エイプリルフール


 それから毎日、私は生徒会室に行く前に花壇を見に来た。



 そんな、ある日。



 咲いた。

 咲いているよ。


 チューリップ。




 私は走って、長谷田先生を探しに行った。





「……咲いたな」

「咲きました」



 今日は、エイプリルフール。


 嘘つきのあなたたちが植えたから、今日咲くことにしたよ。

 なんて言葉が聞こえてきそうなチューリップたち。


 嘘で~す。本物の花ではありません、造花でした。

 とか、あり得るかな?



 そんなこと1人で考えて思わず笑いが零れる。



「……何笑ってんだよ」

「いいえ、何もありません」



 『商高花壇』の前で2人、咲いたチューリップを眺める。

 ピンク、赤、白の3色が、長い花壇に咲いていた。



「先生、この3色の花言葉は何ですか」

「……え、お前。チューリップに色別の花言葉があること覚えてたのか?」

「はい」



 チューリップの花言葉は『博愛、思いやり』

 色別の花言葉もあるけれど、何色が咲くかは言えないと言われてはぐらかされた。



「……知りたければ。生徒会室、集合」

「え?」



 そう言って先生は早歩きで校舎に向かいはじめた。



「え……待って」



 私も早歩きで、先生の後を追った。




 *




 生徒会室に着くと、先生は何故か扉の鍵を閉めた。



「……何で?」

「何故だろうな」



 そして長谷田先生は唇を噛みしめて……私を抱きしめた。



「……」



 先生の突然の行動に、体が硬直する。



「先生……。何ですか……」

「渡里、俺はお前が嫌いだ」

「知っています。私も、先生が嫌いです」

「…………なら、何で抵抗しないんだよ」

「先生こそ、行動と言葉が矛盾していますよ」



 抱きしめる先生の手が優しすぎてむず痒い。

 そっと上を向くと、眉間に皺を寄せた先生の顔が見えた。



「渡里……嫌い」

「私も。先生が嫌いです」

「あぁ、嫌い」

「嫌い」

「お前なんか嫌いだ」

「先生大嫌い」



 先生は私の顎に指を添え、そっと唇を重ねてきた。



「……」



 ビックリしすぎて……思考が停止する。



「……エイプリルフールにしては、やり過ぎです」

「……………ピンクは、愛の芽生え」

「え?」

「赤は、愛の告白。白は……新しい愛」

「……」

「花が咲いたら、俺が伝えたいと思っていたこと。嘘だらけの俺たちの“嘘を取り払う”、希望の花になる……はずだった」

「……」

「なのに、この花たち。よりによってエイプリルフールに咲きやがったからな。なんかそれすら嘘みたいになってしまったよ。…………嘘つきの俺には、ぴったりかもしれねぇが」



 そう言いながら再び唇を重ねた。


 私に触れる手が少しだけ震えている。



「……なぁ、渡里。生徒会長として頑張る渡里のこと、一番近くで……支えさせてもいいか?」



 耳を疑うような一言に、意識が遠のきそうになる。



「……」



 そっと目を閉じ、精一杯の一言を捻り出した。



「……エイプリルフールだから。全て嘘に聞こえます」

「……嘘はさっきの“嫌い”までなんだが。……もう、何が嘘で何が本当か分からねぇな」



 私が返答を考える前に、先生はもう一度唇を重ねた。



「渡里……。これからは俺がそばにいて、いつでも助けてやる」

「……」



 長谷田先生は、見たことがないくらい優しい表情をしていた。



 心拍数が上がる。

 全身に響く心臓の音は、私のものか、先生のものか……それすらも分からない。



「……先生は球根を購入した時から、花が咲いた時のシチュエーションを考えていたのですか」

「……」



 私の一言に先生の体が大きく飛び跳ねる。



「………残念だが。それは、言えないな」



 顔を真っ赤にした先生は、顔を隠すように力強く私を抱きしめた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る