愛しているから過保護になるの。

 のり子のお母さんが病院に運ばれてからののり子の落ち込み様と、状況から見て明らかにのり子関係で自暴自棄になったと見られる母親。


 正直、のり子が語った母親の人物像とはあまりにもかけ離れていた。


 その情報達のせいで、愛するのり子を疑いの目で見てしまった。その事に関して、ものすごく反省している。

 

 私のことを心の底から信用してくれているはずののり子を、裏切る行為だった。


 でも同時に、やはりのり子は他の奴らとは違うという事を改めて実感した。


 病室でした母親とのやり取りで、のり子が嘘を言っているわけではないのはよくわかったから。


 それでも、やはりあの母親に対する違和感は拭えない。


 自分でもあの人と話してみて、のり子に無関心ではない事は確信した。


 のり子も同じように違和感を感じて、だからこそ最後まで腹を割って話せなかった事に、落ち込んだ様子を見せているんだと思う。


 そんな中、私達の代わりに手続きをしてくれているマリアをおいて2人で帰宅した私達。本来であれば、2人の新たなスタートとなるはずだった日。盛大にお祝いなんかして、夜は思う存分愛し合いたかった。


 けど、流石にそんな雰囲気にはなれず、その日はのり子が作ってくれた手料理を食べ、2人で入浴をして、明日は久しぶりに登校しようという話をまとめて、肌は重ねずに静かに就寝した。



「んっ…」


 朝、目が覚めると隣に寝ていたはずののり子の姿は既になかった。


 正直、その事について驚く事はない。


 生活の殆どをマリアに頼り切っていたせいで私生活が壊滅的な私とは違って、のり子は本当にしっかり者だ。現在ののり子の居場所は大体予想がつく。


 重たい瞼を軽く擦って、ベッドから降り、恐らくのり子がいるであろう場所を目指してゆらゆらと歩く。


 そして、辿り着いたそこ…キッチンには、予想通り、エプロン姿で料理をしているのり子の姿があった。


 どうやら、相当集中しているようで、まだ私には気づいていないらしい。可愛らしく小さくお尻を振って鼻歌を歌っている。


 私はすぐに、そんな愛しい彼女にイタズラをしようと思いつく。


 安全性を考慮して、手に刃物や高温の物を持っていない事を確認。


 それからゆっくりと気配を消して、彼女の後ろに立った。


「おはよ、のり子。」


「ひゃぁっ…!?」


 そして、ぬりると腕を回して後ろから抱きつくと、期待した通りの可愛らしい声をあげて、彼女の体が大きく跳ねた。イタズラ作戦は成功だ。


「んふふ。可愛い声ね。」


 きちんと可愛い反応をしてくれた事で、私の気分は良くなり、自分のことながらまるで猫のように彼女の首筋に顔を擦り付ける。


 相変わらず良い匂いのするサラサラの髪が、顔をくすぐって、とても気持ちがいい。


「び、びっくりしました…おはようございます姫乃ちゃん。」


 そんな私の突拍子のないイタズラ行動に怒る事もなく、優しい声で朝の挨拶を返してくれるのり子。まさに生きる天使である。


 お腹に回った私の手に、さりげなく自分の手を重ねてくる所なんか愛おしすぎてどうにかなりそうだ。更に私の気分は良くなる。


「姫乃ちゃん、早起きですね。もう少し寝ていても良かったんですよ?」


「んーん。昨日は久しぶりにゆっくり寝たし、もう大丈夫よ。」


 『早起きだね』というのはこちらのセリフである。既にテーブルにいくつか並んでいる手の込んだ料理達を見れば、キッチンに立ってから1時間は経っているように思える。


 けれど、楽しそうに料理をしていた所を見るに、無理しているようには思えない。ならばツッコむのもなんだろう。


 私の方も、昨夜は色々あった事もあって、のり子とえっちをしなかったから元気は満タンである。


 …勿論、えっちをしたからといって元気がなくなる訳じゃないし、むしろ精神的には満たされる。でも、やはり人間には体力という物があり、次の日に響くのは避けられないのだ。


