第9話 一蓮托生

「神の御子になったらどうなる?」

「教団の奴らが直々にお迎えに来て、盛大に祀られる。クリストファー様バンザイと崇められるぞ良かったな」

 リチャードは面白くなさそうに答えるが、つまらないのはクリスも同じだ。

「言うのか? 学園長に」

「言ってほしいか? ちなみに本部へ連れて行かれれば、教祖様含め不特定多数の男に抱かれることになる。そうやって淫祠教団は悪魔のお告げを聞き、悪魔に貢ぎ、神の御子は男に差し出して金儲けの道具にしてきた。抱かれる以外は悪くない生活を送れる。一生分かけても使いきれない金ももらえる」

 リチャードはニヒルな笑みを零す。

「その強気な顔、悪くない」

「どのみちこうなることが運命だったんだろ? 受け入れるさ。ただ僕の中では教団本部へ連れて行かれる前に逃げるか死ぬかの選択肢しかない。海に飛び込むか首を掻き切る」

「威勢が良いのも狂おしく思う。ここからは提案なんだが、俺と組まないか?」

「組む?」

 どういう意味だ、と相手の表情を読む。

「一蓮托生ってやつだ。逃げる・海へ飛び込む・首を掻き切るに選択がもう一つ増える。ちなみに俺の提案はお前の非合理的な素晴らしい発案に比べたら、まだ現実的だ」

「つまり、俺が神の御子になったことを隠し通してくれてるってこと?」

「そういうことだ」

「どうしてそこまでしてくれるんだ? 僕が神の御子に選ばれたと本部に言えば、昇格もあるだろうに」

「昇格以上の理由が俺にはある。詳しいことは言わんが、組むか死ぬか本部へ行くかどれがいい?」

「その選択肢だと、僕には組むしか残ってない」

「決まりだな」

「けど、予備生は来年の三月まで続く。月一だとしてばれずになんとかなるものなのか? あと十一回残ってるけど」

「どうにかするしかないだろう。ナイトの称号にかけてお前を守る」

「その称号とやらは教祖や教団を守るためのものだろ……僕一個人に誓わなくたって」

 クリスは驚愕した。称号にかけて誓うというのは、相手のために一生を捧げるという意味だ。簡単に口にしていいことではない。

「俺はまだナイトの誓いを立てたわけじゃない」

「年齢的に何歳までとか決まっているのか?」

「十八歳を超えていれば特に決まりはない。早い人で十八歳、遅ければ五十歳を過ぎて誓いを立てる人もいる」

「どうしたらいいのか、なぜそこまでしてくれるのか、判らないことだらけでどう質問していいのかも追いつかない。全部答えてくれるのか?」

 リチャードは黙ったままだった。

 大きな手が頭に被り、親のような手つきで左右に動く。

 親なんて記憶の片隅にもないのに。




 対照的な絶望と希望は同時に現れて、一つの人生を奪い去った。

 栄養たっぷりの朝食にどこへ移動するにも守衛がつき、まさに至れり尽くせりだ。おまけに他生徒からは羨望の視線を向けられる。居心地が良いのか悪いのか、クリスは圧倒的後者だ。

