第5話 運命の影なる交錯

 そう言う僕の手には、既に3本目の缶が開けられていた。

 少々、思考に霞がかってきたのを感じたけれど……まだまだ眠れそうにはなかった。



 『LV66,まほうつかい,MR』:及ばずながら俺も飲んで応援するぜ、ビールしか無いけど🍉

 『LV1,さそりばち,IT』:スイカさん🍉飲みたいだけやろw

 『LV1,バブルスライム,GS』:料理酒で良いなら俺も助太刀するぞ


 画面の文字を見て、残り少なくなった缶の中身を確認……そこでふと、先程かけておいた電気ケトルが止まっているのに気付き、僕は立ち上がって電源を抜く。そのまま、カップ麺にお湯を注ぎ蓋をして割り箸を手に取り再びPCの前に座った。

 ついでに、ビーフジャーキーの袋を開けて一枚引っ張り出し、噛みしめる。久しぶりに味わう、スパイスと肉の味……。僕はこれが好きだったのだが、倹約のためにずっと我慢していた。いや、あの女との将来のために色々節制して貯めていたのだ。

 もう、そんな我慢とも無縁オサラバになる────。


 その後も、冷やかし混じりながらもスレの住人達は同情と慰めの言葉をかけ続けてくれた。正直自分が、こんなネット掲示板に入り浸って心を救われるような状況に置かれるとは思っていなかったのだが、人生において予定や予測なんかは何ら意味を持たないという事が、これで分かった気がする。


 スレ住民たちの賑やかなやり取りを流し見ながら、カップ麺をあらかた啜り終わった頃、また僕にアンカーが打たれた。



 『LV9,うごくせきぞう,CP』≫(バラモス,WQ):しかし、よりにもよって、このタイミングとはなぁ……ハロウィンとか一緒に行く約束とかしてたんじゃないか?

 【LV31,バラモス,WQ】≫(うごくせきぞう,CP):まぁ、いちおうは



 相手はどうか知らないけど……僕はしっかり立ててた。

 それこそ、ハロウィンの仮装して彼女の部屋に行って、街に出たいなら出掛けて……お腹が空いたらレストランかどこかに……──そんな計画をしていたんだ。

 ……あ、そういえばドンキで買っておいた仮装衣装、無駄になっちゃったな……。



 『LV2,アルミラージ,US』:セフレとそんなん行くのか?w

 『LV34,けんじゃ,SB』:行くんじゃねーの、知らんけど

 『LV1,バブルスライム,GS』:セフレ具合にもよる

 『LV1,さそりばち,IT』:友達寄りのセフレなら有り、セフレ寄りのセフレなら無し

 『LV1,スライム,PP』:セフレ寄りのセフレってなんだw

 『LV81,ボストロール,U2』:だから、バラモスはセフレじゃなくプラトニックのつもりで本気だったんだよ!

 『LV17,グール,5H』:あぁー、無情…

 『LV9,ベビーサタン,WF』:そら、予定くらい立ててるわな……

 『LV1,マンドリル,EX』:改めて考えると、やっぱつれえわ

 『LV81,ボストロール,U2』:時期も良くないよなぁ、ひょっとしてクリスマスまで予定組んでたんとちゃう?

 『LV18,そうりょ,LS』:あー、もう今年もそういう時期かぁ……

 『LV1,さそりばち,IT』:く~りすますが

 『LV2,アルミラージ,US』:今年も

 『LV34,けんじゃ,SB』:やってこない♪

 『LV3,デスストーカー,C6』:このスレに居るやつでマジでクリスマスに予定組んでるやつなんかいるのか

 『LV3,じごくのよろい,AM』:予定くらいはあるやろバイトの予定とか忘年会とか

 『LV1,ドラキー,SE』:バイトはともかく忘年会は無いな

 『LV66,まほうつかい,MR』:会社勤めならあり得るんじゃねーの?🍉

 『LV1,さそりばち,IT』:会社の忘年会をクリスマスに被せる奴ってろくなもんじゃねーなw

 『LV1,てんのもんばん,PM』:きっと童貞だぞその幹事w

 『LV13,マドハンド,VS』:うちの部署はクリスマスだぞ、一次会的な感じで軽く挨拶と乾杯だけしてあとは自由に解散みたいな

 『LV1,あばれざる,GF』:あー、部署の「ご苦労さん会」みたいな感じ?

