第13話
§
己影さんと一緒に暮らし始めてから生活面で不摂生から脱却出来た事は大変ありがたく、感謝申し上げたい反面、僕は危機感を覚えてもいた。
如何せん、己影さんは僕に対して奉仕精神が強過ぎるというか、尽くし過ぎる嫌いがある。
お陰で僕はなんの不自由もなく悠々自適の生活を送れている。
それのなにがダメか。
いや、あくまで元の生活に戻る為の蓄える期間であって、いずれ一人で生活しなければならないのだ。己影さんに養われて骨抜きにされてダメになったら生きていけない・・・・・・。 カゴの中の鳥が可哀想だからと外に放てば最後、自然界の厳しさに絶えられず死んでしまうようなもの。
今の生活に慣れて、飼い慣らされてしまったら最後、僕は一人では生きていけない。
という訳だから、少しでも進行を止めるべく、休日、僕はお手伝いを申し出た。
すると、
「え? 別にする事ないよ?」
と、己影さんはあっけらかんと言った。
「いや、なにかあるでしょ? 掃除でも洗濯でも皿洗いでも」
「掃除はこまめにやってるから別に大丈夫だし、洗濯物は回しちゃったし、食器もご飯食べた後すぐ片付けたから」
「っ!」仕事が早い!
「なに? なにかお手伝いしてくれるの?」
「はい、居候してる身で己影さんに任せ切りにする訳にはいきませんし」
「別にいいのに。私、家事とか嫌いじゃないから」
「てゆうか本当、なにかお手伝いする事ありません? なんでもいいので」
「なんでも? 今なんでもって言ったよね?」
「そういうノリいらないんで」
「あ、はい」
己影さんは切り替えて「じゃあ」と提案する。
「なら、雪ちゃんと豆ちゃんと遊んであげてよ。二人とも運動不足だからさ」
「それは手伝いなんですか・・・・・・?」
それただ遊んでるだけじゃあ・・・・・・。
「そういうのじゃなくて、己影さんの力になりたいんですよ。日頃お世話になってますし己影さんの為になにか手伝いがしたいんですよ」
「私の為・・・・・・」
「あ、いかがわしいお願いとかは断りますからね?」
「し、しないよ! ――分かったよ、じゃあ」
己影さんは少し考える仕草を見せると、ややあって、
「それじゃあ――マッサージでもしてもらおうかな」
と言った。
「マッサージ? セクハラですか?」
「っ? なんでっ? マッサージをお願いしただけだよっ?」
「いやだって己影さん、その歳でマッサージとかいらないでしょ。僕にどこを揉ませようとしてるんですか」
「い、いかがわしい言い方しないでよ! 違うよ・・・・・・私普段、座り仕事だから猫背気味で肩が凝るんだよね」
己影さんはそう言って意図的に肩をトントン叩く仕草を見せる。
なるほど、肩か。
一瞥した後、視線を落とすと大きな胸がある。
むしろ原因はこっちでは?
まぁ、野暮な事は言うまい。
「お願い出来るかな?」
控えめに言うので、僕は「もちろん。それくらいならお安いご用ですよ」高らかに答えてみせる。
という訳で、己影さんにはソファに腰掛けてもらい、僕は後ろに回る。
「じゃあ、お願いします」
と、緊張した声で己影さんが言うから、僕も緊張が伝播してしまう。
なんでただのマッサージなのにこんなに緊張するんだろう。
僕は平常心に努め、ゆっくりと両手を肩に掛ける。
「じゃあ、いきますよ・・・・・・」
肩に触れる前に、僕は先に了承を得る。すると「いいよ」と端的な返事が来るので、ソッと両肩に触れる。 すると、「っ」己影さんの背筋が伸びる。
けれどそこはあえて突っ込まずそのまま両手に力を入れる。肩に指を食い込ませて僕はゆっくりと力を入れた。すると同時に、己影さんの体が強張るのを感じる。触り方が手探りだからくすぐったいのかもしれない。僕は思い切って力を込めてみる。そしたら、
「はぅっ」
「・・・・・・・・・・・・」
と。
いう声がした。
艶っぽい声が。
事の意外さに僕は押し黙ってしまうと、気まずさからか、己影さんが咳払いを入れる。
「ご、ごめん。急に力入れるからビックリして。・・・・・・もう大丈夫だから、続けて?」
「は、はい・・・・・・」
そうは言っても、さっきの嬌声が鼓膜に貼り付いて余韻がすごい・・・・・・。
けれどなんとか平常心に努めて肩揉みを再開する――。
「っ・・・・・・ぅっ、ふぅ、ぅぅ」
「・・・・・・・・・・・・」
「っぅ、アッ・・・・・・、くぅぅ」
「・・・・・・・・・・・・」
「っつぅ・・・・・・、っく、ぅう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの」
僕は堪え切れず、一旦肩を揉む手を止める。
