第10話
「……地球防衛隊の総会で、ロシアのウクライナ侵攻は国連憲章に違反する、って話し合われたんですけど、ロシア本人と他のいくつかの国が反対して……」
集中するみんなからの視線、どれにも目を合わせられない。
でも、伝えたいことは、絶対伝えたい。
息を吸って、前を向く。
「——その後、半年くらい経ってからの総会でもほとんどの国はロシアの侵攻は国連憲章に違反するって訴えたけど、やっぱり反対する国もあって。
結局、今、この瞬間もロシアとウクライナ、両方でたくさんの人が怪我をして、亡くなっています」
教室がまた、しんと静まった。
「国際司法裁判所、っていうのもあるんですけど、
これは、国際社会のルールを定めた国際法を使って問題を解決する、地球防衛隊の中の裁判所で。
でも、相手国がいいよって言わないと裁判ができないし、
強制的に相手を裁くこともできません」
ポニーテールの女子が頷いてくれる。
「だから、結果的に、意味がないと思います。
国民を苦しめる経済制裁しかできなくて、ロシアとウクライナの戦いを止めることはできないんです。
これからも誰かが怪我したり、死んでしまう。おれは……」
全体を見回した。
「おれは、この世界が平和であってほしい。
だから、おれに何かできることはないか考えていきたいって、最近、思うようになりました。
今日は国連について話したけど、もっともっと知恵をつけていきたい。
もし、みなさんも少しでも同じ思いなら、みなさんの知識をもっともっと、活かしてほしいです」
教室中の視線が向けられていた。
高橋くんは最後までおれを無表情で見ていたけど、一度も下を向かないで話を聞いてくれた。
おれは心を込めて頭を下げた。
「今日は、本当に、ありがとうございました」
顔を上げた時、前の席のボブカットの女子が笑ってくれた。
窓の外の雨は、少しだけ弱まっていた。
「合格です」
放課後、教室に現れた森先生は開口一番、そう言った。
「えっ」
開いた口が塞がらなかった。「……なんで?」
先生は片眉を吊り上げた。
「2組の生徒、半数以上があなたを合格と判断したからですけど?」
「でも、おれ、具体的な名称も年とか数字を……」
テストの回答なら0点確実だ。
先生は右耳に髪をかけた。
「私はテストに出るような年号や数字だけの暗記を求めていません」
「2組の皆さんが優しくて、同情してくれただけじゃ……」
「私も、みんなも、あなたの言葉であなたの気持ちを聞きたかった。
それだけです」
先生は目の前に人さし指を突き出した。
「次の審査は明日です」
「……は?」
「今日の入部試験は一次審査ですから」
「いっ、一次審査?」
声が裏返った。
教室にいた生徒が数人振り返る。
「試験範囲は同じ、ロシアのウクライナ侵攻について。では、期待していますよー」
先生は教室を出ていく。
おれは走って追いかけた。
「ま、待ってください。おれ、絶対受けませんから」
先生は振り返ると、まっすぐにおれを見た。
口の両端を吊り上げる。
「あなたは、世界平和を望むと言ったそうですね」
えっ……。
自分で言っておきながら、壮大な野望に恥ずかしさを覚える。
「そこでこちらからアドバイスです」
先生は右耳に髪をかけた。
「何が起きたか自分なりに噛み砕き、自身のことのように考えること。
当事者に寄り添い、自身のことのように痛みを感じ取り、涙を流すこと、笑うこと。
それが、世界を救う鍵です」
呆然と立ち尽くすおれを残し、先生は颯爽と立ち去った。
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