第13話 連なる命と運─①
怒りの頂点はそれほど低くはないが、物によるのだと今回の件で察した。
行える範囲内で早急に物事を済ませ、リチャードはシンヴォーレ学園を出た。
車が向かう先は教団本部だ。魚の生物に囲まれた海のトンネルを抜けて、最高速度ギリギリを攻めていく。
ラジオから流れるニュースは動物園に新しいライオンがやってきただの、争いのない平和なものだ。
いつか外の世界へ連れ出したい。好奇心旺盛なクリスのことだ、あれはなんだこれはなんだと質問攻めになるだろう。
荒々しくドアを閉めると、裏口で待機していた男たちが一斉に一礼する。
「教祖様は?」
「お待ちでございます。本日の晩餐のお誘いがございますが、いかがなさいますか」
「断るわけにはいかんだろう」
教祖の発言は絶対だ。言いたいことだけを伝えてすぐにでも本部を出たいがそういうわけにもいかなくなってしまった。
エレベーターで部屋へ向かい、新しいスーツへ着替える。
教祖のいる階は一番上だ。さらに上へと上がり、謁見の間に到着した。
「教祖様と面会を求める」
「これはリチャード様。お待ちしておりました」
とくに約束などしていなかったが、面会は許された。向こうも会わざるを得ないだろう。
赤いカーペットをたどっていき、教祖の前で跪く。
「よくぞ帰った。家族には顔を合わせたか?」
「一刻も早く、教祖様のお顔を拝見したく存じ、参上致しました」
「ならば面会の後、直ちに家族の元へ行くがよい。面を上げよ」
お許しが出て、リチャードは顔を上げた。
整えられた髭にブロンドヘアーを一つに結び、背筋がまっすぐに伸びている。雰囲気がほんの少しクリスに似たものを感じるが、面影はどちらかというとウィルに似ている。クリスは母親似だ。
「相変わらず美しい顔立ちをしておる。お前が学生時代、神の御子に選ばれなかったことが不思議でならない」
「私はシンヴォーレ学園出身ではありませんし、何よりナイトの称号を持つ家柄の生まれです」
「して、誰のナイトとなるのか決めたのか?」
教祖の口元は笑っているが、目元の威厳は一切崩れていなかった。
「私はまだ修行中の身です」
「わかっておる。たとえ教祖の立場だろうと、誰かの命によりナイトとなるのは掟に反する」
「私自身が心から守りたいと思う者が現れたとき、私の一存で決めたいと存じます」
いくら教祖といえど、自分のナイトになれとは言えない。独裁宗教にならないようにするためのものだ。
「本日参りましたのは、予備生と薔薇の階級について話したく存じます。お耳に挟んでいるでしょうが、昨夜、予備生のクリストファーが一部の生徒に襲われました。アメデオたちは即逮捕し、獄舎へ投獄しております」
「襲われた、というのは具体的にどういう意味だ?」
「……口にするのが悍ましく存じます」
「儀式のようなことをしたというわけか?」
「クリストファーの身体の内部を調べましたが、未遂で終わったようです。ただ身体には暴行の跡が残り、精神的にも病んでしまい、今月の儀式は行わない方針でおります」
「儀式に関してはお前に任せてある。が、本当に難しいのか?」
教祖は自身の髭を撫で、目を細めた。
疑いの目をかけられることは百も承知だ。
遠く離れた教祖との視線に火花のようなものが舞い散り、ちりちりとした痛みが弾く。
「ろくに口も聞けず、人と会うのが怖いと訴えております。授業すらまともに受けることができない状態です。医師と話し合い、良くなり次第、儀式へ努めるよう指導して参ります」
「ふむ。過去にはそう言って儀式を逃れようとする予備生もおった。残りの回数が少なくなるのは惜しいが……」
「予備生の体調を整えるのが先です」
リチャードは強い視線で教祖を睨む。今は立派な宗教団体の一員だ。
