第3話 バラモスLv31
なげやりな気持ちでの帰路だったが、通行人に迷惑をかけて殴られたり車にはねられたりすることもなく、僕はすんなりとアパートまで戻ってきた。どうやら、世界はそう都合良く劇的に動き出したりはしないようだ。
二階建ての築20年の安アパート──。
見るからにくたびれた外観だったが、水回りだけは入居前にリフォームされていたので室内はそれほど薄汚れた感じもない。おまけに、大家さんが好意でインターネットのWifiを開放してくれているので、ネットは使い放題。
ここが、今の僕の城である。
中に入るとすぐに鍵をかけ、靴を脱ぎそのまま揃えもせずに僕は部屋の真ん中のテーブルに買ってきた酒を放り出す。ごく小さな台所スペースにある戸棚から、買い置きのカップ麺を取り出して、それから電気ケトルに水を入れて火にかけた。
ほとんど、無気力に支配されてしまったような精神状態だったが、お湯が沸くまでの僅かな間、僕はPCの電源を入れブラウザを立ち上げる。
そして、数年前から続けているソーシャルゲームのサイトを開いた。いつもの惰性で、こんなときでも手が伸びる……。だめな人間のようでもあるが、今はただ何かしら心の慰めが欲しかった。
僕が数年前からハマっている、この『英雄戦記イージス』というゲーム。
今では絶滅危惧種となった『ドット絵』で表現されている、おじさん心をくすぐる内容である。おまけに、グリグリ動く3Dムービーもキャラクターのボイスなどの要素も一切無い。
だが、最近ではゲームの方はあまり熱心ではなく、専らユーザー同士の会話の方が目的になりつつあった。僕の入り浸っている、非公式のゲーム交流掲示板だ。いわゆる、スレというやつである。
こういう掲示板サイトは、大抵が悪口雑言と貶し合い、そしてマウントの取り合いでお世辞にもいい空気では無いものだが、このゲームの
ネットの掲示板界隈で、これだけ民度の高いスレというのは珍しいらしく、一度ネットニュースになったこともあるほどだった。
もちろん、主題はゲームに関する質問や意見交換の場なのだが、節度を守っていればある程度の雑談も許容されている。ここに通っている人は、年配の人もそれなりに多いらしく、頻繁におじさんトークが交わされていることが多かった。同年代に馴染めない僕にとっては、むしろ居心地のいい環境だったのだ。
板を開くと、40人ほどが入室していた。その中でも頻繁にやり取りしているのは10人くらいだろう。あとは、振られたネタに合いの手を入れたりネタを振り返したりの、その他大勢のスレ住人たちがたくさん……。
いつもの面々が顔を出していることに幾分ほっとして、僕も参加することにした。
【LV31,バラモス,WQ】:ただいま
僕が、軽い挨拶を打ち込むと、次々と返事らしきコメントが返ってくる。
『LV6,さつじんき,MS』:おかえり
『LV13,マドハンド,VS』:おっつー
『LV26,ホイミスライム,9V』:バラモスの帰還
『LV17,グール,5H』:お土産は無いんか?
『LV3,じごくのよろい,AM』:あるわけ無いやろw
『LV1,てんのもんばん,PM』:いや、あるかもしれんぞ
『LV66,まほうつかい,MR』:あったとして、スレでどうやって?w🍉
『LV11,ガメゴンロード,OP』:えっちな画像とか
『LV54,はぐれメタル,WU』(主):やめろよ、上げるなよ? アク禁するぞ
『LV34,けんじゃ,SB』:彼女の写真挙げてもいいのよ
『LV81,ボストロール,U2』:顔は晒すなよ
『LV7,ミイラおとこ,CC』:経験者は語るw
あっという間に、次々とコメントが投稿されていく。
「流れが早くなる」というやつだ。
これも、いつものこと。
その中で、彼女という単語が出て、また胸がチクリと傷んだ。
……バラモスWQ、というのが僕のここでの呼び名だ。
この掲示板は、参加者一人ひとりに自動で割り振られるドラクエモンスターの名前が便宜上の名前となる。これは「忍術帖」と呼ばれており、個人を識別するためのものだ。もちろん、名前の数には限りがあるので同じ名前の人もいる。その場合は、後に続く英数字とレベルで見分ける事ができるのだ。
この掲示板はちょっと面白くて、コメントを打っているとその数に応じて忍術帖に経験値が入り、午前零時の時点で規定値に達していればレベルが上がる、そしてレベルに応じてスレッド内に画像が貼り付けられるようになったり、「忍術」という名の特殊なコマンドが使えるようになったりする、という凝った仕掛けがあるのだ。
僕のレベルは、現在31。
全体で見れば中堅であるが、これがあまり高いと四六時中掲示板に入り浸っていることにもなり、恥ずかしいことでもあるのでLv10を超えたあたりでリセットする人も多い。
……スレの中はいつも通り平穏で、雑談7割ゲームの内容3割と言った感じだった。ここだけは本当に、いつ来ても実家のような安心感がある空間だ。僕はそのまま、他のユーザーの雑談を流し見ていた。
コメントの流れは緩やかで、本当に雑談がポツポツと交わされているだけのようである。ゲームの方に大きなイベントが無い時は、大体がこんな感じだ。
……急ぎの質問も出ていないようだし、振ってみようか。
一人でうじうじ考えていても碌な事にならないだろう。聞いてもらって楽になるなら、言ってみてもいいかもしれないと、僕は思った。怒られたら、今日は退出しよう。
【LV31,バラモス,WQ】:ねえみんな、関係ない話だけど聞いてくれる?
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