すると己影さんは、息を切らしながら「なに?」と返事を返した。
いや、「なに?」じゃないんですけど。
「いやその・・・・・・、痛いなら言って下さいね? 力加減が分からないので」
「あ・・・・・・うん。じゃあ、もう少し強めにお願いしようかな・・・・・・さっきのはちょっと、くすぐったい感じがして」
あ、くすぐったかったのか。
「分かりました、じゃあもう少し強めにいきます」
「うん・・・・・・お願い」
お互いにぎこちない会話を交えてマッサージが再開される。
ご所望通り、さっきよりもう少しだけ力を加えて肩に指を食い込ませる。
ぎゅぅぅぅぅ、と。
すると刹那――、
「ひゃうんっっっ!」
「己影さんっっっ?」
とんでもない喘ぎ声が室内に響いた。突然声を上げるものだから、近くで寝転んでいた雪ちゃん豆ちゃんが飛び起きた。
「ご、ごめん、体がぞわぞわしちゃって・・・・・・」
己影さんはそう言って恥ずかしそうに俯いた。
「あの・・・・・・くすぐったいなら止めます?」
あまりに居たたまれないので僕はそう提案すると、己影さんは意外にもかぶりを振った。
「たぶん、肩が凝り過ぎて神経が過敏になってるんだと思う。体がほぐれれば慣れてくると思うから、このまま続けて?」
「でも・・・・・・」
「頑張るから」
いや、頑張るって・・・・・・。
足つぼマッサージしてる訳じゃないんだから・・・・・・。
でも己影さんがそう言うなら・・・・・・。
僕は居たたまれない思いを胸にしまい込んで、心を無にして努める。
――で。
この後もマッサージを続けるも、己影さんの喘ぎ声が鳴り止む事はなかった。
「ぐぅっ、ぅ、ぅぅ」
必死に声を抑えながらも、くぐもった声が漏れ出る。
その様子がいじらしく、背徳感があった。
「あ、ゆむくん・・・・・・マッ、サージじょう、ずだね? ピンポイントで、ぐいぐいくる感じとかさ・・・・・・」
あまつさえ、会話をする余裕があるフリまでするのだから、そこにいじらしさを感じずにはいられない。
・・・・・・こんなの、己影さんじゃない。いつも奇行の目立つ、非常識な己影さんはどこへやら。
ただの可憐で色っぽいお姉さんがここにいるだけだった。
元々美人ではあるけれど、奇行が目立つだけに異性として意識する事はほとんどなかった。
けれどここへ来て、急激に艶めかしい部分が強調された事で異性として認識せざるを得なくなる。
これはヤバイ。普通にエロい、なにこの人喘いでんの? 息を切らして、体を火照らせて、ビクンビクン肩を震わせて。
あー、マズいマズい。
僕の中に眠るウルフが目を覚ましかけてる、今半目開きまできてる。このままだと己影さんがシープになっちゃいそう。
「あの、そろそろマッ、サージ・・・・・・とめてもらって、もいい? もう、十分かなぁ・・・・・・」
己影さんは吐息混じりに言うので、僕に嗜虐心が芽生え、少し抵抗してみる。
「え、でもまだ始めたばかりですし。もしかして気持ちよくないですか?」
「き、気持ちいい、けどぉ・・・・・・」
「じゃあ大丈夫ですね? どんどんイキましょう」
「え、今変換ミスが・・・・・・」
「なんの事ですか?」
「いや・・・・・・」
己影さんの制止を振り切り、マッサージを続けるとみたび嬌声が鳴り響き、次第に己影さんの身体から湯気が出始める。
また、悶えるように身体をくねらせるので衣擦れの音を響かせる他、背もたれに寄りかかるように姿勢を崩したり、為す術なくといった感じになっていた。
「お、お願い・・・・・・もう、とめて・・・・・・」
「続けての間違いじゃないですか?」
「あ、あゆむくん、なんか性格ちがくないっ・・・・・・?」
完全にタガが外れ、僕の中に眠るウルフが目覚めてしまった。もはや己影さんはただのか弱い乙女だ。今までの奇行だなんて知ったこっちゃない。
過去の事なんて一切忘れて、ただ目の前で煮崩れを起こしクタクタになっている己影さんを捉える。
このままでは一線を越えかねない危うさがあったけれど、このまま快楽に溺れて気を許してくれないかと密かに思っている自分がいて、それに気付いた時ハッと我に返る、なんて事はなく僕の魔の手はマッサージを止めない。
肩を揉む度に嬌声が鳴り響き、力加減を変えれば異なる音階が漏れ聞こえるので、ピアノで旋律を奏でているような気さえしてきて狂気の沙汰じゃない。
ここにいるのは僕と己影さんの二人きりで、誰も僕の手を止めるものはいない。このままでは本当に一線を踏み越えてしまいそうだ――と、その時。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます