10.自覚する想い・前編

 エヴァンジェリンと過ごす時間が増えたことで、マリナへのいじめや嫌がらせは格段に減った。

 下手なことをしてガーネット公爵家からの不興を買いたくないようだ。

(相変わらずドロシア様からの嫌がらせはあるけれど、学園生活は前よりも快適だわ)

 寮の自室でマリナは明日の準備をしながら最近のことを振り返っていた。

(家族からも心配されていたわ。もう大丈夫だということを手紙で伝えましょう)

 マリナは封筒と便箋を準備した。

 家族からの温かい手紙に何度も心を救われていたのだ。

 特に歳の離れた二人の兄からは三日に一度のペースで手紙が届いていた。

(お兄様方、心配症ね)

 マリナはやれやれとため息をつくが、薄紫の目はどこか嬉しそうだった。


 ルベライト男爵家の家族はマリナが王太子達に何もしていないことを信じてくれた。そして幸いルベライト男爵家への嫌がらせはないので家族や領民達には影響がない。そのことについてはマリナもホッとした。


(さて、どう返事を書こうかしら?)

 マリナはワクワクしながら家族へ近況報告の手紙を書き始めた。



ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ



 数日後。この日は休日である。

 マリナはあらかじめ外出許可をもらっており、街に魔法関連の本を買いに行く予定だ。

 学園用ではなく、お出かけ用のドレスをまとい、ルンルンとした気分で学園の外に出るマリナ。

(街は久々ね。本屋だけでなく、色々回ってみようかしら)

 薄紫の目を輝かせるマリナ。

「あれ? マリナも外出か?」

「アル!」

 不意に声をかけられて驚くマリナ。

 相変わらず無造作長めの茶色の髪に、分厚めの眼鏡。その奥からのぞくオレンジの目は、優しげにマリナを見ていた。

「ええ、今日は本屋で魔法関連の書籍をいくつか購入するつもりよ。ついでに色々街を回ってみようかと思うの」

 マリナは楽しそうな表情だ。

「そうか。偶然だな。俺も本屋に行く予定だ」

 アルはフッと口角を上げる。どこか嬉しそうだった。

「マリナ、もし迷惑じゃなければ一緒に街を回らないか?」

 眼鏡の奥のオレンジの目は、まっすぐマリナを見つめている。

「ええ、いいわよ。学園に入って誰かと街を歩くなんて初めてだから嬉しいわ」

 マリナは満開の花のような笑みになった。ワクワクした気持ちが倍増したのだ。

「そうか……。ならよかった」

 アルはほんのり頬を赤く染め、マリナから目をそらした。

「じゃあ行くか。マリナが行くのもこっちの方の本屋だよな?」

 アルが目的の方面を指差すとマリナは頷く。

「ええ、そうよ。魔法の専門書を取り扱っている本屋に行く予定よ」

 こうして二人は歩いて本屋に向かった。


 目の前に広がる洗練された建物、行き交う人々はルベライト領よりも遥かに多い。皆、お洒落で明るい表情である。

「それにしても、王都は広いのね。私、初めて王都の街を歩くから新鮮だわ」

 マリナは目に映る全てのものに心をときめかせた。

「そうか。実は俺もゆっくりこの国の王都を歩くのは初めてかもしれない」

 アルはマリナの様子に眼鏡の奥のオレンジの目を優しく細めていた。

 マリナは王都の様子に夢中になっている。それゆえに、後ろから近づいてくる馬車に気づいていない。

「マリナ、危ない」

 アルはマリナを自分の元に引き寄せた。

「きゃっ」

 咄嗟のことにバランスを崩すマリナ。そんな彼女が転ばないよう抱き止めるアル。

(え……!? これはどういう状況……!? 私、アルに抱きしめられてる……!?)

