オポチュニズム神話

ヘイ

第1話 ウェスタンホームへようこそ

 

「ようこそ、オレのファミリーへ」

 

 日本のある街には幾つかのグループが存在していた。互いの利益のために集まっただけの集団。ただ寄り添う仲間を求めようとした集団。権力者たちの為に動く集団。

 

「歓迎するぜ、ウェスタンホームに」

 

 彼ら、ウェスタンホームは街の西部に居を構えている。

 

「取り敢えず座れよ」

 

 促されるままに少年は年季の入ったソファに腰を下ろした。

 

「まず自己紹介からだな。オレはウェスタンホームの家長、本田ほんだ浩哉ひろやだ」

 

 ボーダー柄のシャツ、上着には黒のライダースーツ。動きやすい様な黒のチノパンツ。髪は金色だが、染めた訳ではない。

 目は青く、どちらも自前。

 

「どうも。僕は砂州さすみなとです」

 

 彼も自己紹介で返し、頭を下げる。

 髪は黒色、ボサボサでパーマがかかっている。天然モノだ。

 着用しているのはパーカー。更に眼鏡属性も加わり日陰者と言うのが近しい様な風体をしている。

 

「それで、他のメンバーは?」

 

 この寂れた廃ホテルには湊と浩哉以外の姿はない。

 

「ん、ああ……オレたち、ウェスタンホームは自由にやっててな。アイツらあんま基地に来ないんだよ。まあ家族ってのはそんなモンだ。大事な時にでも集まればいい。それに他の奴らにも伝えてんだけどな。ホームにはオレが居るから問題ないって」

 

 浩哉が不敵に笑う。

 

「お前も自由にやれよ。ここも自由に使って良いぜ。オレたちは『自由にやる集団』だ」

 

 家族なんだから遠慮はいらない、と。

 

「他のメンバーとも追々顔合わせって事でな。ただ、とんでもねぇ馬鹿がいるからソイツには気を付けろ」

 

 浩哉は両肘を両膝に付け、前のめりに。鋭い視線を湊に向けた。

 

「はあ」

「名前は李宗憲リ・ゾンシェン。キノコ頭のチャイナ服ってのを覚えとけ。他の奴らは大丈夫だと思うけどな、ソイツは頭のネジがぶっ飛んでる」

 

 浩哉は右の顳顬を人差し指でトントンと叩く。

 

「取り敢えず殺されそうになったらオレの名前を出せ。んで、キレそうだったら電話してくれ」

「殺されるって……その人は野蛮人か何かですか」

「まあ色々あんだよ。理由ってのがな……まあ、滅多な事ない限りは宗憲ゾンシェンのとこにゃ行かねぇと思うけどな」

 

 浩哉が言うには宗憲ゾンシェンがいるのは街の南区。

 この南区の事は街の住民である湊も当然に知っている事があった。

 数年前、南区では研究特区開発を根拠として一般人の立ち入りを厳しく制限しようとし、住民への立ち退きを命じた。

 当然これには多くの住民が反発、今も尚過激なデモ活動が行われることとなった。

 

「とんだ危険地域ですね。僕から近づく理由はないですよ」

 

 デモ活動に巻き込まれて怪我人も多数出ていると言う話が西区の住民の耳にまで入ってくる程だ。

 

「……だと良いんだけどな。まあ、お前がオレのファミリーに入りたくなった理由が何かにも因るが……場合によっちゃ南区まで行かにゃならんって事もあり得る。そん時はオレもついていけりゃ良いんだがな」

 

 彼がいれば宗憲ゾンシェンが味方になると言う事もあるだろう。

 

「手が空いてたら力貸すぜ? オレとお前は家族だしな」

「それはありがたい話ですね。僕がここに入りたかったのは自由と力が欲しかったからですし」

「力か……そう言う意味だったら宗憲ゾンシェンほど分かりやすい奴は居ねぇんだけどな」

 

 浩哉は宗憲ゾンシェンという男を信頼しているかは分からないが、能力を確かなモノだと評価はしていた。

 

「今も南区で暴れ回ってるって言えば分かるだろ?」

「はは……そりゃ仲間だったら心強いですね」

 

 さてと。

 浩哉はスマートフォンを見て、ソファから立ち上がった。

 

「どうしました?」

「別のグループが襲撃かけてきたらしい。つってもこの辺りだと『スペリオル』か」

「スペリオル?」

「ほら、お前も準備しろ」

 

 湊は言われるがままに立ち上がる。

 

「西区でもな。色々とグループが活動してんだよ……オレたちウェスタンホーム以外にも」

 