「そこまで言うならお前を信じよう。あれは生まれる前から目をつけられていた存在だ。おそらく神の御子になるだろう」
「過去にはならなかったケースもございますが、最善を尽くし、一人でも神の御子が生まれるよう努めさせて頂きます」
「そのように頼む。久しぶりに本日はお前と酒を飲み交わしたいものだ」
「恐れ多いことでございます」
付き人たちは気を使い果たし宴会は盛り上がり、春風のような地獄を味わえるだろう。
身体を揺さぶられ、目を覚ました。
すぐに学園内ではなかったと脳が動き出し、ソファーから身体を起こす。
「帰ってきたのか」
「今……何時だ?」
「もうすぐ十八時だ。会食に呼ばれたんだろ?」
長男のロジェは呆れたように嘆息を漏らしながら腕時計を見やる。
「お前も出るのか?」
「いや、出ない。そもそも呼ばれていない」
「……まさか二人だけじゃないだろうな」
「気分的にはお前と二人だけの会食だろう。付き人を従えてはいるだろうが。ナイトの誓いを立てていないお前に狙いを絞っているんだ」
「誰を守るか強制はできないが、圧力はいいのか。あり得んだろう」
「度が過ぎればさすがに俺たちも言うさ。それに直接『教祖である私を守れ』と言われたわけじゃないんだろう? 一線は越えていない」
「ロジェ、お前は戦場で食事をしたことがあるのか?」
「こらこら。教祖様との有り難い食事会を戦場に例えるな。それと早く着替えろ。スーツまでご用意して下さったんだぞ」
着用すれば教祖の寵愛を受けたととらえられるが、送り返すのは御法度だ。
仕方なく袖を通すが、残念なことにサイズがぴったりだった。
病院でもがき苦しんでいるであろう子を思い、リチャードは覚悟を決めた。
腹をさすると、虫が低いうなり声を上げた。病院食は味の薄いスープばかりで、食べ盛りのクリスにとってなかなかきついものがある。
──いいか、病院では余計なことは言うな、するな、黙って寝ていろ。
電池入りの壊れた玩具のように同じことしか言わなくなったリチャードに、クリスも「はいはい」と何度も頷き、今に至る。
医師や看護師の話を盗み聞きしたところ、次の儀式は参加できないと判断されているようだ。結果的に運はクリスに回ってきた。
クリスは左の側頭部につけていたヘアピンを伸ばし、鍵穴へと差し込む。初めて見る形状だが、コツがわかれば難しくはない。
かちゃり、と手応えのある音を聞き、ゆっくりとドアを開けた。
「……………………」
「……………………」
「ひいっ」
目の前には真っ黒な隊服に身を包んだリチャードが立っていた。
「ば、化け物、」
「誰が化け物だ」
胸を押され、病室へ引き戻されてしまった。
「なるほど。こうして夜な夜な抜け出していたわけか」
「いつもじゃないって」
「誰かと密会のためか?」
「たまにウィルと会っていただけだ! 今日は……その、屋上で空気でも吸おうかと」
「こんな知識を得る前に成績を上げろ」
「僕はトップ三に入っている」
「そうだったな」
急いで鍵穴からヘアピンを抜き、元の形に戻して頭につけた。
「手先が器用なんだな」
「昔から細かい作業は得意なんだ」
「バッジはつけないのか?」
「バッジ…………?」
一体なんのことだろうか。
リチャードは口元を押さえ、反対側を向いてしまった。
こっそり覗くと、しまった、という顔だ。にんまり笑いたくなる。
「なんでもない。忘れてくれ」
「バッジってなんだよ。僕も称号を持ってたりするのか?」
「すまない。失言だった」
「聞いたからな。忘れない」
「俺の問題発言は処罰対象だ」
「よし。弱みを握った。僕は屋上へ行きたいんだ」
「おとなしくしていろと言わなかったか?」
「屋上」
「………………はあ」
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