0-6 二人の革命家

「や、ヤベー奴と天使ちゃん!?」


 ツナグは二人を見るなり、そう言った。

 ヒトリはムッとした表情を浮かべ、こう返す。


「……妹のことをヤベー奴呼ばわりなんて、失敬な奴だねぇ……」

「いや、ヤベー奴はヒトリアンタのほうだよ! ……って、ちょっと待て、今……」


 ツナグは天使――キズナのほうを見た。

 視線を受けたキズナは、はにかんで答える。


「えへ、またすぐ会えたね! まさか、お姉ちゃんとツナグが知り合いだったなんて……驚きだよ!」


 ツナグは「ふ、二人が姉妹ぃ!?」と驚きの声を上げた。言われてみれば、二人は目元が似ている気がする――ミステリアスな雰囲気のヒトリと、明るく健気なキズナとでは印象がまったく異なるが。


「なんだいなんだぃ〜、ツナグくん、わたしの妹とはすでに面識があったのかい?」

「えっと……実はあのあと……じゃない! そんなことより、今この村には山賊が……!」


 と、ツナグは言いかけて気づく。


 あんなに暴れ回っていた山賊たちは今や武器を下げ、畏怖の視線をツナグたちへと向けていた。


 さっきまでとは打って変わった態度に、ツナグは疑問を抱く。


「……コイツ、ただのガキかと思ったのに……!」

三大卿さんだいきょうの仲間だったのか……!?」


 ツナグは三大卿の意味がわからないでいると、ヒトリが一歩前に出て、山賊たちを睨みつけた。


 一瞬で場に緊張が走る。


 さっきまで穏やかな空気をまとっていたはずのヒトリだが、今は違う。


 あの山賊長なんて比にならないほどの他者を圧倒するオーラが、ヒトリから現れていた。



「――君たち、好き勝手やってくれたみたいだねぇ」



 ヒトリから紡がれる言葉が、重い。


「さて、こんな不届き者共には、おしおきが必要だよねぇ……」


 ヒトリは言うと同時に、その足元に魔法陣が浮かび上がる。


 魔法陣からは、黒く光り輝く槍を模した武器が出現し、ヒトリはそれを掴み取るや横に大きく凪いだ。


 刹那、強烈な風圧が村一体を突き抜けた。


 山賊たちは一斉に尻もちをつき、ツナグも力に圧されるままに一歩後ずさる。

 その場にいた村人までも膝をつき、みな一様に表情を強ばらせていた。


 一方ヒトリを見ると、まるで肩慣らしだといわんばかりの態度だったが――そうだというのにこの威力。



「愚か者どもよ、わたしが相手してあげよう」



 ヒトリの一声ひとこえを皮切りに、山賊たちは悲鳴を上げながら一目散に逃げていった。


 一人残された山賊長。

 ヒトリは山賊長の元へ近づき、見下ろす。


「アンタの部下どもは、アンタに気にもかけずに逃げちまったねぇ……。人望のないリーダーだねぇ……」


 意識を失い、まったく目覚めそうにない山賊長に対しヒトリはそう声をかけ、彼の腹に一蹴り加えてから、ツナグのほうへ向き直る。


「――ツナグくん、君はよくやったよ。君の勇気が村人を恐怖から救ったんだ。君は現状を打破する力が秘められている」


 ツナグは「そんなこと……」と呟き、自身の右手へと視線を落とした。


 さっき殴った感覚が、まだハッキリと残っている。


「なあ、ツナグくん。君はどうして村人のために立ち上がったんだい?」


 ヒトリの質問に、ツナグは言い淀む。


 なぜと聞かれても、身体が勝手に動いていたからだ。


 村人の善意を、キズナの優しさを、山賊アイツらはいともたやすく踏みにじってみせた。


 ツナグはそれが許せなかった。そんな屈辱を受けて、怒りのままに行動していただけにすぎない。


「……俺はただ、黙ってアイツらにされるがままだったのが嫌だったんだ。このまま見ているだけじゃダメだって、そう強く思って……」


 ヒトリは興味深そうに微笑み、「そうかい」と相槌を入れてから、こう提案する。


「ツナグくん。改めてなんだが、わたしと――わたしたちと手を組まないか?」

「……はぁ?」


 イマイチ誘いを飲み込めないツナグ。次に、キズナもヒトリの横に立ち、続けて話す。


「もうお姉ちゃんったら、そんないきなり誘ってもツナグ、困るって!」


キズナはやれやれと肩を竦めてから、ツナグへ笑顔を向けて説明する。


「……あのね、実はわたしたち、世界をよりよくするために活動している革命家なんだよ!」


 キズナは自身の胸に手を当て、注目を向けるかのごとくポーズを取った。

 ツナグは「革……命家?」と、普段聞き慣れない言葉にたじろぐ。


「――わたしたちはね、この世界を変えたくて活動しているの。今この国は……ううん、世界は腐ってる。わたしたちはそんな現状いまを変えたくて、革命家を名乗っているんだよ」

「腐って……?」

「君もわかるでしょう? 今この世界は、『マーザーデイティの末裔』が牛耳ってる。奴らがトップになってから、国は奴らの言いなりよ」


 ツナグは「マーザーデイティ……?」と小首を傾げた。


 そんなツナグを見て、キズナは目を丸くする。


「し、知らないの!? この世界を作り上げた神様、マーザーデイティの末裔だよ!?」

「いや……その俺は……」


 言い淀むツナグを見てか、ヒトリはキズナの肩に手を置きながら、キズナにこう語る。


「ツナグくんはねぇ……ついさっき転生の間に現れたばかりの、新参者しんざんものなのさ。ツナグくんにはこの世界の常識が一切わからないといってもいい」

「! そうだったんだ! なるほど! それなら納得がいくよ! だから君はあのときも森で迷子に……。……にしても珍しいね〜、異世界から人が来るなんて。転生者なんて、結構久々なんじゃないかなっ?」


 ツナグは「……えっ!?」と、顔を上げた――キズナからさりげなく放たれた、「異世界から人が来るなんて」――というのは、つまり、


「俺以外にも異世界から誰か来たことがあるのか……!? そりゃあもしかして、俺と同じ世界……日本から来たってことは……!」

「残念ながら答えられないねぇ。この世界では、転生者に関する守秘義務ってモンがあるのさぁ」


 ……ま、気楽に過ごしなよツナグくん、とヒトリは前置きし、言う。


「――


 ――自分が過ごしてきた、あの現実世界帰る方法はない。


 その実情は突然に、その上呆気なく告げられたツナグは、ショックだとか怒りだとか悲しみだとか、そんな感情は一切通り過ぎて、ただただ呆然と、ヒトリを見上げてしまうのだった。

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