 その一例がスペリオルである。

 浩哉はスペリオルがどの様なグループであるのかをホテルの出口に向かいながら簡潔に伝える。

 

「権力者の犬だ。やってる事は子供狩りだとかだな。高給取りの変態共に売りつけて金を貰うっつー、悪趣味な奴らだよ」

 

 ウェスタンホームの家長である彼としては受け入れられない。子供を乱雑に扱うと言うのは。

 

「子供、好きなんですか?」

「そう言う話じゃねぇよ。オレは単純に雑なやり口が好きじゃねぇんだ」

 

 ホテルの扉が開かれた。

 夜空の中を二人は歩く。

 

「なあ、湊」

「はい」

 

 振り返りもせずに浩哉は「お前に期待しても良いのか?」と尋ねる。

 

「まあ、出来る程度なら」

「そうかい。お手並み拝見だな」

 

 ホテルを取り囲むスペリオルの一員と思しき集団。彼らは各々で武装している。

 バールにバット、空の酒瓶。

 

「よく来てくれたな、スペリオルの下っ端ゴミカスども。このホテルに空室はねぇよ。マナーの悪い客の予約も承ってねぇ」

 

 悪意には悪意を。

 敵意には敵意を。

 相手が暴力を振るうならば、守る為に振るわれるコレは正当なモノだろう。

 

「悪りぃがブッ飛ばす」

 

 闇の中を金色が暴れる。

 駆け出した彼は真正面の男に向かって、速度のままにミドルキックを打ち込む。

 ガードが間に合わず、数十メートルを吹き飛んでいく。

 

「……どうした?」

 

 退屈そうに浩哉は言う。

 

「ほらかかってこいよ」

 

 集団は一斉に浩哉に殺到する。

 

「僕は無視かよ……まあそれでも良いんだけどさ」

 

 別に武力を誇示したい訳でもなし。

 浩哉の武勇を眺めるだけでも構わない。

 

「おっと」

 

 背後からバールが振るわれる。

 特に確認する事もなくサラリと避ける。

 

「歓迎された以上は僕も何かしらで役に立っとかないとか」

 

 背後の襲撃者に肘鉄を入れる。

 男は泡を吹いて倒れてしまう。

 

「……んだ、こりゃ。クソ雑魚しか居ねぇな。異常者イレギュラーの一人でも居りゃマトモだったろうに」

 

 ものの数分。

 全てが片付いた。余りにも浩哉が圧倒的であった。湊が倒したのはたった一人だけ。

 

「居なかったですか?」

「居たらもうちょい苦労してる」

「それもそうですね」

 

 異常者イレギュラーは一般人とは違う。

 何かが頭抜けている。

 

「そういや湊。お前も異常者イレギュラーか?」

 

 湊は肩を竦め「いやいや、僕は単なる一般人です」と答えてから。

 

「そういう浩哉さんは異常者イレギュラーなんですか?」

「まあな。オレは筋力発達パワードの方でな」

 

 異常者イレギュラーは主に二種。

 筋力発達パワード感覚発達センス筋力発達パワードは異常な身体能力を発揮し、感覚発達センスは五感が冴え渡る。

 

宗憲ゾンシェンもそうだぞ」

 

 湊が把握できた二人はどちらも異常者イレギュラーであるとの事。二人という時点で一つのグループとしては破格の戦力である。

 

「凄いな……」

 

 このグループであれば、と湊は腕を組んで考えこむ。

 

「取り敢えず、浩哉さんが僕に手を貸してくれるってので嬉しいですよ」

 

 この場に居ない宗憲ゾンシェンという男はさておいて。

 

「こんなんじゃお前がどんなもんかよく分かんなかったな」

「それはまあ。もし仮に、僕に力がなかったらどうするんです?」

「別に構わねぇよ。ファミリーは強いも弱いも受け入れる。家族ってのはそう言うモンだ」

 

 ウェスタンホームは何処までも温かく、家族を守る居場所であり続ける。リーダーが願う形であるから。

 

「…………」

 

 何が浩哉をそうさせるのか、湊には分からないが。

 

「今日のとこは解散だ。オレはコイツら片付けとくから。帰って良いぞ」

 

 湊はただ自分の目的の為に。

 

「では、失礼します」

 

 

 

 

 

「……あの、何処まで着いてくるんです?」

 

 湊は帰り道で立ち止まる。

 暗がり、電灯はあれど視野は狭い。感覚発達センス型の異常者イレギュラーでもなければ万全には見えていないだろう。

 

「気が付いていましたか」

「まあ、普通に」

「……これでも自信があったんですがね」

 

 湊の前に現れたのは灰色のパーカーを着て、目深に被り顔を隠した少女。

 

