9.やっぱり前世は日本人ですから

 翌日。

「ご機嫌よう、マリナ様」

 早速エヴァンジェリンからにこやかに挨拶をされるマリナ。

「おはようございます、エヴァンジェリン様。今日の髪型は花束みたいで素敵です」

 ホッとしたように表情を綻ばせるマリナだった。

 大勢が見ている場でジュエル王国で力を持つガーネット公爵家のエヴァンジェリンから声をかけられたことで、周囲の者達は騒ついている。しかしマリナはもうそんなことを気にしないことにしていた。

 この日のエヴァンジェリンは編み込みをくるりと巻いた花のような髪型である。

「そう仰っていただけて嬉しいわ」

 髪型を褒められて花のように微笑むエヴァンジェリン。

 前世のマリナが夢中になった乙女ゲーム『光の乙女、愛の魔法』の悪役令嬢エヴァンジェリンとは思えない程である。

「エヴァンジェリン様、ちなみにどうやってその髪型をアレンジしたのですか? 侍女やお世話係の方がいないと難しそうな髪型ですのに」

 マリナはじっくりエヴァンジェリンの髪型を見る。

 学園は身分関係なしに侍女やお世話係を連れてくることが禁じられているのだ。

 するとエヴァンジェリンが意味ありげに微笑む。

「実はわたくしが改造した魔道具を使ったの。脳の信号を受け取って手元をサポートしてくれる魔道具よ」

 自信満々なしたり顔のエヴァンジェリンだ。

「そんなものをお作りになったのですね。すごいです」

 マリナはエヴァンジェリンに尊敬の眼差しを向けていた。

(エヴァンジェリン様、ハイテクなものを作っているわね。もしかしてこの世界の文明レベルを前世の世界と同じレベルに引き上げることを考えているのかしら?)

 ぼんやりとそんなことを思っていたマリナ。

 しかし、第三者の声でハッとする。

「エヴァンジェリン様、ジュエル王国でも力を持つガーネット公爵家の令嬢である貴女様がどうしてこのような者に話しかけているのです?」

「いくら女神アメジスト様と同じ光の魔力を持つとしても、この者は王太子殿下や先生方を誑かしているとんでもない悪女ですのよ」

 エヴァンジェリンに話しかけられたマリナを面白く思っていない者達である。

「お黙りなさい! 貴女達、誰に口を聞いているか分かっていらして? わたくしはガーネット公爵家に生まれたエヴァンジェリン・ガーネットでしてよ。わたくしが誰に話しかけようとわたくしの自由。貴女達に文句を言われる筋合いはないわ!」

 マリナを侮辱した者達に対し、怒りを露わにするエヴァンジェリン。

 その表情は凛として正義感にあふれていた。

「そんな、わたくし達はエヴァンジェリン様が心配ですの」

「エヴァンジェリン様のことを思って申し上げたことでございます」

 たじろぐ令嬢達。

「そう、心配……ね。わたくしは貴女達に心配される程弱くはないわ。それとも貴女達はわたくしが弱い存在だと仰りたいのかしら?」

 令嬢らしいがどこか恐ろしさを感じる笑みのエヴァンジェリン。

「いえ……そのようなことは決して……」

 令嬢達は青ざめて肩を震わせている。

「ならば問題ないはずよ。わたくし、自分の判断には自信があるの。少なくともマリナ様と一緒にいる時間の方が貴女達の相手をするよりも価値があると思っているわ」

 エヴァンジェリンは令嬢達に冷たい視線を向けていた。

「申し訳ございませんでした」

 令嬢達は恐れをなしてその場から逃げ出すのであった。

「マリナ様、大丈夫でして?」

 眉を八の字にして困ったように微笑むエヴァンジェリン。その笑みは先程とは打って変わって優しげであった。

「エヴァンジェリン様が守ってくださったお陰で何ともないです。ありがとうございます」

 安心したように表情を綻ばせるマリナ。

「それならよかったわ。……先程のわたくし、悪役令嬢らしさが出てしまったわね」

 後半苦笑し肩をすくめるエヴァンジェリン。

「確かにそうかもしれませんが、エヴァンジェリン様はとても格好よかったです」

 マリナは薄紫の目をまっすぐエヴァンジェリンに向けていた。

「エヴァンジェリン、結構派手にやったね」

 穏やかな声が聞こえ、二人はその方向に目を向ける。

 エヴァンジェリンの婚約者であるヴィクターだ。

「あら、ヴィクター。見ていらしたのね」

 恥ずかしそうなエヴァンジェリン。

「まあね。でも、マリナ嬢の言う通り、格好よかったよ。婚約者としてとても誇らしい」

 ヴィクターの緑の目はエヴァンジェリンを優しげに見ていた。

「ヴィクターったら……」

 エヴァンジェリンは頬をりんごのように赤く染めていた。

(エヴァンジェリン様、可愛いわ)

