、マリナにそう頼んだ。

「分かったわ」

 マリナは深呼吸をし、光の魔力を発動させる。

 闇の魔獣はマリナの光の魔力により、呻き声を上げて更に弱体化し、ついに力を失い倒れるのであった。

 マリナ達は魔獣を全て倒したのだ。

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