第5話 虎一郎、刀を抜く

 ブゥゥウウウウ……


 虎一郎たちはカイトの運転するモービルでピンデチのエリアを南下していった。


 虎一郎はモービルの窓の外の景色を張り付くように見ながら、嬉しそうに言った。


愛芽めめ殿、このモービルという乗り物は素晴らしい! 馬よりもずっと乗り心地が良いぞ」


「ははは、そうだよね。コイちゃんの生きてた時代には無かったもんね」


「うむ、外を見ているだけで楽しい! ははは」


 虎一郎が子供のような表情で外を見ていると、カイトが前を指を差しながら虎一郎に言った。


「虎一郎さん、前に岩山があるじゃないですか。あの山の頂上にベヒーモスが居るんすよ」


「おお、小高い岩山があるな。あのたいらいただきるのだな」


「そうっす。あそこで戦うんすよ」


「ほう。逃げ場はなさそうであるな。これは楽しみだ」


「さすがっすね! まじ、お願いします!」



 ―― 株式会社イグラァ ――


 その頃、このゲームの制作会社「イグラァ」では虎一郎のプロジェクトについての会議が開かれていた。


 社長兼、主任しゅにんプログラマーの大谷は虎一郎のプロジェクトの進捗状況しんちょくじょうきょうについて説明を始めた。


「現在A4480アバターは安定して稼働かどうしている。特に問題なくピンデチでクエストを受けたと連絡が来た。順調と言っていいだろう」


 すると、プログラマーの矢口が社長の大谷に質問した


「社長。私のミスで英語の言語ファイルを入れ忘れてしまったのですが、やはり追加したほうが良いでしょうか」


「いや、もう起動させてしまったからな。緻密ちみつなプログラムほど余計な事をするとすぐにバランスが崩れる。今は見守っておこう」


「確かにそうですね。申し訳ございませんでした、私のミスです……」


「きっとサポート役の高橋くんが教えてくれるはずだ。覚える過程もレポートしてもらおう」


「はい……」


 その時、一際大きな声が会議室に響き渡った。


「社長! ひとつお聞きしたいことが」


「なんだ、鶴井田つるいだくん」


 質問をしたのは専務の鶴井田つるいだだった。


「社長。なぜこのような重要なプロジェクトのサポート役が雑務ざつむを行う庶務課しょむかの社員なのですか。ゲーム業界を揺るがすような一大プロジェクトですよ」


「いや、部署は関係ない。高橋愛芽たかはしめめという人物が適任と判断して選出した」


「と、いいますと?」


「彼女は社内で一番フレンドリーで物怖ものおじせず、新しいものが好きだ。それでいて彼女は社内の人気者。これは天性てんせいのコミュニケーション能力だ」


 社長の大谷がそう言うと、鶴井田は小さく深呼吸をして大谷に話し始めた。


「社長。先日もお話ししましたが、私の娘は歴史に詳しく、特に戦国時代に関しては論文を発表するくらいです」


「その件は聞いている。君の娘さんは秘書課ひしょか鶴井田麻衣歌つるいだまいかくんだったな。美人で優秀だと評判ひょうばんの」


「はい、そう評価を頂いております。ですからサポート役には娘が適任てきにんかと。今からでも……」


「ふむ……。確かに心強いが、今は高橋くんに任せよう。しかし何か困ったことがあったら助力じょりょくを願いたい」


「……。はい、承知しました。その時は、いつでもご連絡ください」


 バフッ


 鶴井田は鼻息荒く背もたれに寄りかかった。



 その頃、虎一郎たちは岩山の下でモービルを降り、ベヒーモスが待ち受けている山頂へ歩いて向かっていた。


 カイトは剣と盾、ユメは魔法の杖、ジロウはハンマーを装備して準備すると、それを見た虎一郎がカイトに尋ねた。


「ほう、カイト殿は珍しい刀をお持ちだな」


「え、そうっすか? 普通のライト・スモールソードですよ。おれちからないんで。それより虎一郎さんの刀って重そうっすね」


「そうでもない。祖父そふが使っていた太刀たちに比べれば打刀うちがたななど軽いものだ。たいした刀ではないが持ってみるか?」


「え、いいんすか!?」


 虎一郎は刀をさやから抜くと、カイトに手渡した。


 ググッ……


「あ、思ったより軽かったけど……、重い……? なんでだ?」


「カイト殿。その刀は先反さきぞりと言って重心が刀の先にある。だから重く感じるのであろう」


「え、まじすか? うわ、こんなの振れないっすよ。こんな刀をあの速さで振ってたなんて……」


 ブン……、ブン……


 カイトはふらふらと刀を振ると、苦笑いしながら虎一郎に刀を返した。


「虎一郎さん、おれじゃあつかえないっす。はは」


 虎一郎は受け取った刀をさやに納めると、カイトに刀の説明をした。


「刀の先が重ければ刀の扱いは難しくなるが、重さでちからが増す。だから軽々扱えるよう、日々の鍛錬たんれんが必要なのだ」


「そ、そうっすよね」


「私は、やりも使っていたが槍のほうが長くてもっと重く感じるぞ」


「虎一郎さん槍も使えるんすか、凄いっすね! でも、その刀もそれだけ扱いづらかったら攻撃力ありそうっすね」


「攻撃力?」


 すると、それを聞いていた愛芽めめがカイトに説明した。


「コイちゃんの刀は実物をもとに復元したら、すっごく変な武器になっちゃって。攻撃力は最大1400で最低が100なの」


「「ええっ!?」」


「しかも、クリティカル誤差が3%」


 それを聞いた3人は驚いて口々に言った。


「3%!?」

「すごい……」

「おれのハンマー600で25%……」


「すごいでしょ、ははは。だから誤差3%以内の正確な角度と速さとモーションで斬らないとクリティカルが出ないんだ」


 それを聞いていた虎一郎は愛芽めめに尋ねた。


愛芽めめ殿、私の刀が何か変なのであろうか」


「ううん。コイちゃんの刀って、ちょっと角度とか斬り方が違うと切れないんじゃない?」


「刀は全てそうであろう。少しでも刃筋はすじに迷いがしょうじれば全く斬れぬ」


「だよね。みんなそれが凄いって言ってたんだ」


「おお、そうであったか」


 ブモォォォオオオ!


 すると突然、牛の激しく鳴く声が響き渡り、それを聞いたカイトが緊張した面持おももちで虎一郎に言った。


「虎一郎さん、あそこが山頂です。あれが子ベヒーモスで、近づくと戦闘になります」


「うむ」


「今回のクエストは制限時間があって10分なんです。よろしくお願いします!」


「承知した。なにしろHPを減らせば良いのだな」


 虎一郎は静かに刀を抜いて中段に構えると、カイトたち3人は一斉に子ベヒーモスに走り込んだ。


 すると虎一郎の視界にの上に小さく「10:00」と表示されてカウントダウンが始まった。

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