 大きな体に包まれたマリナ。心臓はバクバクとうるさかった。その音はすぐ横を通り過ぎる馬車と変わらないように感じた。

「咄嗟のこととはいえ、すまない」

 アルは頬を赤く染めながらマリナを解放する。

「その、アルが気にすることじゃないわ。私も馬車に気づかなかったのだし。むしろ、謝るのは私の方よ。アルの手を煩わせてごめんなさい」

 マリナは頬を赤く染め、アルの方を見ることができなかった。

「気にするな。マリナが無事でよかった」

 アルはフッと優しく微笑んだ。

「……ありがとう」

 マリナは頬を赤く染めたまま微笑んだ。

(どうしてこんなにも胸がドキドキするのかしら……? 今まではアルといても平気だったのに)

 マリナは自身の変化に戸惑っていた。

(だけど……嫌な感じではないわ)

 マリナは自身の胸に手を当て、深呼吸をした。

「行きましょう、アル。本屋までもうすぐよ」

 マリナは明るく花のような笑みを浮かべていた。



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 本屋にて。

「やっぱり専門書が多いわね。色々と欲しくなってしまうわ」

 マリナは目の前に広がる魔法の専門書に心を躍らせた。

「この店はジュエル王国で魔法の専門書に特化した一番大きな本屋みたいだ。こんなに種類が豊富だとどれを買おうか迷うな」

 アルの眼鏡の奥のオレンジの目を輝かせていた。

「そうね。あ、光の魔力の専門書だわ。これを探していたのよ」

 マリナは本棚の上の方にあった光の魔力の専門書に手を伸ばす。しかし、マリナの身長では背伸びをしても届かなかった。するとアルが軽々と光の魔力の専門書を取る。

「マリナのお目当てのものはこれだな?」

 フッと口角を上げるアル。

「ええ、ありがとう。助かったわ。アルは……意外と身長高いのね」

 改めて自身とアルの身長差や体格差を知り、少しドキリとするマリナ。

 女性の中でも小柄なマリナ。一方、アルは男性の中ではかなり大柄だ。マリナとの身長差は頭一個半もある。

「意外とって」

 アルは苦笑した。

 穏やかで心地いい時間が流れる。

 二人はそれぞれ目当ての本を数冊購入し、本屋を後にするのであった。



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「わあ、美味しそうだわ」

 マリナは目の前に運ばれてきたフルーツタルトに薄紫の目を輝かせる。

 色とりどりのフルーツは艶やかで、まるで宝石のようだ。

 現在、マリナとアルは王都のカフェにいた。

 小腹が空く時間帯なので、カフェでティータイムにすることにしたのだ。

「カラフルだな」

 アルは一口紅茶を飲み、マリナのフルーツタルトを見てフッと笑う。

 ちなみにアルが注文したのはガトーショコラだ。

「フルーツがジューシーで、フルーツ本来の甘味とタルト生地のサクサク感が最高だわ」

 マリナはフルーツタルトを一口食べてうっとりとしていた。

「よかったな」

 アルは優しげに眼鏡の奥のオレンジの目を細め、マリナを見守るかのようだ。

「あ……はしゃぎ過ぎかしら?」

 マリナはハッと我に返り、恥ずかしそうに頬を赤く染める。

「いや、楽しそうなマリナが見られて俺は……嬉しいかな」

 アルは穏やかな笑みでガトーショコラを一口食べる。ナイフでガトーショコラを一口分に切り、フォークで口に運ぶその所作は実に優雅で気品がある。まるで上級貴族や王族のようだった。

(アルって……カトラリーの使い方が上品だわ。新興男爵家出身だと言っていたけれど、教育はきちんと受けているのね)

 マリナは思わずアルに見惚れていた。

「ん? マリナ、どうかしたか?」

 きょとんと首を傾げるアル。

「あ、いえ……何でもないわ」

 マリナはそう誤魔化し、紅茶を一口飲んだ。

「そうか。そうだ、マリナ。この後は行きたい所とかはあるのか? 寮の門限まで時間に余裕があるけど」

「そうね……」

 アルに聞かれ、マリナは少し考える。

「ルベライト領にいる家族にお土産を買いたいわ」

 家族の優しい顔を思い出し、マリナは穏やかに微笑む。

「分かった。俺も付き合う。それと、俺も寄りたい場所があるんだ」

「分かったわ。私もアルが行きたい場所に付き合うわよ」

 マリナは楽しそうに笑った。

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