「浩哉さんにスペリオルの襲撃を伝えたのは貴女で間違いないですか?」

「はい、私です」

 

 少女はフードを取り、美しい銀色の髪を晒しながらに口を開き「失礼をお詫びさせていただきます。申し訳ございません」と目を伏せた。

 

「私はイナホです。ウェスタンホーム所属の異常者イレギュラー、本日からアナタの家族となります」

「苗字は?」

「単なるイナホです。家名はありません」

「……なるほどね」

 

 流石に踏み込む事はできない。

 訳ありだろうとは湊にも推測できるが、他人の領域だ。会ってすぐの人間が家族であるからなどと踏み込んで良い話でもない。

 

「それで僕に何の用ですか?」

「アナタの真意を確かめようと思いました」

「随分ペラペラと話してくれるけど……」

「アナタには通じないでしょうから」

 

 隠し事も、しようとした事も全て看破されるだろうとイナホは悟ったのだ。

 

「ですが聞かせてください。アナタは別にウェスタンホームでなくとも構わなかったのではないですか?」

「……それは浩哉さんも分かってると思いますよ」

 

 浩哉も分かった上で湊を見逃している。

 自由と力を求めていると宣った湊をウェスタンホームで受け入れたのだから。

 

「アナタはウェスタンホームを裏切るかもしれない」

「そんなまさか」

 

 湊はあり得ないと言うように両腕を広げる。

 

「ですので、これから私はアナタを監視させていただきます」

「……それは何処までなのかな?」

 

 プライバシーの侵害に当たらないのか、と抗議したくもなる。思春期男子として当然の反応だ。

 

「安心してください。私も人間です。文化的に生きてるつもりですので」

「なら、僕の家までは上がりこまないって事で良いんだよね?」

「はい、朝は午前六時から夜は午後九時まで」

「大分ブラックな就労時間だね、それは」

 

 しかしこれは本気だと理解した。

 何せ目が語っている。

 

「まあ、僕としては困らないし。何としてもウェスタンホームの力が欲しいのも事実。その為に信頼がいるなら監視でも何でもすると良いよ」

 

 現状では他のグループを探すよりもウェスタンホームに居る方が自身に合っていると考えた。自由な方針も、異常者イレギュラーという戦力の数も。

 このレベルを探すのは一苦労だ。

 監視と言っても、こうして堂々と隣を歩くのなら。

 特段、湊が意識する事はない。気配が気になると言う事もない。

 彼がしなければならないのは、ウェスタンホームに牙を剥かない姿勢を見せるだけだ。

 自由と言って差し支えないだろう。

 

「ところでイナホさん。手っ取り早く信頼を得るにはどうしたら良いかな?」

「私と一緒に他地区のグループの情報を集めればウェスタンホームへの貢献になります。私が求めるのはそれだけです」

「了解」

 

 湊の活動方針はイナホの信頼を勝ち取る事となった。最大目標に到達するための第一目標である。

 

「それでは明日は早速北区に向かいましょう」

「ん? スペリオルの監視は?」

「それ以上に重要性が増した件がありまして」

 

 スペリオルの存在以上に危険なモノが北区には存在している。

 

「北区」

「北区で三つのグループが集い『三頭さんず會』というチームを結成したそうです」

「北区にウェスタンホームのメンバーは」

「それが三頭會結成後から連絡が取れなくなりまして……」

「嫌な予感しかしないなぁ」

 

 湊が覚えた予感をイナホも感じていただろう。三頭會の結成によって北区にいたウェスタンホームメンバーが何かしらの被害を受けたのではないかと。

 

「きっと浩哉さんも黙ってません」

 

 彼は家族の為に戦う人であるから、とイナホは信頼していると堂々と。

 

 

 

 

 * * *

 


 

 北区、某所。

 ここはマンションの一室である。

 高層階にて老人と若い女が顔を突き合わせていた。用意されていた椅子は三つ。一人は欠席であるとの事。

 一度も顔を見せた事はない。

 

「はぁ……三頭會結成の立役者だというのに全く顔を見せぬのだから困りモンじゃな」

「仕方ないわよ。いつもこうなんだから」

 

 老人は「そうじゃがのぅ」と部屋に飾り立てた少年少女達を眺めて下卑た笑みを浮かべた。

 

「まあ、今宵も儂らだけで楽しむか」

 

 鎖で繋ぎ止めた。

 逃げ出す事は不可能だ。

 

「此奴らじゃ。儂等を嗅ぎ回っておったのは。西区の……何と言ったかの。ガキの集まりがあったじゃろうて」

「ウェスタンホームね。中々気に入ってたんだけど……まあ、こうやって子供達を甚振るのも悪くないわ、ねっ!」

 