「なぜだ! 友達に会いに行くくらい構わないだろ!」

「良いわけがないだろう。お前は予備生だ。ただの生徒ではない。もう少し自覚をもって行動しろ」

 予備生は何か困ったことがあればいつでも守衛所を訪ねろとお達しがあった。

 クリスは無遠慮に即、守衛所へ踏み込むと、さっそく「友達に会いたい」とロビーにいた男に突っかかった。

「友人に会いたくばここで会うのなら構わん」

「僕があっちの寄宿舎へ行っては駄目なのか?」

「誰しもが憧憬の念がある生徒ばかりではない。予備生に傷一つつけられてはこちらの責任問題になり得る」

「つまり見張りをつけたまま友達と会えってことか」

「そうとも言うな」

 クリスとリチャードのやりとりを他の守衛たちははらはらしながら見守っている。一部の守衛は、呆れた様子だ。

「誰を呼ぶ? 呼びつけよう」

「十三年生のクラス・デネブのノア」

 リチャードは目配せで合図を送ると、守衛の一人が頷き、ロビーの電話を取った。

 案内されるままにクリスは執務室へ入って待っていると、廊下で小走りの音が聞こえてくる。懐かしくてたまらなくなる。

「クリス!」

「ノア!」

 ほぼ同時に叫ぶと、どちらからともなく抱きついた。空気を作る物質ですら邪魔で、きつくきつく抱きしめ合った。

「平気か? ご飯は食べてるか?」

「食べてる食べてる。こっちは大丈夫だよ。クリスは?」

「なにも問題ないさ」

 問題ないことはないのだが、ノアに心配をかけたくなくて早口で言いきった。

「三人分、お茶を」

 リチャードは守衛に命じると、ノアは目を丸くした。

「どうかしたか?」

「いや、あの……クリスが俺を呼んでるっていうから、病気とかしたのかと思って……」

「外では会えなくなったけど、こうして寮長や守衛の見張りつきなら会ってもいいらしいんだ。もしよければ次いつ会うか決めておこう」

「そうだね。それにしても良かったあ……。儀式で怪我したのかと思っちゃった。俺たちにはどんな内容なのか聞かされないから……」

 大丈夫とは言い難い。尻が痛いと机でしれっと顔で本を読む男に怒鳴りたくなった。目が合う。すんとそらされる。憎しみが沸く。

 ノックの音とともに守衛が入ってきて、甘い香りが漂う。

 ティーポットが三つあるということは、長居してもいいと受け取った。

「ミルクティーだ。俺大好き」

「俺も。いただきます」

 食事の前の祈りなど綺麗さっぱり無視をし、付け合わせのクッキーとともに喉を潤した。

 脳が疲れたときは甘いものに限る。クッキーもミルクティーも遠慮のない甘さががつんときて、頭がこんがらがって収拾がつかない状態であったが、いくらか道は開けた。ゴールはまったく見えないが、先を見ようとする意思は大事だ。

「糖分が足りてなかったのかも」

「予備生になると、スイーツは食べられないの?」

「そういうわけじゃない。食事しても味があまり判らなくて、残すことが多くなったんだ」

「そんなに過酷? 代われるものなら代わってあげたい」

「ありがとう。でもそれは駄目だ」

 ノアが予備生に選ばれたら、守衛を刺すかもしれない。

「そっちはどうだ? 変なこととか起きてないか?」

「うーん……俺はクラスの人とまあまあやってるよ。アメデオのことなんだけど、ちょっと様子がおかしいんだ」

「どんな風に?」

「静かに荒れてるっていうのかな? うまく表現できないや」

「荒れ果てた波というより静かに迫り来る波みたいな?」

「そうそう、そんな感じ。回りもアメデオは予備生に選ばれるって思われていて選ばれなかったから、不穏な空気になっているのもある。選ばれる基準ってなんだろうね?」

 ノアはちらりとリチャードを見やる。

 リチャードはカップに口をつけながら、

「儀式に関する情報は一切話してはならない」

 と独り言のように呟いた。

 こちらの話は丸聞こえか、と責めたくなるが、距離も近いしそれはそうだろうと言葉を呑む。

 本を読みながらミルクティーを口にする姿は、映画のようで様になっている。

 無遠慮に見つめていると目が合った。心臓を壊すつもりか、と睨むが、向こうはどこ吹く風だ。耳鳴りがする鼓動ごと風でさらってくれたらいいのに。

 クリスは目を逸らしつつ、胸元をさすった。

「ヤンとかどうだ? あいつも気取っているところはあるけど、根は良い奴だと思う。やたらリーダーシップを取りたがるけど」

「うん……クリスがいなくなってから、僕のことを心配してくれてるよ。クリスみたいなまとめられる人がいなくなったから無秩序状態になるかなあって思ったけど、今のところはヤンが良い按配な感じ」

「ヤンは良い奴なのは判るけど、アメデオには本当に気をつけてくれ」

 ノアは神妙な面持ちで頷いた。

 リチャードも話を聞いている。守ってくれると信じ、三人でノアのいる寄宿舎へ送り届けた。

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