ペイヴメント

昭真

第1話

 真夏の日差しがギラギラと照り付ける。太陽光線が肌に突き刺さるようだ。

 —なんでこんな真夏の炎天下に、屋外でバーベキューなんだ。

 額の汗を拭いながら部下たちに愛想笑いを浮かべてはいたが、私は心の中で何度もそうつぶやいていた。


 この街の市役所長の任に就いて三年が過ぎた。特に大きな問題も起こさず、平穏無事な日々を送ってきた。今日のような部下たちとのコミュニケーションも怠ったことはない。いつの間にか部下たちへの感謝の気持ちも薄れてしまったのか、こんなイベントが面倒くさくて仕方がなくなってきていた。笑顔を繕ってはみせるがそのことすら苦痛に思える。

 —このまま平穏無事にやり過ごして、老後は年金をもらってのんびり暮らせばいい。

 私の人生設計プランは最終章を迎えようとしている。

 部下たちは肉を焼いてはせっせと運んできてくれる。コップのビールを飲み干せば、待ってましたとばかりに注ぎに来る。嬉しい気持ちはあるが、早く冷房の効いた部屋に戻りたい。そのことばかりを考えてしまう。


「所長、そう言えば明日は道路舗装の補修工事の現場見学ですよね。私もお供します。でも明日も暑いんでしょうねえ」

 工事課の課長が話しかけてきた。

「あぁ、あの道路は舗装がかなり痛んできているから、夜間に通行止めをして工事をするらしい。その視察だよ。これも仕事さ」

「そうですね。なるべく現場のいる時間が長くならないように調整しますね」

 私は浮かない顔をしていたのか、課長は私を気使うように言ってくれた。


「所長、ご存知ですか。舗装工事に最中に現場監督や作業員が行方不明になるって話し。さっきまで作業をしていたのに気が付いたらいなくなっていたらしいですよ」

「そんなの有りもしないただの都市伝説だろ」

「真相はきっとそうなんでしょうね。でも不正に下請けさんから金を着服した現場監督とか、作業員さんから嫌われていた役所の職員が消えたって話ですよ」

「ばかばかしい。それじゃ、おれたちは真っ先に消されるな」

「全くですね」

 私はこんな他愛もない話にも作り笑顔で応えなければならない。所長とは実に面倒臭いポジションだ。

ここは芝生張の広場だがじっとしているだけなのに絶えまなく汗が流れる。明日の現場視察時の暑さはこの比にならないだろう。橋梁工事の現場は足元のコンクリートから太陽の照り返しが遠慮なく襲ってくる。さらにその橋の上に敷設するアスファルト合材の温度は百度近い。近付いただけで火傷しそうだ。なぜこんな時期にそんな場所へ行かなければならないのか・・・。


 翌日の補修工事の開始時間は午後10時。私は定時を過ぎてからも市役所に待機していた。午後8時30分に専属のドライバーが運転する社有車に乗せられて市役所を出発し、午後9時に現場事務所に就いた時には、すでに視察の準備が終わっていたと言うか、私たちの到着を待ってくれていたようだ。私は社有車から降りると、部下たちに先導されて工事現場へと足を踏み入れた。気温は夜なのに30℃を超えていた。少し歩いただけで作業服が汗でびっしょりになった。


 私たちが現場事務所の前に差し掛かると、薄明りの中で現場監督と作業員たちが私の前に整列し挨拶をしてくれた。現場監督は四十歳過ぎだろうか。作業服を着こなし清潔さが漂っていたが、どう見ても現場のたたき上げといった顔をしている。それに反して現場監督の後ろに並んだ作業員たちは薄汚い身形をしていた。歳の頃は20代から30代と言ったところか。作業服は薄汚く、鼻をつまみたくなるほどに汗臭い。現場監督が工事の概要説明をしているのに、ぺちゃくちゃと作業員同士で話をしている。明らかに私たちへのリスペクトなどない。彼らと私は明らかに住んでいる世界が違う、そう思わざるを得ない。


 現場監督の説明が終わると、すぐさま施工現場へと徒歩で移動した。10分程歩いただけなのに汗がしたたり落ちる。現場監督の号令で舗装工事が始まった。アスファルト合材を満載したダンプカーが橋の上に姿を現した。タイヤの跡がコンクリート面を遠慮なく汚していく。この橋を渡る最初の車がこれなのかと思うと、現場監督が気の毒に思える。ダンプカーが所定の位置に着くと、荷台が持ち上がりアスファルト合材がどっと橋桁の上に落とされた。


「熱いっ!」


 アスファルト合材が放った熱風が私を直撃し、思わず声をあげてしまった。幸いにも作業員たちには聞こえなかったようだ。作業員たちは落とされたアスファルト合材に飛びかかるようにして、トンボでそれを敷き均し始めていた。トンボとは2mほどの長さの木の棒の先に、平たい板が取り付けられた道具で、その形がトンボに似ていることからそう名付けられたらしい。野球場の土を均すときにも使われているものと同じものだ。


 とにかく作業員たちに私の声を聞かれなくてよかった。作業員たちに申し訳ないと言うより、デスクワークに浸っている軟弱者と思われたくないと言うのが本音だ。それにどんなところから悪評が広まって、市民の間に浸透するかわからない。不用意な発言は絶対に聞かれてはならない。


 ダンプカーが入れ替わり立ち代わりアスファルト合材を橋の上に落としていく。同じ光景を何度も見ているとどうしても飽きてくる。私はふと目の前の敷き均されたアスファルトがどれだけの熱さなのか知りたいという衝動に駆られた。部下たちは工事状況の写真を撮るために私の傍から離れていた。私は一人、転圧されたアスファルトの上に足を踏み入れてみた。安全靴越しでは足の裏で温度を感じることができない。そこでしゃがみこんで右の掌をアスファルトの表面にかざしてみた。近づけただけで手が焼けるような熱さだ。こんな場所に長居をしていてはさらに汗だくになってしまう。早々に立ち去ろう、私はそう思って腰を上げようとしたその時、私の手元近くでアスファルトが微かだが盛り上がってくる様子が見えた。

 —これはアスファルト特有の現象なのか。

 アスファルト合材の温度が高くなり過ぎると、敷き均した後に膨らんでしまうような現象でも起きているのか、私は安直にそう思った。

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