第20話
「ふぁぁぁぁ・・・・・・」
ゲームの途中でふと、雛があくびを漏らす。
時刻は十一時を過ぎたところだ。いつもならまだ起きてる時間の筈だけど、長旅で疲れてるのだろう。
「そろそろ寝よっか? 明日の為に身体も休めなきゃだし」
己影さんが言うので、雛は目を擦りながら「そうですねー」と力なく言う。
という事でゲームを打ち切り、就寝する事に。
「それじゃあ私は、こっちの部屋でお布団敷いて寝るから。二人ともお休み」
そう言って己影さんがリビングの隣にある畳の部屋に向かうので、僕らは寝室へと向かう。
で、部屋に案内すると、雛は室内を見渡して「ベッドでかい!」と声を上げた。
「寝床二つしかないから、悪いけど僕と二人で寝るよ?」
「んー」
「? どうしたの?」
ベッドを前にして雛が考え込む。
「いや、お兄。いつもお姉さんと寝てるんだよね?」
「え?」
「だってこれ、ダブルベッドだし。本当はお姉さんと一緒に寝てるんでしょ?」
「え、それは・・・・・・」
しまった、そうか。
確かにダブルベッドを一人用として考える方が不自然だ・・・・・・。
「私に気を遣って二人を別々にするのは申し訳ないよ。私の事はいいからお姉さんと二人でベッド使いなよ! 私はさっきのお姉さんの部屋でいいから!」
「い、いやいいよ別にそんな気を遣わなくて」
「いいっていいって! お兄、私も空気読めないほど頭悪くないから! ――おねーさーん!」
「あ、雛・・・・・・!」
途端、雛は踵を返してリビングの方向へと向かう。そしてほどなくして素っ頓狂な声が上がった。
そしてさらに、そのすぐ後に寝室で僕と己影さんはポツンと二人で立っていた。
「「どうしてこうなった・・・・・・」」
いやマジで。
なんでこんな事態に陥ってしまったんだ・・・・・・。
僕らはしばし立ち尽くしていると、ややあって己影さんがようやく口を開く。
「や、やっぱり雛ちゃんを説得して兄妹で寝てもらった方がいいよね」
「ですね。一旦、部屋に戻りましょう」
僕らの意見は合致し、再び部屋に戻る事に。
そして雛のいる畳の部屋の前に来ると、ノックを入れてから入ると――、
「っ!」
「すぴー、すぴー、すぴー」
あからさまに寝ていた・・・・・・。
「ついさっきまで起きてたのに・・・・・・」
「相当疲れてたのかもしれないですね・・・・・・」
のび太くん並の就寝スピードに呆気に取られつつ、僕らの考えはいとも容易く打ち砕かれ、やむなく寝室へと戻る事に。
そしてみたびベッドの前に戻ると、二人で考え込む。
「こうなってしまったものはしょうがない。ここは己影さんがベッドを使って下さい。僕はソファーで寝るので」
「そ、そんなっ、悪いよ! 私がソファーで寝るから歩夢くんがベッドを使いなよ!」
「そんな訳にはいかないですよ。己影さん、仕事疲れで肩凝ったり身体に負担掛けてるんですから」
「私そんなおばさん扱いされるほどの歳じゃないよ?」
「それでも僕の方が若いのでリカバリー能力は軍配が上がります。いいから己影さんはベッドで寝て下さい。そもそもこのベッドは己影さんの使ってたものなんですから」
「それはそうだけど・・・・・・でもダメだよ。ここは歩夢くんが使って」
「いいですって、己影さんが使って下さい」
「私は大丈夫だから」
「僕も大丈夫です」
「いいから」
「そっちこそ」
「むむむむむむむ・・・・・・」
――埒があかない。
お互いに全く譲らないせいで話は平行線を辿り、このままでは夜が明けてしまいそうだ。
するとそこで、己影さんが口火を切った。
「このまま二人で意地を張ってベッド使わないっていうのはどっちにとってもよくないし・・・・・・しょうがないから、一緒に寝る?」
「・・・・・・・・・・・・」
いよいよその提案を持ち出してきた。
僕が沈黙すると己影さんが頬を赤らめる。
「べ、別にっ。下心があって言ってるんじゃないんだけど! 本当だよっ?」
「いや、でも・・・・・・」
確かに二人ともベッドを使わず、疲労を翌日に持ち越すなんて誰も得しない。けれど、二人一緒のベッドで寝るというのは・・・・・・。
「も、もし信用ならないなら、それなら!」
と言って、なにか思い付いたみたいに声を上げて己影さんは途端、部屋を後にした。
何事かと思ったら、ほどなくして己影さんは戻ってくると、その手には手錠を持っていた。
「君に手出し出来ないように私、手錠して寝るから! 鍵は君が持ってていいからさ!」
「え、己影さん・・・・・・?」
止めるよりも先に己影さんは慣れた手付きで両手に手錠を嵌め、僕に鍵を渡す。
そしてジャラリと手錠を嵌めた両手を突き出して「これなら安心でしょっ?」と身の潔白を証明する。
「・・・・・・・・・・・・」てゆうか。
単に身の潔白を証明するフリをしてその実、自分の性癖を満たす口実に使ってるだけじゃないの?