 その様子を見たマリナは表情を綻ばせる。まるで妹の恋路を見守る姉のようだ。

「おはよう、マリナ嬢。朝から無粋な令嬢達に絡まれて災難だったね」

「おはようございます、ヴィクター様。ですがエヴァンジェリン様が守ってくださったお陰で何ともありませんでした。ヴィクター様は素晴らしい婚約者に恵まれておりますね」

 ふふっと微笑むマリナ。

「もう、マリナ様ったら」

 更に顔を赤くするエヴァンジェリン。その表情が非常に可愛らしく、マリナの頬は緩みっぱなしであった。

「あ、ところでマリナ様、アル様は今日いらっしゃらないのかしら?」

 ふと思い出したような表情のエヴァンジェリン。

「アルなら今朝は少し用事があるから始業時間ギリギリになりそうだと昨日言っていました」

 マリナは昨日の放課後にそう言われたのを思い出した。

「まあ彼も色々あるのだろうからね」

 ヴィクターは少し意味ありげな表情だった。



ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ



 その日の昼休み。

 マリナ、アル、エヴァンジェリン、ヴィクターの四人は人気ひとけのない中庭のベンチで昼食を取っていた。

「エヴァンジェリン様、それは……!」

 マリナはエヴァンジェリンが持ってきたお弁当を見て薄紫の目を大きく見開いていた。

 エヴァンジェリンの大きめのお弁当箱には、おにぎり、卵焼き、タコさんウインナー、唐揚げ、アスパラのベーコン巻き、ブロッコリー、プチトマトが入っていた。

「せっかくですからお弁当を作ってみたの」

 得意げな表情のエヴァンジェリン。

「すごいです……! 前世の小学校の運動会の時に親が作ってくれたお弁当と似ています! しかもこの世界にも白米があるのですね!」

 前世が日本人だったマリナ。やはり白米が恋しかったのである。

「ええ。ガーネット公爵家の力を使ってお米を取り寄せましたの。前世で兄が見せてくれた運動会のお弁当の記憶を元に作ってみたわ。わたくし、前世で運動会には参加したことがないのだけれど」

 懐かしそうに微笑むエヴァンジェリン。彼女は前世で体が弱く、ほとんど入院生活だったのだ。

「せっかくですし、皆さんと一緒に食べたいと思って、多めに作りましたわ。味は多分大丈夫だとは思うけれど」

 控えめに微笑むエヴァンジェリン。

「エヴァンジェリンの料理なら味は保証されてるね。アステール帝国の学園に通っていた時はたまにエヴァンジェリン手作りのお菓子、美味しかったからさ」

 ヴィクターは優しく緑の目を細めた。

「まあ念の為に僕が毒見役を務めるよ」

 チラリとアルを見た後そう申し出るヴィクター。

「そんな、毒は入れていな……」

 そこでエヴァンジェリンもアルを見てハッとした表情になる。

「そうね、念の為に毒見をお願いするわ。……わたくしとしたことが、迂闊だったわね」

 肩を落として苦笑するエヴァンジェリンである。

(エヴァンジェリン様とヴィクター様も、どうしたのかしら?)

 マリナは二人の様子を訝しげに見ていた。

「まあこの毒見ってやつもエヴァンジェリンの手作り弁当を誰よりも先に僕が最初に食べるっていう口実になるのだけど」

 悪戯っぽく笑うヴィクター。

「もう、ヴィクターったら……」

 頬をりんごのように赤く染めるエヴァンジェリン。

(エヴァンジェリン様、やっぱり可愛いわ)

 ふふっと薄紫の目を細めるマリナ。

「婚約者同士の仲が良さそうで何よりですね」

 アルは面白そうに二人を見ていた。

 ヴィクターがエヴァンジェリンの手作り弁当を食べて毒がないことを確認した後、マリナとアルもエヴァンジェリンの手作り弁当を食べ始めた。

「卵焼きも唐揚げも美味しいです。それにこの世界にも梅干しがあるのですね」

 マリナはエヴァンジェリンの手作り弁当に舌鼓を打つ。マリナが食べたおにぎりの具は梅干しだったのだ。

「せっかく公爵家に生まれたのだから、その力を使って取り寄せたのよ。権力を振りかざして好き勝手振る舞えば破滅してしまうけれど、ジュエル王国にはない食材を取り寄せるくらいなら許して欲しいところだわ」

 得意げな表情のエヴァンジェリン。

「まあどこの国も外国の珍しい品を集めるのは資産家が多いですからね」

 アルはフッと笑う。彼もエヴァンジェリンが作ったアスパラベーコン巻きを食べて満足そうな表情だ。

「やっぱりエヴァンジェリンの料理は美味しいね。結婚後はインテクルース公爵家の料理人が作ったものを食べることになるけれど、こうしてたまにはエヴァンジェリンの料理も食べたいな」

 愛おしげに緑の目を細めるヴィクター。エヴァンジェリンを心から愛していることが伝わってくるようだ。

「そうね。時間がある時に作ってみるわ」

 ふふっと嬉しそうに笑うエヴァンジェリン。その真紅の目はヴィクターを愛おしげに見つめていた。

(エヴァンジェリン様とヴィクター様、相思相愛でお似合いだわ)

 マリナはそんな二人を見守りながらおにぎりを食べる。

(やっぱり白米は落ち着くわね。卒業旅行で海外に行った時も終盤白米が恋しかったわ)

 懐かしむように白米を噛み締めるマリナだった。

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