今年こそクリスマスを中止するためコンドーム工場を破壊してみた♂️♀️
天川
第1話 疑惑の避妊具
─────某月某日、とある女の部屋にて
「はぁ? ……何怒ってんの?」
さも、僕がおかしなことを言っているという風体の、呆れたような小馬鹿にしたような彼女の声。それが虚勢か、それとも本心からそう思っているかのはともかく、僕の思惑は完全なる的外れだったということが、これではっきりした。
「浮気されたんだよ……怒って当然だと思うけど」
僕は、静かに返答する。
相手に悪気が無かったとしても、ここはあくまでも僕の主張を変えるべきじゃないだろう。最早、相手を納得させるとか理解してもらうという段階ではないだろうが、取り繕って綺麗に終わろうなどとは思わなかった。伝わらなくてもいい、僕が誠意を持って付き合っていたということだけは、ここで言い置いていくべきだと思ったからだ。
だが、僕の言葉を聞いた彼女……だった者は、今度こそ完全に呆れ僕をさも低能な生き物であるかのような目で見て、言い放った。
「ばっかじゃないの、浮気ってそれ本気で付き合ってる同士で言うことじゃん!? あたしいつ本命って言った? あんたまさか本気であたしが好きになってたとでも思ってたの?」
……正直なところ、この人が僕のどこに惚れたのか甚だ疑問があるような付き合い始めだったことは認める。
それでも、僕は本気だった。
これは嘘じゃない。
誠心誠意、嘘偽り無く彼女を好きになって尽くそうと思っていた。
だが、相手は全くそうは思っていなかったということだ。
数分前…………
3日ぶりに訪ねた彼女の部屋から、見知らぬ男……いや、正確に言うと大学で何度か見かけたことがある男だったような気がする────が出てきたのを目撃した。当然、部屋に入って彼女に確認しようとしたが、問い詰めるまでもなくクロであることは明白であった。
そもそも、この女は隠そうともしなかった。
最初の二言三言は多少、私が悪かった、的なことを言ったような気がするが……それはあくまで、僕が来る直前のしかも鉢合わせするようなタイミングでヤっていたということを詫びただけで、行為そのものについては全く罪悪感を感じていなかった。もとより、この女は最初からそのつもりで僕とも関係を持っていたのだろう。
数いる男のうちの一人、その他大勢。
果たして僕は、その中での何番目だったのかなんて考えることすら馬鹿らしい。
一週間ほど前、慌ただしいスケジュールを縫って彼女との時間を作り部屋を訪れた。買ったばかりの避妊具は、ひと箱(12個入り)のうちの半分ほどを使ったところで時間いっぱいとなった。元より倹約家の僕は、残った
「えー、置いていってよ。誰と使う気よ~?」
などと、可愛げのあることを言っていたのに気を良くしてしまい、そのまま彼女の部屋に置いていったのが失敗だった。
……いや、置いていかなくても結果は変わらなかっただろうが。
ともかく僕の置いていったそれは、次に来た時には数が減っていたのだ。
僕は、彼女を問い質したが「勘違いだよ、最初からこの数だったよ」「細かいこといちいち気にしすぎ」などと、まともに取り合おうとしなかった。
その時点で、かなり嫌な予感はしていたのだが、本日……改めて訪ねたこの部屋から男が出てきたのを見て、これは決定的だと思った。
部屋に入ると、先程まで致していたことが明らかな様子。半裸の彼女と、ご丁寧にゴミ箱には、まだ湯気も立つほどに使ったばかりであろうそれが捨てられていた────。
「……で、何が問題な訳? あんただって今、あたしのとこにヤりに来てるわけじゃん? あたしがシャワー浴びて向き合えば、その気になるんでしょ? ……今までと何が違うってのよ?」
……癪に障る言い方だった。
確かに、これまでも状況的には全く同じだったということなのだろう。この女は、今までも別な男と交わっていた。だがそれは、あくまで僕が知らなかっただけでこの女にとってはいつものことだったということだ。悔しいけれど、それはそのとおりなんだ。
「──で、どうすんの? ヤるの、ヤらないの?」
そんな暴論とも開き直りとも取れる内容をひとしきり宣ったあと、この女はこともあろうに半裸のまま、むしろ慈愛でも籠っているように微笑んで見せて、そう僕に聞いてきた。
……この期に及んでなお、この女は僕と交わる意思があるというのだろうか。
馬鹿にしてくれる、何様のつもりだ────、
そういう憤りは当然あった。
だが不思議なことに、敢えて先程の事情に蓋をしてこのままこの女に覆い被さってしまえば、これまで通りにこの身体を好きにできる……そしてそれは、僕が忌避しつつもどこか憧れてさえいた『陽キャのリア充という人種』の仲間入りを果たしたということにもなるのではないか、等という野心にも似た打算が浮かんできたのだ。
一方で、先ほど部屋を出ていったあの先客の男の事を思い出す。
……遠目に見た、この女と先刻まで交わっていたであろう男は、意外なことに地味な雰囲気だった。あれが、見るからにチャラい、如何にも遊んでいる風の男だったなら、即座にここを立ち去るなり女を罵倒するなりできただろう。
だが、あの男が自分と似たような地味で目立たないタイプであったことが、寧ろこの女の人間としての優位性と正当性を担保しているようにも思えて────、いっそこのまま欲に流されてしまおうかという気持ちが払拭できなかったのだ。
情けない……。
自分は結局、物事を深く考えない世渡りの器用なこういう人間に弱いのだろう。嫌悪しているタイプのはずなのに、何故か畏れ気後れして……逆らえない。
筋も合理性も、必然性すらも無いような生き方の人間に、いつも振り回されてしまう。
そんな自分を変えたいと思って、敢えて踏み込んだこの女性だったのだが、見事に足元を掬われ呑み込まれてしまった。
人としての、決定的な敗北感を感じた……。
誰が醸成した価値観なのかは知らないが、界隈の大学生にとってはこういう人間こそが勝ち組である事になっているらしい。
勘違いではない、予定どおり。
愛ではない、性欲。
秘密の漏洩ではない、全体としての共有────
そんな、器用と称されている自己都合。
それでも──僕は、打算こそが真っ当であるような、
……敢えて云うが、そんな軽薄な生き方だけはしたくなかった。
何と言ってやるのが正解か、ぐるぐると考えたが碌な言葉は出てこなかった。
「……帰るよ。ここへは、もう来ない」
辛うじて、僕はそう答えることができた。
せめて、なるべく平淡で無様にならない言葉を選んだつもりだったが、どうせこの台詞も後で後悔するであろう事は目に見えていた。
「あっそ、好きにすれば」
そう言って女の方は煙草なんぞに火を付け、到って平気な顔だ。強気というか勝ち誇っているようにさえ見える。どうせ、僕が出ていったらすぐに別な男を呼びつけることだろう。
……これ以上考えていても、利など無い。さっさと出ていこう。
我慢したつもりだったが、僕の表情には悔しさが滲んでいたかもしれない。
靴を履き、ドアを開けると外の風が思いの
風に靡かれ感傷めいた気持ちが起こり、一瞬……部屋の中を振り返りそうになってしまったが、それだけは鋼の意思で耐えることができた。
ドアが閉まる間際……
「だせぇ男……」
背中から、そんな罵倒が聞こえた。
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