 その事にはのり子も同意見のようで、私の言葉の意味を察して苦笑いで答えてくれる。


「のり子は?気分どう?学校、行けそう?」


 そんな風に後ろからのり子を抱きしめて、その柔らかさを堪能しつつ、少しだけ踏み込んだ質問をする。


 やはり、土日の出来事からまだ時間はたっていないから、のり子のメンタル面が心配だった。


「はい。姫乃ちゃんがずっとそばに居てくれたおかげで、今はすごくスッキリしてます。」


「そう。それならよかった。」


 その答えが、本音なのかは分からない。もしかしたら強がりなのかもしれない。


 しかし、それを深く詮索する必要はない。仮に何かあったとして、それは彼女が判断した返答なのだ。私はそれを尊重したい。


 本当に辛くて無理が効かなくなった時は必ず私を頼ってくれると、そう、のり子を信じているから。


 それから暫くは、のり子が料理をする音だけがキッチンに響いた。


 私はその間のり子のくっつき虫となり、その姿を見守った。


 …お前は手伝わないのかって?…それは、色々と事情があるのよ。…主に、私の技術面に。



「ねぇのり子?ずっと気になってたんだけど、あんたがスマホをいじってる所見たことないわ。もしかして、持ってなかったりする?」


 登校する直前、玄関で靴を履きながらふと疑問に思った事を口にする。


 のり子と恋人同士になってから、ひと時も離れなかったから気にしていなかった事。


「あ、はい。…家を見た通り、本当にギリギリの生活だったので…」


 そしてそれは、やはり予想通りだった。


 のり子はスマホを持っていないらしい。今時かなり珍しい人種だ。


 でもそれは、そんな一言では済ませられないくらい由々しき事態だ。


「そしたら明日には用意させるから、持っておきなさい。」


「え…でも…」


「これはお願いじゃなくて命令ね。あんたに何かあった時、連絡手段がないと私の方が心配なの。」


「あ…はい。わかりました」


 私の一方的な命令で、遠慮するのり子を納得させる。


 強引ではあるが、必要な事だ。学校ではお互い離れ離れになる事が多くなるだろうし、のり子の事がとにかく心配で仕方ない。なんでもいいから、安心材料が欲しかった。


 そしてそれを満たせるのが、文明の利器であるスマートフォンなのだ。


「…それとのり子、ちゃんと昨日した約束守ってね。」


 お互い靴を履き終えて、スマホの件も話がついて、後は外に出るだけの所。


 私は後ろに立っていたのり子をぎゅっと抱きしめて、その言葉を口にする。


「あ、それは勿論です。」


 それに対して返ってくるのり子の声に、危機感が感じられない。私の頬は不満で膨らむ。


 私はのり子を抱く腕を離して、少しだけ間が抜けた表情をしていたのり子の顔に喝を入れるように両手で挟む。


「ちゃんとわかってる?言い寄ってくる奴らに優しくするの、ダメだかんね。」


 …昨日の夜、2人で真剣に話し合った学校での過ごし方。その中でした約束のうちの一つ。


─『下心で近づいてくる奴らは相手にしない事。』


 私的にはかなり重要な約束なのだが、約束を交わした時からのり子はどこか楽観的だった。


「あんた本当に可愛いんだから。いい?絶対よ。」


 私の言葉通り、のり子は自分の容姿の良さを理解していない。


 それはそうよね。母親のせいとはいえ、こんな可愛い顔をしておきながら髪の毛でずっと隠していたんだもの。


 スマホの件もそうだけど、こういった自分への危機感の無さが、私を過保護にさせるのだ。


「姫乃ちゃんが言うなら、そうします。…けど、私が好きなのは本当に姫乃ちゃんだけですから。」


 …ほら、この子はまた的外れな回答をする。


 私は別に、のり子の浮気を疑っているわけではないのだ。むしろそこは何も心配していない。


「あんたがそう思ってても、世の中悪い奴らはたくさんいるのよ。あんたを手に入れる為に手段を選ばないようや奴もね。」


 いじめでのり子を抱いてしまった私が言えた事じゃないけれど、そう言う輩がいるのは事実。


 特に私達が通っている学校には、権力者の跡継ぎがたくさんいる。それに対して、対象であるのり子は何の権力もない女の子だ。


 この図がいかに危険か、権力という物の恐ろしさを嫌と言うほど知っている私には良く分かるのだ。


「…だから、お願いだから言うこと聞いて。」


 私は再び彼女の身体を抱きしめて、心からのお願いを口にする。


「…はい。」


 するとようやくこの気持ちが伝わったのか、のり子の方からも私の体に腕を回して、さっきよりも真剣な声音で返事をしてくれた。


 良かったと思う一方、スマホの件と同じようにまた強引に同意させてしまったという罪悪感は拭えない。


「…めんどうくさくてごめん。でも、本当に心配なの。」


 こんなの、対等ではない。権力者と一般人の図そのものだ。


 分かってはいるのだが、やはり気持ちは抑えられない。


「え…っ。ぜ、全然そんな事思ってませんっ…そんな、謝らないでください…」


 私の謝罪を聞いたのり子は、どこか焦ったように言葉を紡ぐ。


 無理やりいう事を聞かせた挙句、フォローまでさせるなんて本当に最低だと思う。


「それに、前にも言った通り、私に独占欲を向けてくれる姫乃ちゃんは大好きですから。」


 …それでも、そんな彼女の言葉に私は救われる。無制限に甘えたくなる。私の心は踊るのだ。


「…のり子。」


 そんな風に私の全てを受け止めてくれる彼女に、気分が高揚した。


 ここが玄関である事も関係なしに、愛しい彼女の名前を口にし、その小さな顎に手を当てて持ち上げる。


「ぁ…」


 のり子はすぐに、私のその行動の意味を理解したのだろう。


 切ない吐息を漏らして、瞳をふるふると揺らす。それから次第に紅葉色に染まっていく頬。


 …私は迷わず彼女の唇に、自分の唇を重ね合わせた。


 軽く触れ、離れ、また触れて。何度も繰り返していくうちに、お互いの唇が開いていき、深いものへと変わっていく。


 気付けば私の手はのり子の頭を強く押さえつけ、口内をこれでもかと味わっていた。


 …


 ……


「…んっ。…遅れちゃいますよ、姫乃ちゃん。」


 お互いの唾液が混ざり合って、もうどちらの唾液が自分の口内にあるのか分からない程何度も繰り返した深いキス。


 息継ぎの一瞬の間、のり子が口にしたその言葉は実に正論である。


「ん。…もう少し。」


 でも、正論如きでは、この昂るのり子へ愛しいという気持ちは止められなかった。


「…ふふ…はい………ぁっ…」


 再び切ない吐息を吐くのり子の口内に、私は遠慮なく舌を差し込んだ。

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