必死なフリしてるけど実は全然理性があってこんな事をしてる可能性は、己影さんなら大いに考えられる。 もしそうだとしたら、その強かさにドン引きなんだけど。
「私、絶対に君に指一本触れないから! 神に誓って! いや、君に誓って!」
そう言って己影さんは拘束された手で不自由そうに掛け布団をめくってベッドに滑り込む。
――指一本触れないから、という言葉は事実だろう。むしろ己影さんは自分をピンチに陥れる事で興奮を抱くドMなのだから。
なにこれ、違う意味でベッドに入りたくない・・・・・・。
己影さんのせいで、僕の性癖が歪められそうで怖い。僕もアブノーマルな趣味に目覚めてまともな恋が出来なくなったらどうしよう・・・・・・。
僕は逡巡しつつも、やがて決心してベッドに入る。僕が理性を保っていれば少なくとも己影さんの方から襲ってくる事はないのだ。
明かりを消して己影さんとは反対向きに身体を横にすると、暗闇でシンと静まり返る中、時折ジャラリという手錠の音が聞こえて僕は緊張を高める。
ドッドッド! とまるで駆動音のような心臓の音が僕の胸から聞こえてくる。己影さんに聞かれていそうで恥ずかしい・・・・・・。
すぐ隣に手錠を嵌めた己影さんが横になってるのかと思うと、さらに心臓は跳ね、血流が川の急流のように流れていくのが感じられた。
そして不意に僕は以前、深夜に見た光景を思い出す。己影さんが勝負下着を試着していた事を思い出す。もしもの時に備えて黒の花柄レースの下着を着ていた己影さん。
いや別に、僕を想定したものではないかもしれないけれど、仮にそうだったとしたら今、僕が己影さんの身体に触れても許されるという事であり、なんなら己影さんは待っている可能性もあったり?
――ドッドッドッドッドッドッドッドッド!
心臓が早鐘を打つ。血流が加速して、全身が熱を帯びる。掛け布団の中はコタツみたいに暑くなって、寝返りを打ちたい衝動に駆られるも、己影さんの方を向く訳にもいかない。 ――あぁ、ダメだ。この状況、僕の理性がヤバイ。
さらに身体が熱を帯びる。もはや人間カイロみたいだ。
「っ!」
唐突に。ガバリと僕は身体を起こして掛け布団を剥がす。
すると、僕の挙動に驚いた己影さんが、「ど、どうしたの?」とゆっくりと身体を上げて僕を見やる。
僕は吐息を乱しながら、ジッと己影さんを見る。徐々に夜目に慣れてきて己影さんの輪郭を捉えられる。両手に手錠を嵌めた己影さんを。
「己影さん、もう我慢出来ません・・・・・・」
「へ・・・・・・あ、歩夢くんっ?」
己影さんの右手を掴むと、僕の挙動に声を上げる己影さん。
けれども僕は所構わず己影さんの手を掴んだまま、さっき受け取った手錠の鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。すると手錠はカチャリと音を立てて外れる。
「あ、歩夢くんダメだよ外しちゃあ・・・・・・」
「己影さんは卑怯だ・・・・・・そうやって自分だけ保身を用意して」
「え・・・・・・な、なんの事」
僕はもう片方の手錠も外し、これで己影さんの手から手錠が外れる。
「そうやって両手を拘束すれば、確かに自身の無抵抗はアピール出来るでしょう。それで僕が手を出せば百パーセント僕が悪い事になる」
「別に悪く言うつもりはない、けど?」
チラリと僕を見る己影さん。その上目遣い、満更でもない感じが僕をたぶらかせる。
「許してくれるとか、そういう事を言ってるんじゃないんです! ここで言いたいのは、お互いの良心に課せられた精神的負荷が平等じゃないって事を僕は言いたいんです! 僕だけなんの言い訳もないなんて、そんなのズルいでしょう!」
「ず、ズルいってなにか分からないよー・・・・・・」
「己影さん、その手錠貸して下さい」
「え・・・・・・?」
僕の理性はもはやオーバーフローしかけているのだ。このままでは保ちそうにない。
己影さんが自身をピンチのヒロインとする事で僕に迫られるのは待っているのではないかと思うと、僕は居ても立ってもいられなくなる。
僕に手出しさせないで欲しい。
だから、僕が餓狼になる前に――。「お願いします――僕に手錠を掛けて下さい」
僕はそう言って己影さんに手錠を渡してから、両手を差し出した。
しばし逡巡の間があったものの、やがて己影さんは僕の両手に手錠を嵌めた。
お姉さんと一緒! 大いなる凡人・天才になりたい @shido0742
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