第2話 砂州湊は一般人である
「北区ってこんな所なのか」
区域として東西南北に分けられているものの西区と北区には然程の差はない。同じ街であるのだから当然といえば、当然ではある。
「勝手に居なくならないでくださいね、湊さん」
「分かってますって」
朝、自宅前まで迎えにきたイナホに大人しく着いて行く。
「にしても……大人ばっかりだなぁ」
「……そうですね」
西区にもスペリオルの活動拠点がある為、時間帯によっては子供の活動も消極的となる事があるが北区は西区の比ではない。
時刻は昼前であると言うのに、だ。
「学校に行ってるのかな?」
「学校があるにしても……不自然なほどに少ないと思いますね。やはり、三頭會の結成が原因かもしれません」
「そういえばだけど、イナホさんは学校行かないんですか?」
年齢としても学生と考えられる。
「それをアナタが言いますか?」
「いや、僕は色々事情がありまして」
「私もです」
この事情というものを湊は説明する気はないのだから、イナホの事情に踏み込む事も出来ない。
「まあ、それで三頭會の動向でしたね。何を見れば、そう言うのって……」
違和感。
「あの、イナホさん」
悠長に話していられない。
イナホも湊も認識を同じくした。
「湊さん。今、私たちは誘導されてます」
人混みを利用したある場所への誘導。
「今回は事を構えるつもりはありませんでしたし……何より私は戦闘は得意ではないので」
そして今回は一般人である湊が居る。足手纏いが一つ。
「無理矢理でも逃げます?」
「……ルートは封鎖されてるかと」
状況は絶望的である。
しかし湊は悲観していない。
「……これ、何とかなると思いますよ」
彼らを取り囲む多くが強くない。
「イナホさん、失礼します……よっと」
隣のイナホを抱えて湊は走り出す。人一人を抱えているとは思えないほどの速さで。
「えっ!? ちょ、ちょっと待って、くださっ────」
聞く耳持たず「舌噛まないように」と注意してから地面を強く蹴り跳躍する。次の着地先は北区住民、その一人。
「このまま北区から抜けますよ」
「ほ、本当に一般人なんですか!」
余りにも身体能力が高すぎる。
昨夜の事にしても、感覚が鋭すぎる。
「一般人、一般人」
だがしかし、彼は
何せ、なにも突出していないのだから。
「いやぁ、良かったですね。何とかなって」
北区を無事に抜けられた。
「し、死ぬかと思いました……」
抱えられた状態では自由に動けない。そんな中で銃撃もされたのだ。会って一日の湊に全幅の信頼は寄せられない。
「というか北区には銃も流通してるんですね」
下ろしてもらったイナホは辺りを見回してから息を整え。
「……教えておきますね。元々、北区には二つのグループがありました」
追って来るものがない事を確認できたイナホは湊に向けて右手の人差し指と中指を立てる。
「一つが戦闘能力に長けた集団『
今まではお互いが邪魔をして満足な動きを出来ていなかったのだ。
「あれ? 三頭會って……」
「はい。三頭會には三人のリーダーが居ます。これは北区に居たファミリーからの情報です」
しかし、誰も顔を知らないと。
「坂本龍馬的な?」
「そうかもしれませんね」
二つの対立していたグループを結びつけたのだから。
とはいえ、これが必ずしも善事であるとはならない。
北区は完全に三頭會の物となり、この勢いのまま西区にまで手を伸ばすかもしれない。
「……情報はあまり得られませんでしたね」
懸念点は多いが、無策に向かっても今度は殺されてしまうかもしれない。
「子供が居ないってのは情報として大きくないですか?」
それに、と湊は続ける。
「僕とイナホさんを誘導しようとしたのも、僕らが子供だったからじゃないですかね?」
彼らはウェスタンホームのファミリーであるだとかは考慮していないだろう。
「北区を出歩いてる子供は全員捕まえろ……ってのが三頭會の方針かもしれませんよ」
彼のこの予想は当たっている。
北区に別の区から入りこんでくるだけでは他のグループのメンバーかなど判断できない。だから、全ての子供を捕まえれば問題ない。
「完全に狙い撃ちされたという事ですね」
ウェスタンホームほど他区にもメンバーを抱えているチームはない。
「戻って浩哉さんに伝えましょう」
彼女は大股で歩き始めた。
「大丈夫ですか? 確実性のある情報じゃないですけど」
「問題ありません。現に私たちは襲われましたし」
湊はイナホの後ろをついて行く。
「もしこれで家族が捉えられていたら……っ」
イナホは下唇を噛む。ギリギリと拳を握りしめる。
「…………」
彼女の気持ちは湊にも痛いほどに理解できた。
オポチュニズム神話 ヘイ @Hei767
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