 三頭會はただ『己の欲望の為だけに』をモットーに動いている。残虐非道、冷酷無比。悪辣だろうと、外道だろうと。

 ただ、赴くままに。

 

「あ、ああっ………アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 眼球にダーツが突き刺さる。

 悪魔の所業が行われている。止める者はいない。ケタケタと笑う声と、悲鳴が混ざり合う。

 

「北区は独立した。一個の国として完成するのだ!」

 

 三頭會所属の異常者イレギュラーは少ない。

 だが彼らには武器がある。異常者イレギュラーを殺すことの出来る武器が。

 

「ヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」

「所詮、異常者イレギュラーが幾ら集まろうと武装集団の前じゃ子供のお遊びよねぇ」

 

 西区と東区のグループは敵ではない。

 三つの組織が連盟した三頭會は資金力、人的資源でスペリオルを上回る。

 そしてスペリオルと小競り合いを続けているウェスタンホームもまた、多くの異常者イレギュラーを抱えているとはいえ子供の兵隊。

 殺しも行う三頭會の兵士とは練度が違う。

 

「戦争経験のある儂が育てた兵士じゃぁ。子供が適う道理などありゃせんわ!」

 

 数十年前の実戦から得たノウハウを全て叩き込んだ最高傑作。

 

「趣味に走るのも良いけど……装備整えたりは私のお陰って事忘れないでよ?」

 

 北区に完全なる帝国が誕生すると二人は確信していた。

 

「今は資金なんて簡単に稼げるけど」

 

 三頭會の結成によりお互いを邪魔する事がなくなった。資金調達の為の闇売買の妨害は北区内で起きる事はない。

 

「それでも折角のお金をお爺ちゃんに浪費されちゃたまったモンじゃないのよ」

 

 仲間同士での殺し合いなど馬鹿らしいが、言いたい事の一つや二つあるのだ。

 元々は争っていたのだから、当然に。

 

「あら、電話?」

 

 時代に似合わない固定電話に着信が入る。

 ジリリリと鳴り響く音、当然のように相手の連絡先は分からないが。

 

「はぁい、もしもし?」

『オレだ』

 

 機械音声が女性の耳に響く。

 年齢不詳。性別は恐らく男性。一度も素顔を見せた事がない。

 

「あら、今日は会合の予定だったのに」

『緊急の用ができちまってな』

「それって三頭會の集会よりも重要なの?」

『重要っつうか、うざったいのに絡まれたって感じだ』

 

 それを追い払うのに時間を取られた。

 

『まあ、んな事はどうだって良くてな。オレが北区に三頭會を作ったのは東区の方をどうにかして欲しいからなんだよ』

「西区ではなくて?」

『西区よりも東区のが手っ取り早いだろ。あそこにはグループがない。それに、ルールも合ってないようなモンだ。西区はウェスタンホームもスペリオルも小競り合いでわざわざ真反対の東区まで出征できねぇし。南区もデモ部隊との戦いで近くても手が伸ばせない』

 

 今は三頭會が西区を収めやすい。

 

「西区もあのお爺ちゃんの兵隊ならどうにかなると思うけどね」

『確実な方からだ。東区を押さえて資金面をさらに潤沢にしてからにしろ。スペリオルもウェスタンホームもオレ達より多くの異常者イレギュラーを抱えてる』

 

 全武力を東区へ送り込めと言う話ではない。自衛として北区に幾つかを残し、東区を抑える為に何割かを。

 

「東区には何があるの?」

『別に東区自体が重要なわけじゃない。これは目的の為の一つの手段でしかない』

「随分壮大な青写真を描いてるのね」

『まあ悪い話ではないと思うけどな』

 

 三頭會にとっても。

 

「それはどう言う意味で?」

『オレ達の国が巨大になる』

 

 支配権が広がる。

 三頭會は支配欲の強いグループだ。何せ三人のリーダーがそうなのだから。

 

『分かったなら、そこのお爺ちゃんに伝えてくれ。東区を征服する戦争の始まりだってな』

 

 返答を求めていなかったのか通話が切られた。

 

「はいはい。お爺ちゃん、戦争よ」

「ほう? 敵は何処じゃ? ウェスタンホームか? スペリオルか?」

「ノー。今回は東区よ」

 

 彼女はダーツを手に取り、縛り付けられた少年に向けて投擲した。脳天に突き刺さる。深々に突き刺さったわけではない為、死にはしないだろう。

 

「つまらんのぉ」

「彼から言われたのよ。良いから準備して」

「仕方あるまい。戦争になればええんじゃがな」

 

 三頭會は東区に向けて侵攻する。

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