 『LV13,マドハンド,VS』:そうそう、そんな感じ。で、課長と係長と取り巻きだけが一次会場に残って他は各々別な店に行く、みたいな

 『LV5,スカイドラゴン,DM』:それくらいならまぁ、いいか



 クリスマスか……

 確かに、漠然とだが計画は考えていた。レストランで食事してから、予約しておいた少しいい部屋で映画見てケーキ食べて……そんな他愛のないものだったが、いつも独り身が当たり前だったクリスマスの特有の寂しさから開放された気分は、一時的とは云え良いものだった。いつも横目で見ていた幸せそうなカップルを見ても、今年はやさぐれることも嫉妬に惑うことも無かった。



 『LV11,ガメゴンロード,OP』:コロナ以降、飲み会が面倒くさくていかんわ

 『LV26,ホイミスライム,9V』:同感、せっかく飲み会が無くなったと思ってたのに

 『LV1,マンドリル,EX』:無くていいよな、もはや

 『LV3,バリイドドッグ,AD』:せっかく撲滅したと思ってたのに、ああいうのは不思議と復活するんだよな

 『LV1,スライム,PP』:飲み会好きってのは一定数いるからな

 『LV2,アルミラージ,US』:妻子持ちの話だろそれ

 『LV34,けんじゃ,SB』:家にいるより会社の部下に絡んでる方が楽しいんやろ

 『LV1,てんのもんばん,PM』:最低だな

 『LV34,けんじゃ,SB』:そういう上司がいるから

 『LV7,ミイラおとこ,CC』:家にいたくないような相手と何で結婚したのかな

 『LV54,はぐれメタル,WU』(主):結婚当初はそうじゃなかったんやろ

 『LV9,うごくせきぞう,CP』:既婚者で愚痴こぼさないやつなんか見たこと無いぞ

 『LV66,まほうつかい,MR』:なんで結婚なんかするのか🍉

 『LV1,キメラ,GM』:コレガワカラナイ

 『LV3,バリイドドッグ,AD』:子どもができるまではそれなりに仲が良い

 『LV2,アルミラージ,US』:子どもができると優先順位が変わる

 『LV1,さそりばち,IT』:これだな↑

 『LV9,うごくせきぞう,CP』:子どものいない夫婦のほうが仲いい気がするな確かに

 『LV81,ボストロール,U2』:それはあるかもな



 ────だが、今年も一人きりのクリスマスが確定した訳だ。

 いや、なまじ気分が上っていた分、いつもより余計に落ち込んだ当日を迎えることになるだろう。


 一人きりのクリスマス……それも、いつものこと────

 だけど、やっぱり悲しい。


 あんな女でも、僕は……本当に好きだったんだなと、改めて思っていた。



 『LV6,さつじんき,MS』:まあ、今夜はバラモスを元気づけるためにみんなで飲もう!

 『LV9,うごくせきぞう,CP』:なんかさっきから、このさつじんき優しいなw

 『LV1,さそりばち,IT』:優しいさつじんき?

 『LV17,グール,5H』:www

 『LV8,バラモスゾンビ,CM』:実は優しいさつじんき

 『LV1,あばれざる,GF』:ラノベかよwww

 『LV1,スライム,PP』:新作マンガでありそうなタイトルw

 『LV13,マドハンド,VS』:おう、俺も励ますぞ

 『LV81,ボストロール,U2』:そうだなワイも追加の酒買ってくるわ一緒に飲もうぜ

 『LV7,ミイラおとこ,CC』:ついでに女神イージスに課金(お布施)もしようw

 『LV3,バリイドドッグ,AD』:そういや、これイージススレだったなw

 『LV1,マンドリル,EX』:今更気づく新事実w

 『LV54,はぐれメタル,WU』(主):雑談しかしないスレw



 「女神イージス」というのが、このスレ元のゲームに出てくる神の名前だ。

 この空間にいると、ときどき何のスレッドだったか忘れそうになるが、一応ゲームの交流スレなのだ。それでもみんな、雑談のほうが楽しいらしい。



 『LV18,そうりょ,LS』:元気出せよ……?

 『LV9,ベビーサタン,WF』:うん、そうそう

 『LV26,ホイミスライム,9V』:おれ、お前の部屋に行っちゃるわ

 『LV13,マドハンド,VS』:俺も俺もw

 『LV17,グール,5H』:ワイも

 『LV1,ごくらくちょう,SH』:拙者も

 『LV1,あばれざる,GF』:俺なんか、もう来てるぞ

 『LV9,うごくせきぞう,CP』:おう、早く開けてくれよw

 『LV6,さつじんき,MS』:もしもしあたしさつじんき、今あなたの部屋の前にいるの

 『LV2,アルミラージ,US』:メリーさんかwww

 『LV66,まほうつかい,MR』:さつじんきさんw🍉

 『LV6,さつじんき,MS』:みんなでバラモスを励まそう~

 『LV18,そうりょ,LS』:うん、そうだよみんなで励まそう

 【LV31,バラモス,WQ】:みんなありがと、冗談でもマジで嬉しいよ


 誰も来る筈の無いアパートの玄関ドアに目を遣り、また画面に視線を戻す。手にした4本目の缶の中味も、そろそろ終わりそうだ。

 みんなの励ましのお陰で、ようやく睡魔が忍び寄ってきたような気がする。

 僕は、画面を横目に毛布を引っ張って被り……PCの前で身体を横たえた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る